第50話 夢渡りの来訪者◆三度目 ①


◇◇◇


部屋に戻って、ドレスを脱ぐ前に、もう一度だけ鏡でドレスを着た自分を見ました。

脱げないように胸元をおさえながら、踊るように回ってみます。ふわっと青いドレスのすそが広がって、とてもきれいです。


なんだか、何もかも夢みたいだったな、と私は思いました。

ルカとダンスをして、妖精たちがキラキラしていて、私……が、女神に祝福されたリディス王家の一員、かあ……。やっぱりなんだか信じられない。


私はそっとドレスを脱いで、背中にかかる長い髪をよけ、鏡越しに自分の背中を見ようとしました。


確かに、何か小さなあざのような跡が、かすかについているのが見えました。


「これが……しるし、なんですかね……」


何だか不思議な感じがします。変わった形はしていますが、そんなにたいそうなものにも見えないんですが。

そんなことを思いながら、私は妖精さんたちが付けてくれたアクセサリーも外していきました。

イヤリングにペンダント。それから、腕にはまった細い金のブレスレット。

順に外していくと、ブレスレットの裏に、小さく文字が書いてあることに気が付きました。


「エルザ・ローズへ。愛しい人を、女神が……?」


私は思わず手を止め、もう一度ゆっくりと文字を読み直しました。


『エルザ・ローズへ。愛しい人を女神が永久に守りますよう。ルカ』


最後に書かれていた名前に、息をするのも忘れて、私は凍り付いたように立ちすくみました。

これは、ルカから恋人へのプレゼント、ですよね。

エルザ・ローズ。この名前は、多分あの夢渡りの彼女の名だ、と私の直感が告げていました。

ルカと恋人だって言っていたこと、本当、だったんだ……。


そして、私は彼女が、いったい誰だったのか思いあたりました。

今の王の兄妹たちの中で、唯一生き残った病弱な兄のアライス殿下、そのアライス殿下に嫁いだ貴族の女性こそ、エルザ・ローズこと、現エルザ妃です。

このブレスレットは、ルカからエルザ妃へのプレゼント、ということでしょうか……。


アライス殿下、そしてエルザ妃ともに、今はご病気で公の場にはめったにでてきませんが、王宮や神殿、騎士局や魔術局に関わる人間なら、エルザ妃が、魔術の才覚に溢れた人物だと一度はきいたことがあるものです。


彼女がアライス殿下と結婚する前、今の第一魔術師であるオズワルドがやってくるまでは、女性ではじめて魔術局の筆頭、第一魔術師を務めていた方だったはず。

であれば、夢もわたれるはずです……。誰よりも魔術に通じた女性なのですから。


「妖精のお祭りは楽しかった?

それにしても図々ずうずうしい人、どうしてあなたが私の腕輪をしているの?」


唐突な声に、私はぎょっとして振り返りました。

そこには、いつものように、夢渡りの彼女が立っていました。

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