魔法陣

 二つの神眼がそれぞれを砲撃する。

 それまで広大な魔法防壁を張るために使われていた魔力が莫大な熱量に転換放射されて射線上の物質を破壊していく。


 魔力を使いきったところに互いの砲撃を受けて神眼は爆砕。背後の要塞は魔法強化された石造建築だったが、砲撃で溶解してしまって煮えたぎる溶岩の沼を作る。


 砲撃は渓谷の表面を焼きながら空へと抜けていって消えた。


 暗黒騎士ザニバルと蒼龍フレイアがいる上空にも溶岩の熱気と臭気が届く。

 フレイアは下の地獄さながらな光景に呆然としている。

<王国の要塞を消し飛ばしてしまった…… 重大な責任問題だ……>


 フレイアの首に乗っている暗黒騎士ザニバルは喜びはしゃいでいる。

<防壁も要塞もなくなった。これでマルメロを売れるよ>


 先ほど神眼が砲撃を開始した瞬間、上空の魔法防壁が消えた。フレイアは際どいところで上昇して砲撃をかわした。


 気が付けば天高く陽が上り、時刻は昼。良い天気だ。空は空気が冷たく乾いている。

 フレイアがしばらく滑空していると、渓谷の穴からぞろぞろと兵士たちが出てくるのが見えた。兵士たちはようやくメロッピから解放されてほっとした顔をしているようだ。ただ司令官はなにやら叫び慌てている。要塞が消えてしまったのでは、そうもなろう。


