Report 3 魔術のホームスクーリング(1)

(どこだ……、ここは)


 賢治は、炎天下のなかを必死に走っていた。

 だが、いま自分が経験しているはずのことなのに、どこか自分じゃないような……不思議な感覚に陥っていた。


 ――ああ、入道雲が大きい。ものごころ着く前はあの雲のなかが天国だって思ってたけど、そんなわけないんだよね。


(? 何だ、今の声は?)


 突然、子どもの声が聞こえてきて賢治は訝る。

 しかし、その声は聞き覚えのあるものだった。


 ――でも……、お母さんには会いたいけど……。死んだらすっごく怒られるだろうな。それはそれでやだな。


(……これ、小さい頃のオレの声か?)


 それは、自身の幼少期の声であることに気付いた。


 ――暑い……。少し、日陰に入りたい……。


(聞こえてくるのではなく、頭の中で響いている感じだ。ということは、これはもしかして……)


 その時、景色が急に切り替わった。

 炎天下の住宅街から、鬱蒼うっそうと生い茂る林の中へと。


(……?)


 賢治は、木々の間に浮かぶ赤い光を見つけた。

 赤い光の周りは、影のようなものがゆらゆらと揺れていた。


(――)


 それを見て賢治は、ゾッと鳥肌が立った。


 影は、人の形をしていた。

 赤い光に見えたものは人の両目だ。


 賢治は直感的に、「ヤバい」と思った。

 だがどういうことか、賢治の身体は意志に反して影の方へ近寄づいていく。


(……おい! 何でそっちに向かうんだオレ! クソッ、身体が言うことを聞かねえ!)


「そっちに行くと、あぶないよ」


 賢治は・・・、耳もとでそう囁かれた。


(――!?)


 驚愕の余り、賢治は振り返った。今度は身体も連動して、後ろを向いてくれた。

 けれども木々の間から広がる原っぱが見えているだけで、誰もいなかった。


(さっきの声……。あれは恐らく……)


 賢治の関心は、赤く光る目を持つ人影からその声へと移ってしまった。

 突然明るいところに出たため、目がくらみそうだ。

 やがて慣れてくると、緑と青に分かたれた世界が広がっていく。


(……!)

 

 目を開けると、原っぱの中に背の高い女性が寝っ転がっていた。

 三角帽、ネイビーブルーのマント、持ち手の部分が湾曲した木の杖、わら箒……。女性が身に着けているものや持ち物は、明らかに日常とはかけ離れたものばかりだった。 


(やっぱり、この女性ひと……!)


 それは、昨日から散々賢治の頭のなかをよぎった白昼夢の中の謎の女性、サッちゃんであった。


 ――なんでこんなところで寝ているんだろう……。にさされないのかな……。


 そして再び、幼い賢治の声が頭の中に響いた。


(思った通り、このイメージはオレが過去に経験した出来事の記憶のようだ。さっきからしている頭の中の声は、その時のオレの思考だ。しかし、だとしたらこれは一体、いつの記憶なんだ?)


 賢治は、目の前で再生される映像が何なのかを考える。

 だがその時、急に目の前の光景が揺らぎ始めた。


(――!)


 現在の賢治・・・・・が思わず、目の前で寝ているサッちゃんに手を伸ばそうとした。


「サッ――」



 ――だが手を伸ばした先に、サッちゃんはもういなかった。


 そこは、見知らぬ和室であった。

 窓からはカーテンの隙間から、ぼんやりと光が差し込んでいる。

 隣を見ると、赤毛の少年が布団のなかにうずくまり寝息を立てていた。

 布団のそばに置かれた時計を見ると、時刻は5時27分。まだ起きるには早い。


(夢か……。だが、今ので確信が持てた)


 賢治は先ほど見た夢から、ある推論を立てる。


(昨日からたびたび引き起こる白昼夢……。あれは、オレが本当に経験したことのようだ。だが、いつ起こった出来事なのかが全くわからない)


 賢治はもう一度、布団の中に潜り込んだ。

 そしてイメージを反芻はんすうし、何か手がかりはないかと考えた。


(思い出せ。あの風景……、あのときに感じたこと全てを……)


 ノースリーブのサマーセーター。デニムのホットパンツ。綿のアームウォーマー。ロングブーツ。むきだしの太ももと肩。呼吸のリズムに合わせ起伏するはちきれんばかりの乳房。胸から腋にかけての整ったライン。白い柔肌……。


