蒼龍の魔女
魔女フレイア・シュガルはその姿を龍に変じた。
サラマンダーと同形だが一回り大きい。蒼い鱗に覆われた優美な肢体だ。しかしその目は憤怒に蒼く燃えている。
暗黒騎士ザニバルは広間をじりじりと後退しながら蒼龍を凝視する。
龍であればあり得ないはずの物を蒼龍は構えていた。鍬の形をした蒼玉の杖だ。
「それ、ズルくない?」
「忘れたか、これぞ我が戦闘流儀!」
蒼龍が吠える。
高い知性と恐るべき魔力を持つ龍種は道具を使わない。弱い人間が己を守るために作り出した物だからだ。道具を使うなど卑小さの証に他ならない。
だがその誇りと驕りゆえに龍は時として人間に打ち破られてもきた。
フレイアは人間だ。龍の力は戦うために得た武器の一つだ。だから道具を使うことにも躊躇しない。
ただでさえ強大な龍がさらに己を強めるための武器を駆使する。それが蒼龍フレイア、戦場を支配する蒼龍の魔女と呼ばれた者だった。
ザニバルは洞穴に飛び込もうとする。蒼龍は鍬を振るう。
魔力の集中で蒼く輝く鍬は正確に洞穴の天井を削って土砂を降らした。その洞穴は通れなくなる。
広間には幾本もの洞穴がつながっている。他の洞穴へとザニバルは走る。
今度は蒼龍が翼を洞穴へとかざした。翼の後縁から青い焔の渦流が生じて洞穴へと放射される。洞穴内は灼熱の焔に焼かれた。だが広間には影響がなく、栽培されているキノコは無事だ。狙いすました攻撃だった。
<この龍、あいも変わらず精密すぎさね。焦りも何もない!>
暗黒騎士ザニバルの魔装に宿る悪魔、バランが唸る。
蒼龍の的確な攻撃が続く。何かの意図を感じさせる攻撃だ。
<この攻撃、あっちに行かせたくないのかな?>
「ここが貴様の墓場だ!」
蒼龍が鍬を構える。鍬の面に魔法陣が展開されて火球が生じる。超高温に熱されて電離した気体だ。
通常、龍は有り余る魔力を使って大雑把な範囲攻撃を行う。しかしこれは杖によって魔力が一点集中されている。
「プラズマで焼かれるがいい!」
火球は射出されてザニバルを狙う。
蒼龍は飛行型の龍だ。狭い洞穴は本来の戦場ではない。しかし精密に気体を操るフレイアにとってはむしろ必殺の空間だった。
ザニバルは腕を伸ばし、籠手の装甲を盾のように薄く広く展開。火球が着弾して、装甲はもろくも融け去る。余波がザニバルを焼く。
「兵士が来た!」
ザニバルは叫ぶ。
洞穴の一つに影。
「結界を張ったのに?」
蒼龍は気を取られる。
その隙にザニバルは蒼龍の向こう側へと飛び込んだ。
「まやかしか!」
洞穴の影は兵士ではなく、ザニバルが作った黒い瘴気の塊だった。装甲の展開と火球の着弾を隠れ蓑にしたのだろう。蒼龍は怒りの咆哮を上げる。
後方の洞穴へと逃げるザニバルに、蒼龍は鍬を振り下ろす。背中の装甲を数枚切り裂いたがザニバルは止まらない。
ザニバルは奥へと走り込み、突き当たりで目当ての物を見つけた。
「やっぱり! こっちには行かせたくなさそうだったもんね」
「出てこい暗黒騎士。そこは行き止まりだ。蒸し焼きにはなりたくないだろう」
蒼龍が追ってくる。
ザニバルは見つけた物を蒼龍に突きつけて振ってみせる。液体の入った瓶がチャプチャプと音を立てる。
「これ、マルメロから作った薬なんでしょ。これさえあればたくさんの病気の人が助かるんだろうなあ」
ザニバルはのんびりと言う。
蒼龍から初めて恐怖の匂いが立ち上る。
「貴様! 卑怯だぞ!」
蒼龍の声は震えている。
突き当たりの地面には木箱が置かれていてマルメロの果実が収められている。
ザニバルはマルメロに目をやって、
「どうせ王国に持って帰れないなら無駄だよね」
「仲間たちが命を費やして得た薬だ! 決して無駄にはしない!」
「どうやって? 要塞の防壁を越えられるの?」
「それは……」
蒼龍は口ごもり、牙を食いしばる。
「ねえ、契約しない? 薬を持ち帰れるように要塞で取り計らってあげるよ」
ザニバルの赤い眼がちろちろと燃える。
「なんだと……!? いや、貴様、助かるために私をだまそうとしているな!」
「だまされたと思ったらいつでもまた攻撃すればいいじゃない」
思わぬ提案に蒼龍は動揺している。
「だが、貴様の狙いはなんなのだ! 条件があるのだろうが」
「うん。うまくいったらマルメロを買って。泥棒はもう無し」
「なぜ貴様がマルメロにこだわる」
「だってナヴァリアは俺の領地だもん」
ザニバルはまた瓶を振ってみせる。
「さあ、決めてよ。この薬どんな味がするのかなあ。舐めてみよっかなあ」
「悪魔め! や、止めろ! その薬はすぐに傷んでしまうんだ!」
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