20.お昼寝の後に⑧
「ところで、何を作るの?」
「今日は時間もないし、サンドウィッチかな?」
「サンドウィッチ?」
「パン……もわからないか。これに、これとかこれを挟んで……」
「あ、お母さん、ボク、これがパンだってわかるよ?」
「え?」
リルフの言葉に、私は少し考えることになった。パンをパンだと認識している。それは、どういうことなのだろうか。
パンという言葉は、当然人間がつけたはずだ。私は、この子の前で、まだパンがパンであると言っていない。だから、それを認識している訳がないはずである。
「よく考えてみると……リルフは、私達の世界のことについて、ある程度知っている感じがするね?」
「え? あ、うん。そうだね……」
「よく考えてみると、喋れているのも変だ。まだ生まれたばかりなのに、どうして私達の言語を理解しているんだろう……」
リルフのことを考えて、私は混乱していた。考えれば考える程、この子の現状は奇妙なのだ。
生まれたばかりなのに、色々なことを知っている。それは、おかしいことだ。今まであまりに自然に会話できていたが、そこには違和感を覚えるべきだったのである。
今日は生まれたばかりなのに、色々なことに関する知識がある。それは、どういうことなのだろうか。
「お、お母さん? その……」
「あ、ごめん。なんでもないよ」
悩んでいる私の様子に、リルフが動揺してしまった。その様子を見て、私は自身の考えを一度忘れることにする。
この子に謎が多いことは、ずっとわかっていたことだ。それに、一々動揺していてはきりがない。
そのことは、心の中で考えることにしよう。その様子を見せて、リルフを動揺させるなんて、あってはならないことなのだ。
「さてと……早く昼食を作らないとね」
「うん……」
「リルフ? ごめんね……不安にさせたよね」
「あ、いや……」
「情けないお母さんでごめんね……」
リルフは、かなり動揺しているようだった。私が妙なことを口走ったせいで、この子に不安を抱かせてしまったのだ。こんな情けない話はない。
私は、リルフの体をゆっくりと抱きしめた。そうすることで、少しでも安心してもらえるのではないかと、思ったからだ。
「……お母さんのせいじゃないんだ」
「え?」
「ボクは、自分が何者なのか不安になっていた。でも、それはお母さんのせいじゃないよ。いつかはわかることだったんだから……」
「リルフ……」
リルフは、私を抱きしめ返してきた。その体は、少しだけ震えている。当然のことではあるが、この子自身も、自らの知識にかなりの不安を抱いているようだ。
「……あなたの謎は、これから一緒に解き明かしていこう? 今はいくら気にしてもわからないんだから、考えたって仕方がないよ」
「うん、そうだよね……わかっている。でも、もう少しだけこうさせてもらってもいいかな……?」
「うん……気が済むまで、こうしていてあげるよ」
私は、リルフを抱きしめる力を少しだけ強くした。エルッサさんには悪いが、この子の気が済むまでは、離れないつもりだ。
こうして、私達はしばらくそうしているのだった。
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