(……ゴクリ)


 瞼の裏にサッちゃんの姿を思い浮かべていると、何故か頭と腹の下に血が集まって熱を帯び始め、思考力が減退していった。


(……もう一度寝れば、あの続きが見られるかな) 


 けれどもどういう訳か、寝ようと思ってサッちゃんの姿かたちをイメージすればするほど、目が冴えてしまうのであった。




   ★


(くっそ~、寝不足だぜ……)


 賢治は結局、あれから眠れなかった。

 朝起きたらまず賢治は、着替えとその他必要な荷物を取ってくるように徳長から言われた。

 そしてイソマツと桐野も、護衛を兼ねて同行することになったのだ。

 そして賢治の家に到着するなり、各々が一目見た感想を口に出す。


「ほおお! これはすごい! いっちゃん家が軽く三つくらい入りそうなのだ!」と、現世。

「はひー、こりゃあ広いねー」と、イソマツ。

「……ボンボン」と、桐野。


 青梅邸は、明治期に建てられたイギリス式建築の邸宅であり、間取りは10LDK。敷地面積は250坪で、床面積も60坪以上ある。裏庭は相模湾に面しており、天気が良い日には伊豆大島や房総半島の南端を見ることができる。最盛期はもっと広い庭園やゲストハウスなどがあり、1000坪はくだらなかったという。


「貴族だったんだよウチ。でも戦後没落しちゃった」


 現在は、賢治と賢助の二人暮らしである。庭の手入れは週一回来る植木屋に任せる以外に、使用人などは雇っていない。そのため家の中には使っていない部屋も多数あり、大体は締め切りである。


「逆に分家だった松枝家は電気事業で成功して大きくなったからさ。政界との関わりとかそういう役割は、全部受け渡しちゃったらしい」

「松枝家って、まさかあの松枝ホールディングス……!?」

「ヒュー。そりゃすごい。世界規模の大企業の経営一族と親戚かぁ」


 桐野とイソマツは、驚いた表情を見せる。

 松枝ホールディングスは日本の大手総合電器・機械メーカーであり、世界的な知名度のある企業である。創業者である松枝芳総まつがえよしふさによる経営術は、戦後の日本の復興に大きく貢献し、経済の世界で神格化されてきた。

 この家は長年無人のままであり、松枝家の管理下にあった。それが賢助に移譲されたのは、今年の一月のことである。松枝家が財産整理のため、不要な資産を手放すよう方針を立てたのだ。そこで、青梅家の当主である賢助に話がかかったのである。


(……そう驚かれても困るな。オレは松枝家の人には全く会ったことないし、はっきり言ってよそンだよ)


 家の中に入るなり賢治は、手早く荷物をまとめ始める。所用した時間は、三十分もかからなかった。

 四人は賢治の家を発って、来た道をまた戻り始める。

 術師界と汎人界をつなぐ図角トンネルへと山道へつながる県道803号に出るため、住宅街の中を歩いていく。


(ん? あれはウチのジャージ……)


 賢治たちの目の前に、五色学園のジャージを着た二人の男子生徒がいた。あちらも賢治たちの視線に気づいたようで、後ろを振り返った。


「あ? オメー、昨日の一年だよなオイ」


 黒髪のストレートヘアの男子生徒が、威圧するような口調で言い放った。


「青梅! それと……小田だっけ」


 もう一人の顔面着地したオランウータンのごとき顔をした男子生徒が、舌打ちをしながら名前を呼んだ。

 昨日絡んできた赤坂と加良部の二人だった。


(げえっ! こいつら、この近くに住んでいるのかよ!)


「んちゃす」


 イソマツはゆるい挨拶をして、平然と前に出る。面倒な時はこうやって切り抜けるのが彼流かれりゅうのようだ。


「……おはようございます」


 賢治はイソマツをならっておずおずと挨拶し、そのまま脇を通り過ぎようとした。


「コラ待てよ」


 だが赤坂が、賢治たちの進行方向を塞いだ。


「お前、言うことあンだろ。昨日コーシューのメンゼンであんな恥かかせてくれやがってよ」


(お前らが勝手に絡んできたんだろ!)


