21話「役者」ー後編


 *


横浜、山下公園。


海沿いまで抜けてみれば、恋人どうしが手を繋いで闊歩する黄昏て都会の海を一望できるアスファルトの道に着く。


こうやって眺めるのは初めてであった横浜の青い営み。"そろそろ行った方が良いんじゃないか?"と横槍を入れる汽笛の音が、陸と海を明確に仕切る白い柵にもたれかかった辰実を動かした。


池を囲むフェミニンな色合いの花、中心に立つ石像。絵に描いたようなこの世の楽園を携帯電話カメラに収めすぐに抜けていく。"地理が分からないなら、早く行った方がいいんじゃないか?"と、山下公園の中央口をぽかんと開けた並木が緑の葉を落とす。


広い路地を挟むように、見上げれば首を痛めてしまいそうな高いビルが点々とそびえている。礼儀良く区画に敷き詰められた街を抜け、駅を抜ける。


街は、一瞬にして東洋の都に変わった。


映画で観たような、中国の都を切り取って貼り付けたような横浜中華街。三原色を基調に塗り固められた建物の隊列。


荘厳に縁どられた看板には、"朝陽門"と書かれている。おおよそ日本の建築では敷居の高い金の装飾に、王城を守る神を飾った瓦。いかにも"中華"を彷彿とさせる建物が空けてくれた道。


(地理は分からないな…。マップを見ながら行けば何とかなるか?)


門をくぐれば、そこはもう別空間。疑似的な"中国の街並み"を現代のビル街に混ぜ合わせたような通りを、辰実は真っすぐ歩いていく。


"前泊で横浜を観光したいな"と言い出したのは辰実なのだが、今回は他の4人と別行動をとっている。出展が決まった際に、すぐさま横浜のみなとみらいにホテルを予約した(予約が多く、何とか滑り込みで予約できたのは何故か内緒にしているのだが…)。


この予約が1か月と少し前の話。そこから2週間後に、"TOKYO ARTWORKS FESTA"のパーソナリティを務める人物から辰実に連絡が来る。


中華街の"台珍楼"と言う店で待ち合わせ。約束の時間まであと20分くらい、ホテルで貰ってきたパンフレットは方角が分からなさ過ぎて携帯電話のマップ機能に頼りながら、赤提灯を道を横切るように店と店の間に吊るした通りを進んでいく。


自信は無い、だが"甘栗を売っている店"に遭遇していないのは運が良かった。"近づけば無理矢理買わされる"という噂は、ストレンジャーの辰実にとっては怖い。


画面越しにかじりまくったカンフー映画で観知ったモノだらけ。赤い建物やのっぺりとしたモノトーンの直方体、漢字だらけの赤い看板黄色い看板は、彼を映画のエキストラに仕立て上げる。


足しげく通った神戸の南京町と似たように見えて、何かが違う。物珍しく感じる街並みを、携帯電話を横にして撮影しながら進んだ先には、看板に"市場通り門"と書かれた鳥居。しかし、鳥居にしては装飾がゴツゴツしすぎてはいないか?


ようやく目を通したパンフレットと、携帯電話に出てくる航空写真を照らし合わせる。"市場通り門"が北と南にある事が分かって混乱してしまった。


しかし、目的の"台珍楼"は真っすぐ進んだ先にある。寄り道をせず向かえば、時間より前には着くだろう。


左右には食べ物の店、食べ物の店、更に食べ物の店。溢れる肉汁や胡麻油の匂いを想像して、思わず感じる空腹感。"待ち合わせの店では何が出てくるだろう?"と期待する気持ちが、辰実を早歩きにさせた。


("善隣門"の近くにある店よ?1階がお土産の店だから間違えないようにね。)


待ち合わせの相手から言われていた事を思い出す。真っすぐ進んでいくと、"善隣門"と看板が張り付けられた門に着く。


偶然にも、門の手前に"台珍楼"と書かれた看板を発見した辰実。入ったすぐの土産屋には目もくれず、促されるまま2階へ上がっていった。



2階、グランドホール。


赤銅色のテーブルや椅子に被せられた金色の布が、庶民の感覚とは一線を画す高級感を楽しませてくれる。耳元で誘惑の言葉を囁くように、艶美に心を脱がそうとする空間の奥の席に案内される。