<司令官、すごく怖がってる> 

 ザニバルは気楽そうに言う。


 フレイアは感慨を覚える。

 無茶苦茶だったがともかく要塞は無くなり、国境をさえぎっていた魔法防壁も消えた。

 これで少なくとも飛龍ならば上空を自由に行き来できる。渓谷もしばらくすれば歩いて通れるようになる。マルメロの実に限らず貿易路が開かれるだろう。

 マルメロが手に入れば祖国で病に伏している魔族たちを救うこともできる。

 それもこれもこのザニバルの成し遂げたことだ。


 ザニバルをどう思えばよいのかフレイアは分からなくなる。

 先の戦争では手痛い目にあわされてサーカス魔術団は壊滅し、自身も殺されかけた。憎んでも憎みきれない。

 しかし今、二人で力を合わせて人々を救うための道を開いた。諦めかけていた自分には思いもつかない手だった。

 愛する王から授かった竜巻に対し、ザニバルが使ってみせた技も武人として見事なものだった。きっと王も見れば面白がって喜んだことだろう。

 この暗黒騎士を敬して感謝すべきなのか。いや甘い。きっとこれもまた陰謀では。


<ナヴァリアに行こうよ。マルメロ買ってくれるんでしょ>

 ザニバルが足をジタバタさせて急かす。


 フレイアは肩の力が抜けて、思わず笑った。こんな禍々しい鎧をまとった暗黒騎士だが、接してみればまるで駄々っ子のいたずらっ子だ。

 ともかく今は付き合ってやろう。


<行くとするか!>

 蒼龍は四枚の翼を広げてナヴァリア州へと飛ぶ。首に暗黒騎士を乗せて。



◆ナヴァリア州 芒星城


 芒星城の広場ではゴブリンたちが大騒ぎだった。

 大きな蒼い飛龍が広場に降り立ったのだ。しかも果樹園から突然消え去った騎士を連れて。


 領主の少女アニスと側近ゴブリンのゴニが、城から急いで出てくる。心配そうな顔だ。


「あの子がアニス。たくさんマルメロを売ってくれるよ」

 ザニバルがフレイアに伝えると、フレイアは蒼龍の姿を解いて人間に戻った。農作業服を着て、手には鍬を持っている姿だ。これを見たゴブリンたちが驚いてまた騒ぐ。


「アニス、この人は王国のフレイア。マルメロをたくさん買ってくれるんだって」

 ザニバルが、フレイアをアニスに紹介する。


「王国から……!?」

 アニスは驚いた様子だが、気を取り直して、

「始めまして、私はナヴァリア領主のアニス・ナヴァスです。このたびはマルメロの買い付けにわざわざお越しいただきましてありがたく存じますわ」

 満面の笑顔だ。


 フレイアもきょとんとしつつ、

「始めまして、フレイア・シュガルです。マルメロの果実をできるだけ多く王国に輸入したいのです」



「マルメロの輸出は念願ですわ。ただ国境が封鎖されておりまして……」

「国境の封鎖は終わりました。見てのとおり、私は飛龍になれますから空路でマルメロを運べます」


 アニスとゴニは驚いて顔を見合わせる。

「すばらしいことですわ!」


 フレイアはザニバルに小声で、

「おい、ナヴァリアの領主はザニバルと言っただろう。どういうことだ」


「あ」

 ザニバルは返答に詰まる。すっかり忘れていた。


 ゴニがザニバルに近寄ってくる。ゴニは眉をひそめて、

「ところでアブリル、マルメロ泥棒の件はどうなったんです」


 ザニバルは泥棒の件もきれいさっぱり忘れていた。

 フレイアの方を向いてから目を泳がせ、

「ええっと、泥棒は…… そう、ザニバルが悪かったんだ。でもやっつけたからもう安心」


 今度はフレイアが眉をひそめて、

「おい、ザニバル。いったい何を言ってるんだ。それにアブリルってなんだ」


 アニスは小首を傾げて、

「この黒騎士様がデル・アブリル様ですわ」

「いや、しかし、こいつはデス・ザニバル」

 フレイアは混乱して訳が分からないという顔をする。

 アニスも大きく首をかしげる。

 ゴニは疑いのまなざしをザニバルに向ける。


<しまった…… フレイアに話しておくのを忘れてた>

<まったく、いい加減な嘘でごまかすからだよ! だますならもっと上手くやりな>

 魔装に宿る悪魔バランが叱る。


<ううう>

 ザニバルは兜の下で慌てふためいているがはた目には分からない。


 そこでアニスが両手を打った。

「分かりましたわ! デス・ザニバルを倒してその名前をお奪いになられたのですわね! そしてデル・アブリル様からデス・ザニバル様に!」


 ザニバルは大きく頷く。

「うん、そう、当たりだよ! アニス、さすがだもん」


 フレイアもとにかくその場を収めようと、

「騎士が倒した相手の名前を奪うのはよくあることだ、と聞いたことがあるような気がする」


 ゴニだけはうさんくさそうにザニバルをにらみ、

「では、もうマルメロ泥棒は来ないんですね?」

「あの泥棒は来ないよ」

 ザニバルが断言し、フレイアは気まずそうな顔をする。


 ゴニはため息をつき、

「いいでしょう。しばらく警戒は続けますが、一段落したようだと皆には伝えておきます。それとあなたの勇者係について、登録名をデス・ザニバルに変更しておきます。それでいいですね」

「うん、暗黒騎士デス・ザニバルだよ」


 アニスとフレイアが一通りの挨拶を終えて、後は食事をしてから商談の詳細を詰めることになった。


 一息ついたザニバルとフレイアにゴブリンおばちゃんたちが群がってくる。


「騎士様、さすがだねえ! これならモテモテだよ! さあ、どの子を嫁にしようかねえ」

「待ちな! 騎士様に紹介するのはこのあたしだよ!」

「違うねえ! このあたしが騎士様と結婚するんだよ」

 ザニバルの周りでゴブリンおばちゃんたちがやかましい。


 フレイアの周りでも、

「かっこいいお姉ちゃんだねえ。どうだい、年頃の婿がいるんだけど」

「抜け駆けはいけないよお、うちの息子がそろそろ嫁取りの歳なんだから」

「その恰好、農作業が好きそうだねえ。ナヴァリアにはぴったりじゃないかい」

 あまりにやかましくてフレイアは困り果てている。


 ゴニが二人を騒ぎの中から引きずり出した。

「ほら、みんな邪魔は止めて。これから大事な商談があります」

 皆が文句を言いだすもゴニは聞く耳を持たず、二人を城に連れていく。


 フレイアは心底助かったという顔だ。

「田舎は恐ろしい…… しかし帝国にゴブリン族が暮らしていたとは」

「ナヴァリアでは昔から魔族と人間が共存してきたのです」

 アニスが答える。


 一階の広間は相変わらず人が少ない。

 ほっとしたフレイアはのんびり歩きかけて、広間の案内図に目を付ける。

「うむ、やはりな」

 案内図には五芒星型をした城の形が描かれている。フレイアはその五芒星に指先で二重円を重ねて描いた。


 その様を見たザニバルが凍りついた。

「今の、なに!?」


「なにって、ここの魔法陣だ。空からこの城を見たときに気付いたぞ、城と道を使って大規模な魔法陣が構築されているとな。異界から魔法生命体を召喚するためのものと思うが、これほど巨大であればさぞ強力なものを召喚できただろう」

 フレイアが興味深そうに語る。


 フレイアが描いてみせた魔法陣の形をザニバルは知っていた。脳裏に焼き付いている形だ。

 かつて悪魔ヴラドが新たな悪魔を召喚しようとして、ザニバルの家族たちを生贄に使ったときの魔法陣。それと同じ形だった。


 ザニバルはフレイアの両肩を掴む。

「あいつはどこ! この魔法陣を使おうとしている悪魔は!」


 血相を変えた様子のザニバルにフレイアは、

「落ち着け。この魔法陣は使用済みだ。よほど負荷をかけたのだろうな、魔力の伝導線が焼き付いている」


「じゃあ、魔法陣を描いたのは誰!?」

「私に分かる訳がなかろう」


 その会話を聞いていたアニスとゴニは顔を見合わせる。

 アニスは困った様子で、

「この城と周りの道が魔法陣とは初耳なのですが、もしそうだったとして、お父様が城を建て始めたのはずいぶん前のことです。設計したのが誰なのかは…… 戦争があって、お父様も…… 城や道を設計した職人たちも、もう……」


 魔装に宿る悪魔バランがザニバルだけに聞こえるよう話し始める。

<城が悪魔召喚の魔法陣だったとはね。全く、言われるまで気が付かないなんて大恥さ>


 ザニバルは拳を握りしめる。

<きっと…… ナヴァリアの誰かにあいつが憑りついている…… 絶対見つけ出して、絶対にやっつけるんだもん。許さないんだもん!>

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