第35話 閑話 ラダルからの手紙①

「あっ!クロイフさん!」


「お、おお…カール君。また大きくなったかな?」


「ちょっとだけ背丈が伸びました!」


「そ、そうか…ところでお父さんお母さんは居るかい?」


「家の方に居ますよ!!母ちゃん!!クロイフさんが来たよ!!」


家から出てきた母ちゃんにクロイフさんが挨拶をした。

何かクロイフさん顔色が悪い気がする…大丈夫だろうか?


ボクはラボー小屋の掃除をするのにラボーを庭に放して置く。その後にラボーの卵を捕りながら綺麗に掃除をする。ラボーは綺麗好きなのだ。

ようやく掃除を終わらせたボクは捕れた卵を販売所に持って行く。割れたら大変だから慎重に持って行く…。


仕事が一段落したので家に向かうとクロイフさんが帰る途中だった…あれ?今日は泊まって行かないのかな?

ボクが声をかけるとクロイフさんが目を真っ赤にしていたのにビックリした。クロイフさんはボクの頭を撫でながら「後の事は私に任せておくれ」と言いながら去って行った。


家に入ると父ちゃんが手紙を持ったまま怖い顔をしてるし、母ちゃんは泣いてるし…一体如何したんだろう?

するとボクに気付いた父ちゃんがこう言った。


「ラ、ラダルが…戦地で行方不明になった…」


「…父ちゃん…嘘は駄目だよ…」


「嘘じゃ無いんだ…ラダルはもう…」


「嘘だ!!ラダル兄ちゃんは絶対にそんな事にならない!!兄ちゃんは強いんだ!!」


「カール!!」


父ちゃんは暴れるボクを強く抱きしめた。

嘘だ!ラダル兄ちゃんが…そんなわけ無いよ!!



ラダル兄ちゃんは小さい頃から魔法が使える天才だった。元魔法兵の村長さんには随分と可愛がられて魔法も教えてもらったと言う。

まあ、直ぐに教える事が無くなったって言ってたけど。

ウチは貧乏で家計が苦しかった。それを見兼ねた一番上の兄ちゃんのドリー兄ちゃんは口減らしと自分の手に職をつける為に鍛冶屋の奉公に行った。ラダル兄ちゃんは常々言っていた「ドリー兄ちゃんを俺は尊敬してる。ドリー兄ちゃんが一人前の鍛冶職人になるまでは俺が家を守る」って。

ラダル兄ちゃんは森に入って魔物の肉や素材を獲って来ては、ウチの家計を助けてくれた。素材は村の人に安く売ったし、魔物の肉は近所にもお裾分けしたから皆から感謝された。

父ちゃんと母ちゃんは魔物を狩るのを心配してたけど、デカい熊やワニの魔物を獲るようになってからは「森にこの子に勝てる魔物はもう居ない」ってホッとしてた。


兄ちゃんは寝る前に必ずボクと妹のセシルに文字の読み書きの練習や計算を面白可笑しく教えてくれた。お陰で今も勉強は大好きだ。

兄ちゃんは「読み書きそろばんは必ず役に立つからね」っていつも言ってた。そろばんって何?と聞くと計算で使う物だよと言ってた。

特に妹のセシルとハマったのは”九九”と言う掛け算の暗記法だった。

鶴亀算とかとにかく色々教えてもらったなぁ。だけど不思議だったのはラダル兄ちゃんが誰からそんな事を教えてもらったのかだった。兄ちゃんは「う〜ん…村長さんとか商人さんとか色々な…」って言ってたけど当の本人に聞くと皆首をひねっていたな…とても不思議だ…。


そんな時に領主様に仕える騎士団の副団長さんがやって来てラダル兄ちゃんを魔法兵に取り立ててくれたんだ。

小さいボクと妹のセシルは兄ちゃんが遠くに行っちゃうのを酷く怒って大泣きしたのを今でも覚えている…。ラダル兄ちゃんが家を出る時もボクとセシルは閉じこもって部屋から出なかった…そうしたらラダル兄ちゃんが辞めてくれると思ったのだ。だから出るに出れなくて窓からコッソリとラダル兄ちゃんが見えなくなるまで泣いて見てたな…。


それからはウチの家計はもっと潤った。ラダル兄ちゃんが貰った給金の半分を手紙と一緒に届けてくれた。

そのうちラダル兄ちゃんは戦争で手柄を挙げて伍長に昇格したと手紙を送って来た。給金も増えたとかで更に仕送りが増えた。

兄ちゃんの噂は村まで届いて『底無しのラダル』と呼ばれているらしかった。何で底無しなのかな?