 ――とは言えず、賢治は絞り出すような声でこう言った。


「昨日は、すみませんでした……」

「ああ? 聞こえねえよ? もっと大きな声で言え」

(……ここで反論しても、どうにもならない。どっちからでも手が出たら、面倒なことになる。下手したてに出て、早く、この場を何とか逃れないと)

「す、す、すいま――」

「ねえ、どいてくれない? 急いでいるんだけど」


 耐え兼ねた様子で桐野が、険のある声で言った。


「ナニこの! めっちゃ可愛いじゃん!」


 すると加良部が盛りのついたオスザルのような声をあげた。

 眉をひそめて、加良部をにらみつける桐野。


「ねェねェ、どこ高? 俺たちこれから朝練なんだけど、まだ時間あるからさあ。県道沿いのスタバでお話しなァい?」

「いい加減にしろ、お前ら!」


 一喝。現世が間に割って入ってきた。


「あ? ンだ、テメ?」


 鼻の下を伸ばしたニホンザルから敵を威嚇するチンパンジーへという風に、加良部はガラッと表情を変える。


「おぬしらと賢治との間に何があったかは知らぬ。だがさっきから聞いておれば、相手を責めるばかりで問題の解決を図ろうとする意思がまるで感じ取れんではないか! 日本男児ならぬかのようにねちねちとせず、腹を割って話せッ」

「うっせーな! しゃしゃんなよ、クソガキ!」


 加良部が、張り手で現世を突き飛ばした。


「わあっ!」


 ガードは間に合ったものの転倒は免れなかった。受け身は取れたが、デニムのオーバーオールが水たまりで汚れてしまった。


「現世!」


 賢治が現世の手を取る。


「ひゃっひゃっひゃっ! ガキには泥遊びがお似合いだz――」


 加良部の猿のような哄笑が中断された。

 桐野の見事な右ストレートが、その左頬に突き刺さったからだ。


「ぶうぅぅぺらっぽおおおぅッ」


 加良部の身体は後方三メートル以上も吹っ飛び、まだ回収されていないゴミ袋の山に突っ込んだ。衝撃で宙に飛んだ空バケツが、虫歯のマンドリルのように頬が腫れた加良部の頭にがっぽりと被さった。


「……!?」


 賢治は口をあんぐりと開けたまま、硬直する。

 イソマツは現世の手を引きながら、「あーあ。スイッチ入っちゃたよ」という諦観の表情だった。

 ――ズザッ。

 赤坂が桐野の前に立つ。


「おいおい、ツンデレちゃんよ」


 半分は敵愾心を顕わにし、半分は弱いものをいたぶる嗜虐的なねちっこさを湛えた表情で、脅し文句を唱える。


「こんなことしてどうなるか分かってんのか? 加良部コイツ、これでもレギュラー候補なんだぜ? ウチの保護者会オヤ共にはOB・OGがたくさんいるんだ。他校の生徒だろーが、黙っちゃいねえぞコラ」

「そうかい」


 桐野が円を描くよう右へ動く。

 赤坂、横飛びで対応する。


「ヘッ、動きを読んでくれといってるようなモン――」


 赤坂の左腕が桐野に迫る。

 パァン!