目映さを抑えた金色の壁と光を抑えた暖色系の照明が彼女、もといホールの縁をハッキリさせない。ぼやけてしまった視覚を補うように、甘い声を聴き確かな存在を感じたいと鋭くなる聴覚と触覚。その瞳だけが見え、麗しき口元を隠した彼女の表情を"覗かせて"と掻き毟る程に求めたくなってしまう。


無機質に感じた筈の高級感に、どうしてか血のまぐわいを結び付けた。攻撃的でなく、官能的な"赤色"を。


「こちらです」


案内をしてくれた中華風の制服姿の店員に、静かに辰実は頭を下げる。示された席は万字紋が象られた木の衝立で仕切りされている"半個室"。


視線をはばかるように座っていたのは、中性的な顔立ちの男。中肉と言うぐらいには筋肉のついた体躯が、"男らしさ"を魅せる。漆を塗ったようなツヤ黒のテクノカットが顔の傾きに合わせ、彼という人物をデザインする。


しかし、彼を"女性"と辰実は錯覚してしまった。



「お待たせしました」

「早かったわね?横浜の街並みはゆっくり見れたの?」


「今からの分に取っとかないといかんでしょう」


水掫湧(もんどりゆう)、今回の"TOKYO ARTWORKS FESTA"でパーソナリティを務める人物。擦れたオネエ口調の彼自身もクリエイターであり、今や日本のみならず世界にも認知され始めたブランド"Mone"を展開する張本人でもある。


「良い店でしょう?」

「ええ。妻と来たかったものです。」


妻の頬を伝う、波がかった栗色の髪と桜色の唇、海の中を思わせる青い瞳が脳裏に浮かんだ。その指で歯で、離れぬよう繋ぎ止めながら個々が個になる事を願いまぐわう手前、彼女が暖色の照明と黄金の壁を背景に微笑んだ瞬間。


その時に、辰実は試されるのだろう。融解し"個"であるかそうでないのかを。


「優雅というか艶美というか、そんな空間だと思った?」

「そうその通りです」


腕を組みながら左手で顎を支え、"面白いわね、アナタ"と笑った水掫の前にグラスに注がれた冷水が置かれる。程なくして辰実の前にも、2人の間にはガラス製の水差しが置かれた。


複雑な紋様が、金の輝きを乱反射している。


辰実の目に向かって、眩しく反射したそれでぼやける水掫の表情。



「食べ放題よ、好きなだけ注文なさい」

「ありがとうございます」


皮のカバーに入ったメニュー表を、辰実は手に取る。見渡す限りの中国料理、おおよそ日本で発展途上中の地方でお目にかかれない豪勢な料理の数々。"これだ!"と思うものが多すぎて直観を狂わせる。


(食べた事ないのが良いよな…?)


そんな事を考えている間に、水掫は店員を呼んで注文を取っている。行き慣れている客だからこそ、即決までの時間が短い。


"待っている余裕などない"と、都会人と田舎者の差を感じさせられる。音の無い深呼吸で肺を満たせば、"アナタも注文しなさい"と目で合図をされる。


「アヒルの窯焼き、クラゲの冷菜、ピータン豆腐、…ザーサイと、エビ炒飯を」

「かしこまりました」


恭しく頭を下げ、店員は去って行く。


「この店来るのは、初めてなのよね?」

「横浜の中華街なんて、高校の修学旅行でしか来た事ありませんよ。田舎の高校生が財布に入れてる小遣いで行ける店ではないでしょう。」


「そう…。この店、エビ炒飯が一番美味しいのよ。」


シンプルなメニューが一番美味しいという事は、それだけ"店のレベルが高い"という事だろう。本場さながらの中華街の凄さを辰実は理解する。



「前泊で観光もしたかったんじゃないの?…時間を作ってくれてありがとう。」

「前もって言って頂いてましたので何とか。こうしている間に、部下は皆楽しんでいる事でしょう。それで充分です。」


「これが終わったら、アナタも楽しんできなさいな」

「中華街をぶらっと回って帰りますよ」



蟹卵入りふかひれスープをはじめ、豪勢な一品の数々が並ぶ。北京ダックに黒酢豚と、湯気とともに浮世を離れていくような"手の届かない"雰囲気が2人の食欲をそそった。


互いに向き合って両手を合わせたのは、"頂きます"の合図であり"本題に入ります"の合図。


「…面白い子、いや楽しみな子がいるわね」

「手前味噌な話ですが、"アヌビスアーツ"は面白いし楽しいメンツしか揃ってません。誰の事でしょうか?」


「女の子よ、1人だけいるでしょう?」


「篠部の事でしたか」


まずはピータン豆腐を口にする辰実。軟らかくもその密度で存在を証明する、冷たい豆腐の触感と一緒にゼラチン質の歯ごたえ、更に濃密な卵の味が舌を楽しませる。


"癖"というものが確かに存在した。それが食える食えないかは、食事の話であってビジネスライクで言えば"個性"というところであった。



「あの子と、どこで出会ったのよ?」


水掫が手に取ったのはスープであった。怜子への期待と併せて飲み込んだ熱い液体、コースで言えば"最初"にあたるそれが、クラゲの冷菜をゆっくり咀嚼している辰実を急かす。