兄ちゃんは次の戦争でも手柄とお宝を手にしたらしく、ウチでラボーの養鶏場を作れとラボーから鶏舎から家まで丸ごと全部領都から持って来て作らせた。その時来たのがクロイフさんだった。クロイフさんは大きな商会の偉い人なのだけど、ラダル兄ちゃんの事を物凄く気に入ってて「ウチの娘婿に来てもらいたい!」って張り切ってたけど色々聞いたらお嬢ちゃんはまだ2歳だって言ってた…ちょっと先走り過ぎじゃ無いかなあ…。

ラボーの養鶏場は村の人達に喜ばれた。父ちゃんは卵を村の人達には原価に近い価格で売ってた。だから何人かはそのまま横流しする事でお金を貰ってた。父ちゃんと母ちゃんはそれを何故か知らぬ振りをして何も言わなかった。

ボクは父ちゃんに何故なのか聞くと「皆一生懸命働いてるだろう?それでも苦しいからやってるんだ。ウチの卵で少しでも家計が助かるなら喜んで卵を安く売るさ」と言ってた。

そんな風にやっていたので村の皆が手伝いに来てくれたりして更にラボーが増えて卵の生産も増えていった。

ボクとセシルはラダル兄ちゃんの勧め通りに村長さんの所で勉強を教えてもらった。

ウチの卵を仕入れに来るクロイフさんも来た時に色々と教えてくれた。クロイフさんは「二人共、筋が良いね…流石はラダル様のご兄妹だ…」と褒めてくれた。

ラボーの養鶏場の売上だけでもかなりの物になってるのに、ラダル兄ちゃんの仕送りはどんどんと増える一方で父ちゃんは「ラダルは兵隊なのか商人なのか…」と頭を抱えてた。クロイフさんと商売をやったり、食堂まで開かせたりと商売に手を出すラダル兄ちゃんに父ちゃんも母ちゃんもビックリしていた。

そんな兄ちゃんにもっと驚かされたのはラダル兄ちゃんが国王陛下から勲章まで貰ってしまった事だ…何でも偉い魔法使いの人を助けたとかで貰う事になったらしい。

コレには村を上げてのお祭り騒ぎとなった。ボクもラダル兄ちゃんを誇らしく思った。

そんな…ボクの自慢のラダル兄ちゃんが行方不明なんて…。


父ちゃんがクロイフさんから渡された手紙をボクに渡した。


『この手紙が父さんと母さんに渡ったと言う事は俺が死んだか、あるいは行方不明になるか…とにかく戻る可能性が低いと言う事です。

俺に何かあった時の為にクロイフさんに頼んでお金を少しずつ貯めて置いたので、それを渡す様に頼んであります。

このお金でドリー兄ちゃんが一人前の鍛冶屋になって帰って来たら工房の資金にして下さい。尊敬するドリー兄ちゃんに何もしてやれなかった愚弟の心ばかりの贈り物です。

残りのお金はカールとセシルの学費にして下さい。二人が優秀だとクロイフさんから聞いてます。二人の兄として自慢の弟と妹です。学校についてはクロイフさんにお願いしてあります。

更に残ったお金は父さん母さんの欲しい物を買って下さい…と言っても働き者の二人は欲しい物なんて無いのかな?もし、そうなら旅行に行って欲しいな。今も一生懸命働く父さんと母さんに少しゆっくりしてもらいたいのです。

それから、もし戦況が思わしくなく村にまで戦火が及ぶ様なら迷わずにウッドランドに逃げて下さい。向こうには俺の料理の師匠であるヘスティアさんが居ます。もしヘスティア師匠が居なかったらモルトン村長を頼って行けば良くしてくれるはずです。

最後に、俺はこの家に生まれて本当に幸せでした。家族皆を愛しています。ラダル』


ボクはラダル兄ちゃんが手紙もお金も用意してたのに驚いた。そう、何時でもそういう手を打っているのがラダル兄ちゃんだった。兄ちゃんはボクに手紙をくれた時に『平時にどれだけ危機を感じ取れるかが生き抜く秘訣』とか『備えあれば憂いなし』とか書いていたなあ。


…そうだよ…アレだけ頭が良くて強いラダル兄ちゃんならまだ生きてるかも知れない。ラダル兄ちゃんならどんな場所からでも戻って来る…そんな気がするよ。

そしてボクが一生懸命勉強して兄ちゃんの帰ってこれる場所を作るんだ。


だから兄ちゃん、サヨナラは言わないよ。




◇◇◇◇◇◇◇◇




いつもお読み頂きありがとうございます。

最初の頃からラダルの家族に関しての描写を抑えていたのは、実はこの閑話の為でした。

如何だったでしょうか?

閑話はあと2作続きます、お楽しみに。

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