 桐野は咄嗟とっさにしゃがみ、赤坂の軸足である右脚を払った。


「ぐうっ!」


 バランスを崩した赤坂は、左膝から地に着く。

 そして、次の瞬間――


「なっ――ぐえっ!」


 赤坂の首に桐野の右腕ががっしりとまった。桐野はさっきの一瞬で背後に回り込み、スリーパーホールドをしかけたのだ。


「じゃー、チクれないよう記憶を飛ばしてやるよ……。頚動脈を止めたら酸欠になって、海馬の活動が鈍るからね……」


 もがけばもがくほど赤坂の首が締まっていく。赤坂の顔は、加良部が怒ったときよりも赤く変色していく。


「ひ、……ひぎっ……ぐええッ」

「わたしは十三じゅうさんのとき決めたんだ……。現世に手をあげるヤツは、例外なくブチのめす。一切の容赦も、一瞬の躊躇ちゅうちょもなく、許しも請わないってね」

「桐野、もうよい! そこまでにするのだ!」


 現世が叫んだ。

 桐野は赤坂を解放する。


「がっ! ゲホッ、ゲホッ!」


 咳込みながら、賢治たちを睨み付けて捨てゼリフめいたことを口走る赤坂。


「ハァハァ……頭オカシイんじゃねえの、この女。――青梅。テメーのつれの貸しはテメー自身にオトシマエつけさせるからな。連休明けを楽しみしてろよクソが」

「いいですよー先輩」


 そういうイソマツは、ゴミの山に埋まっていたはずの加良部の襟元を掴み、その身体を持ち上げていた。


「……」


 絶句する赤坂。

 加良部の体重は70キロ以上あるはずだ。それなのに、イソマツはそれを左腕で軽々と持ち上げている。

 イソマツは、赤坂とは対照的に飄々とした態度でこう言ってのけた。


「学校内で賢治くんにヘンなことしようとしたら、今度は僕が助太刀しますから」


 赤坂はもはや何も言えず、口を開けて眠りこけるオランウータンのようなだらしのない表情の加良部を黙って受け取る。

 そして、逃げるようにその場を去っていった。加良部の「う、うう……」という唸り声は段々と小さくなり、やがて消えてしまった。


「現世、大丈夫? どこも怪我してない?」


 桐野は心配そうな表情で、現世に声をかける。


「大丈夫なのだ。服に泥水が少しかかっただけなのだ」

(……つ、つえー。運動部のレギュラー二人を、一人で圧倒しやがった……)


 キッ。

 桐野は、突如賢治のほうを振り向く。その目は両方とも、三角に吊り上っていた。


「青梅。アンタさ、これから現世のパートナーとしてやっていく自覚あるの?」

「……え?」

「あの猿顔野郎が現世を突き飛ばしたとき、間に入ったり現世を退かせたりするくらいのことはできたでしょ。あれがもし武器でも持っていたら、どうするつもり?」


 桐野に責められる賢治。

 賢治は不服そうな顔で、言葉を返す。


「いや……。そんなこと言われても、オレは元々運動はからっきしで、とっさに動くなんてことは……」


 賢治がそう言うと、桐野は「ハンッ」とでも言わんばかりに肩をすくめた。


「いくら術が使えない状況だからって、あの程度のヤツらに気圧されているようじゃあこれから先が思いやられるよ。護らなきゃいけない方の立場も、少し考えて欲しいね」

「なっ……!」


 賢治は眉間にシワを寄せて、桐野に抗議しようとした。


「――」

「……何だよ、言いたいことがあんならはっきりと言えよ」


 しかし口がパクパクするだけで、言葉が出なかった。

 頭の中には言いたいことが山ほどスパークしているというのに。

 しびれを切らした桐野は、軽蔑の色が混じったため息を吐いた。


「行こ、現世」


 そして、現世を引っ張って歩き出した。


「あー……、賢治くん」


 イソマツが気まずそうな声で、なだめるように賢治に声をかける。


「キリちゃんは現世ちゃんのことになると、アツくなっちゃうんだよ。あの二人組もケガしてないし、これでもマシになった方なんだよ?」

(……そういう問題じゃねえんだよ。あんな排他的な態度取るヤツと、これから一週間以上も同じ屋根の下で過ごすのかよ……)


 もっとも、コミュニケーション云々については賢治も人のことを言えた義理ではない。


「涼二先生も待っているし、言い争っているヒマはないよ。僕の方からも、あとで言っとくからさ」


 賢治は既に、嫌悪の対象が桐野ではなく情けない自分へと移っていた。


(なんでオレはこうなんだろう……。ブチキレなくても言いたいことが言いたいときに言える、そんなあたり前のことがどうしてできないんだろう……)


 四人は険悪といっていい雰囲気を湛えて、因幡邸へ再び向かい始めた。




   ★


「何か思ったより、時間かかりましたね」


 徳長がホワイトボードの前で言った。

 賢治の右腕のG-LOCKには[-2017- st 4-29 9:46]と表示されている。


「まあ、いいでしょう。それでは、全員揃ったところでオリエンテーションを始めたいと思います」


 徳長が、ホワイトボードの前で言った。

 賢治たちは昨日の客間に集まっている。客間は今、賢治たちのための講義室となっていた。座卓の上には、数枚のプリントが乗っかっている。賢治の前には、加えて大量の書籍と丸められたマットが置いてあった。


「プリントの一枚目をめくってください。そこに書かれているのが、本日から来週の土曜日までのスケジュールとなります」


AM: 6:30 起床

AM: 6:50 ラジオ体操第一

AM: 7:30 朝食

AM: 8:15 掃除

AM: 9:00 精霊学

AM: 10:00 休憩

AM: 10:15 呪文学(座学)

PM: 11:15 自習・昼食の支度

PM: 12:00 昼食・休憩

PM: 1:00 呪文学(演習)

PM: 3:00 小休憩

PM: 3:15 呪文学(ゲーティア・座学)

PM: 5:15 小休憩

PM: 5:30 呪文学(ゲーティア・演習)

PM: 6:15 魔導史

PM: 7:00 掃除・夕食の支度

PM: 8:00 夕食

PM: 9:30 風呂

PM: 10:00 自由時間

PM: 10:45 就寝


(――六時半起床!?)


