第71話・誰がわたしをこんなにした!天だ!全て天が悪いんだ!!

 芳麦期。日本で言うなら秋である。収穫の秋。げぇじゅつの秋。読書の秋。


 「あなたまた……そのお腹もそろそろ見苦しくなってきたのだから、何とかしたらどうかしら?」


 そして、食欲の秋。天高く、竜肥ゆる秋。なんか文句あっか。


 「おいコルセア。開き直ればいいってもんでもなかろうよ。それにほれ、もう空も飛べそうにないではないか」

 『違いますぅ。わたしが本気出せば空くらい簡単に飛べますぅ!』

 「あのね、コルセア。そもそも本気出さないと飛べないって時点でもう拙いと思うんだよ。そもそもその態では伯爵家の守り神、って尊称にも重みってものが無いだろう?」

 「お父様、コルセアは充分重みはあると思いますよ、僕は。ほらこの通り」


 ブロンくんがわたしのお腹をつまみながらそう言った。うっさいわ。


 『……っていうか伯爵家勢揃いでわたしをフルボッコですか。動物虐待は伯爵家お取り潰しの立派な理由になりますよ?殿下ぁ、わたしいじめられましたぁー』

 「お止めなさいな、コルセア。我が家には敵が少なくないのですからそういう発言を迂闊にするものではありませんよ。本気にする輩がいたらどうするというのですか、あなたは」


 いつもはわたしに甘い伯爵夫人まで敵だった。


 「そもそもそんな有様じゃあ殿下の所に飛んで行くことも出来まいて。で、どうするのだアイナよ」

 「……どうもこうもありませんわね。わたくしの監督不行き届きですし、明日からの休暇はこの空飛ばない駄トカゲを絞り上げることに専念しますわ」

 『横暴だー!ペットの人権蹂躙だー!ぶーぶーぶー!』


 伯爵家の夕食のあと。必死の抗議は満場一致で無視された。多数決なんかキライだ。




 まあ何があったのかとゆーと、お察しの通りわたしの体重増加が見て見ぬ振り出来る限界を突破した、ということだ。

 ……だって仕方ないじゃない。ゴハンが美味しいんだもの。みんな季節が悪いんだい。

 そう、芳麦期は収穫の時期。ありとあらゆる食べ物が美味しい季節。

 冬ごもりを控えて動物は脂肪を溜め込み、数々の果物は甘く熟れて帝都の市場に満ち溢れている。

 お散歩の度に、わたしをかわいがってくれるお店に立ち寄ってあれもこれもと果実を頂き、伯爵家の厨房はここぞとばかりに腕を振るう。

 そしてわたしは、脛を叩けば痛みでのたうち回るが如く、当然のように、肥えた。


 「……あなたを引きずって階段を登ったわたくしに対して礼の一言くらいあってもいいと思いますわね。で、あなたをどうするか、という話なのですが」


 そうやってお嬢さまのお部屋に連れ込まれたわたしは、お嬢さまのひざの上、といういつものポジションに着くことも許されず(よいしょ、と自分から登ろうとしたら潰されるという恐怖からの悲鳴を上げられた…)、カーペットの上に直座りしたわたしを前に、お嬢さまは鹿爪らしく宣告する。


 「まず食事制限。そして運動。これでもか、というくらいの地獄を見せて差し上げますわ。覚悟なさい」

 『いやあのお嬢さま。なんかわたしを痩せさせるためという以外に私怨が混ざってませんか』

 「気のせいよ」


 そうかなあ。割と最近ネアスと引き合わせよーとしてたけど、それをお嬢さまは親切じゃなくて嫌がらせととってる節があるし。


 「とにかく最近のあなたの暴食ぶりは目に余るどころではありませんわ。何か嫌なことでもあったのでしたら相談にのりますわよ」

 『いえ、そーいうことは特には。ただゴハンが美味しいので。それだけです』

 「……その身体のどこにあれだけの食料が収まるのかしら。あなたうちが裕福でなかったら確実に一家離散の憂き目を飼い主に見せていますわよ」

 『健啖家と言って下さい』

 「限度を越えていると言っているのよ。まあいいわ。まず明日走り込みから始めましょう。わたくしも付き合いますから、観念なさいな」

 『……ネアスも一緒?』

 「どうしてそこにあの子の名前が出てくるというの。いえそれはまあ、どこかから嗅ぎ付けて顔を出してきそうではありますけど」


 しかもジャージにはちまきの完全装備で来そうだなあ。誰が知らせるのかは知らないけれど。

 まあいいや。もしかしてだけどお嬢さまだけじゃなくてネアスもいれば、それほど酷いことにはならないだろーし、それに最近お嬢さまに喉をかいぐりされても皮下脂肪が邪魔してそれほど気持ちよくないのだ。あの感覚を取り戻すためにも、少しくらい痩せた方がいっか。

 そう多少なりともやる気を見せると、お嬢さまは満足したのか今晩一緒に寝てくれる約束を…。


 「いやよ。今のあなたを乗せたら寝台が壊れそうだもの」


 …してくれなかった。やっぱ早いとこなんとかした方がいいのかもしれない。

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