第62話・紅竜の家出(ある意味当然)

 【さがさないでください】


 そんな、ベタな書き置きを残してわたしはブリガーナ伯爵家を出てきた。

 持ち物は風呂敷包み一つ。中身は、どーしても諦めきれなかった今日のばんごはん、シクロ肉のヒレステーキ。厨房で『おべんとにするのでいっちばんおっきなお肉を包んでください』とお願いしたら、わたしの顔よりおっきなのを持たせてくれたのだ。

 普段ダイエット名目で、わたしにたくさんごはん与えるのはお嬢さまに止められているけど、憐れっぽく且つあざとく懇願すればこんなものである。厨房の皆さんに海より深く感謝。この国に海無いけど。


 『さて、冷めちゃう前にいただきたいとこだけど。どこかにいーとこないかな…』


 夏場のことでまだ暗くはなっておらず、地平線はまだ陽の光が紫色に残ってる。

 夜告げ鳥がギャーギャー鳴いてる中をわたしも帝都上空をのんびりと飛んでいると、家に帰る途中の子どもたちに見つけられて指を指されてた。まあわたしが空飛んでてももう帝都じゃ珍しくないみたいで、いちいち騒がれもしないけど目撃情報が伯爵家に行くのもありがたい話じゃないしなー……だって、わたし家出してきたんだもの。

 いや、家出なんていうしゃちほこ張ったものじゃなくて、一人になって少し頭冷やしたいなあ、ってだけのことか。

 何を理由にしてこんな反省タイムを過ごしているのかっていうとだなー……。


 『ま、いいや。とりあえず腹ごしらえといきましょ』


 お腹が空いていると悪い方にばかり考えが進むしね。

 わたしはてきとーに見つけた、居心地の良さそうな屋根に着地すると、背負った風呂敷を下ろして中からお肉の包みを取り出す。あっつあつのところをもらってきたので、まだ冷めていない。

 シクロのお肉は、牛肉のいーところのように脂身と赤身のバランスが絶妙で、わたしの大好物なのである。それを塩とコショウだけで素材の良さを損なわない焼き加減の…ええい、もうどうでもいい、ミディアムレアのお肉が「さっさと食え」とわたしに囁くのだ。


 『いっただっきまーす』


 もぐもぐ。うーん、見た目から想像した以上の出来栄え。伯爵家の厨房は相変わらずいー仕事するよなー。これで少し冷めてなけりゃもっと美味しいんだろうけど。ああ、やっぱり出てくるんじゃなかったかなあ……。

 ぼんやりと眼下の光景に見入る。半分くらいになったお肉を持ったまま。


 『……なんで、こんなことになったのかなあ』


 お肉は美味しいけれど、食欲が並走してこない。わたしにしては珍しい。いやわたしというか、この紅竜の体のせいなんだけど。


 昨日、合宿から帰ってきた。

 実はネアスの顔を見ていられなくって、わたしは一行とは別に一人で飛んで帰ってきたのだ。

 帰りの道中、ネアスがどんな様子だったのかとお嬢さまに聞いてみたら、特に何ごともなく元気だったとは言っていた。

 でも、ネアスのことを気に掛けてるっぽいお嬢さまが心配そうにしていたのだから、普段通りでなかったことだけは確かだと思う。

 そしてそれは、わたしのせいなのだ。

 わたしが、持ち込むべきじゃなかった三周目の結果っていうものを持ち込んでしまって、ネアスはそれに影響を受けてしまった。それも、彼女を明らかに混乱させてしまう、経験していないことの記憶という形で。


 『……やっぱり断っとけばよかったのかなあ』


 手元のお肉をじっと見る。美味しいことに違いはないけれど、こんな気分じゃ何を食べたって味気ない。

 今頃お嬢さまや伯爵さまはどーしてるんだろうか。合宿の時の話に花を咲かせ、じーさまが茶々入れてお嬢さまがムキになったりと、賑やかなことなんだろう。

 わたしがいないことに気がついてはいるだろーけど、子どもじゃ無いんだから一回くらい晩ごはん時にいなくても慌てたりはしないだろうな。ていうか、もう合わせる顔もないからそのまま出奔してしまおーか。

 いやでもそーしたら伯爵家のごはんに匹敵する食生活を維持出来るとも思えないし。いやいやわたし高名な紅竜の子。用心棒しますよー、くらい言えばどっかのお金持ちに養ってもらうことくらい可能に違い無い。


 『……んなわけあるか。わたし、伯爵家の保護下にいなけりゃ理力兵団にでもとっ捕まってるだろーし』


 そうなんだよね……お尋ね者、ってほどじゃないにしても、だ。わたし、帝国的には放置しておける存在でもないんだし。三周目にお嬢さまが亡くなった後は好き勝手出来たのだって、わたしがいい加減おっきくなっててもう誰も手出し出来なくなってたからなんだし。

 言っちゃあなんだけど、この幼生の体じゃあどーにかしてとっ捕まってしまうに決まってる。ヘタすればその場で滅殺されて、またいつぞやみたいに帝国を滅ぼしてしまいかねない。


 『……やっぱ落ち着いたら帰ろ』


 もともと、頭が冷えたら帰るつもりではいたけれど、ただ今のところ考えがまとまる気配はない。冷えたって言えるのはいーとこ。


 『あ、お肉冷めちゃった。いいけど』


 残った半分を一口でぱくり。大きな口はこーゆー時便利だ。まあこの勢いでがつがつ食うからお嬢さまには固太りドラゴン呼ばわりされるんだけど。

 でも、ネアスにはこのぷっくらしたお腹が好評なんだよなあ。喉元を撫でる指裁きはお嬢さまに軍配あがるけど、お腹いっぱいごはん食べた後でお腹を撫で撫でされる手腕についてはネアスの方が上だし。そこはまあ愛情の差というかなんというか、わたしのお腹を憎むお嬢さまじゃああれは無理だよね、って。


 『……ネアス、いまどうしてるんだろ』


 元気無くぽつりと独りごちる……のだったら多少は情緒もあるだろーけど、実際には指とか爪についたお肉の脂を舐めながらだった。言ってることと態度が全然一致していない。マジメに考えてはいるんだけど。


 わたしは、最後に顔を合わせた、そしていたたまれなくなって逃げ出した時のネアスの顔を思い浮かべる。

 泣いていた、ような気がするし、わたしを責め立てていたような、気もする。

 あの優しいネアスに糾弾されただなんて、想像しただけでも帰りたくなくなる。

 でもそれをなんとかしたいと思っているのも事実なのだから、どーすりゃいいのか分かんなくなる。

 ……そーだなー。初めて、あの紐パン晒し女の顔を見たくなったかもしんない。ま、空気読まないのしか取り柄の無いヤツだから、こーいう時に限って顔見せないだろうけど。


 『……………とかって考えてたらぜってぇ現れてると思ったのに。ほんっと、何の役にもたたねーやつだわ』


 しゃーない、お腹もいっぱい…にはなってないけど、空っぽの状態からは改善されたのだ。もう少し一人で考えてからおやつ食べに一度帰ろ、と思って風呂敷を畳み、空に浮いた時だった。


 「あーっ!おねえちゃーん!みつけたよーっ!!」

 『ん?』


 人気の無い方に、と思ってそっちに体を向けたのだけど、その裏路地のところから、子どもが一人、わたしを指さして何やら叫んでいる姿が目に入った。

 なんだろ。どっちにしてもめんどーなことになりそーな予感……。

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