 賢治は休みの日、大体昼に起きる。良くて十時過ぎだ。これなら学校の授業のある日の方が、よっぽど朝寝坊できる。


「この八日間の講義には、賢治くんだけでなく、パートナーの現世さんはもちろん、桐野さんやイソマツくんにも同じように過ごしてもらいますよ」

「¡¿Quéケ・ diablosディアブロス?!(何だって!?) カンベンしてよ、死んじゃうー」

「死にません。イソマツくん、あなたはこのところ生活が乱れ気味だからちょうどいい機会です。これを機に直しなさい」


 徳長は、イソマツの抗議をぴしゃりと打ち切った。


「いま9時10分だから、10時15分の呪文学からスケジュールに入ることにしましょう。それまで、オリエンテーションを続けることにします。――賢治くん。目の前にある教科書と、二枚目のプリントに記載されているリストとが合っているかどうか、確認してください」


(……えーと、なになに。『整理と復習 小学魔導』(中野堂出版)、『小・中・高 呪文集』(秋山書店)、『一ヶ月でわかる! 中学呪文学』(ことぶき社)、『一ヶ月でわかる! 中学精霊学』(ことぶき社)、『義務教育でならう魔導式・魔導陣』(上領書院)、『高校 呪文学I』(田井中書籍)、『新説 魔導史B』(平沢出版社)、『決定版 魔導史資料集』(福間社)、『ソロモンの小さな鍵――ゲーティア概説』(上領書院)、『召喚呪文学』(田井中書籍)、『魔導辞典』(平沢出版社)、『精霊辞典』(平沢出版社)……うーん。普通の教科書や参考書と同じような装丁の本ばっかりだな。もっと現世みたいな、「魔導書!」っぽいのを期待したんだけど)


「この、丸められたマットはなんですか?」

「力場展開の練習用マットです。開いてみていいですよ」


 賢治がいわれるまま開いてみると、そこには五芒星の円陣が描かれていた。


「それ小学生用なんですけど、最初のうちはそれで慣らしてください。慣れてきたら、次の段階のものをお渡しします」

(小学生用……)

「杖などの魔装用具については、〔鍵〕の力によるものを使ってくださいね。では、これからどのようなことをこの講義で勉強するのかを説明します」


 徳長はまず、昨日の術師界と精霊術の話を簡単に振り返った後で、現代の日本でどのような魔導教育がなされているのかをごく簡単に説明した。


 魔導教育は魔導小学校から始められるのだが、呪文の詠唱と杖の携帯が許可されるのは魔導中学に入ってからとなる。しかしながら、今から賢治に魔導初等教育の科目を全てやり直す時間はない。そのため今回の集中講義では、魔導小学校から魔導高校までの範囲で、現在の賢治に必要と徳長が判断する項目だけをピックアップして授業をしていくことになった。

 科目は三種類で、「精霊学」「呪文学」「魔導史」である。

 「精霊学」は、汎人界における中学高校の理科科目に照応する。魔導化学、魔導生物、魔導物理、魔導地学の四単元から成り、精霊術の世界に起こる様々な現象や、術師界に生きる生命について勉強する。

 「呪文学」はその性質上、汎人界において対応する科目はない。文字通り現代魔術の呪文について勉強するのであるが、教室のなかにおいて講義形式で行われる「座学」と、実際に詠唱を行う「演習」とに別れる。また、ゲーティアの召喚術は完全に魔導大学の学部生のレベルのため、他の「呪文学」とは分けて講義することにした。

 「魔導史」は、そのまま汎人界における中学高校の社会科の歴史単元に照応する。術師界ができるまでの術師たちの歴史と、術視界成立後の歴史について勉強する。

 

「……というわけで、この講義の最終日には総仕上げとしてテストを行います。それまでの間みっちりやっていきたいと思うので、頑張ってついてきて下さいね」


 時間はあっという間に過ぎて、オリエンテーションは終了した。

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