「あの子がアルバイトをしていた喫茶店の店長さんに言われて、面接をしたのが始まりです。」

「その時には分かってたの、あの子が"普通の子じゃない"って?」


レンゲで掬ったエビ炒飯を、辰実は口に運ぶ。米の一粒一粒に、いかにも"中華"という味が刷り込まれていた。主役のエビに頭を下げた海鮮の味わいを前座に、弾力のあるエビは"最高"の一言に尽きる。


「篠部が"元"グラビアアイドルであった事は、事前に知っていました。」

「グラビアだったのね、あの子は。…人気はあったんでしょう、それがどうしてデザイン事務所の社員に?」


調べれば分かる事を、"敢えて"水掫は聞いている。彼の知りたい事は"事実"ではない"物語"であった。


誰かの口から語られる"物語"が、怜子の魅力を測る基準となる。


「それが、グラビアの契約を切られたらしいんですよ。…理由は分かりませんが、大方"あの子が悪い"なんて言って話も聞かずに切ったんでしょう。勿論、それが"嘘だ"って知っているから俺も彼女を採用しました。」


彼女が"契約を切られた"という話は、この物語の核となる部分。そしてエビ炒飯にアヒルの窯焼き、メインディッシュと言うべき話の先に"まだまだ"舌も耳も楽しませてくれる"続き"がある事を辰実も水掫も分かっていた。


「知っているのは、貴方が彼女を見ての判断?」

「篠部が契約を切られたのは、"後輩が辞める原因になった"という話だそうで。ですがその後輩が辞めた理由というのが、迷惑な配信者が嫌がらせをしてきたという話だって、警察が録った"被害者調書"には書かれているんですよ。」


「詳しいのね」


こうやって話をしている間にも、辰実の視線はメニュー表の"五目あんかけおこげ"に向いている。他にも春巻きやフカヒレ蒸し餃子といった点心にまで目移りしていた。


小食なのか、それともこの店で味わいたかったモノは別にあるのか、水掫の注文は辰実よりも少なく、食べるのもゆっくりしている。1口1口を味わっているみたいであった。


「その調書は、俺が警察官であった時に録取し作成したモノです」

「なら、保証はされている訳か」


酢豚の衣を噛み砕けば、黒酢の酸味がそこに染みていく。黒酢豚がメインと言う訳ではないが、満足を満たすには十分な一品と言っても良い。



「今回パーソナリティを務めるにあたって、ざっとだけど出展している47作品は全て目は通させてもらったの。…実は他にも色々とあるんだけど、"篠部怜子"の存在が私の目を惹いた事は間違いないわ。」


小籠包に蟹卵乗せ焼売、ホタテ貝の蒸し餃子と、水掫の目の前に並べられる点心の数々。そのどれもが"食席を自分の空間にする"品では無いにせよ、一品一品が確かな味を持ち、口にすればたちまち輝く"星"である。


「普通の女の子が、"大人になる"瞬間。羽化なんて言うべきじゃない、超新星と表現すべきでもない、まるで空に"明星"が上がるような…」

「彼女も、自身がそうなる事を願ってます」


3品をそれぞれ口にした後、水掫が最後に取っておいたのは"蟹卵乗せ焼売"であった。餃子や春巻きが具材の味を閉じ込める"袋"であるのに対し、焼売が具材を包み込む"衣"であると聞いた時には、"女性らしい"と感じてしまう。


最後に残した焼売が、水掫の見た"数多の星"から誰を選んだのか教えてくれる。


「決めたわ」

「メニューを見ていませんが?」


店のオススメだと言う、五目あんかけおこげを口に運ぶ前で辰実は手を止めた。ここでまた展開される、話の"メインディッシュ"。


「怜子ちゃんに、今晩空けておくように言って頂戴。」

「分かりました」

「話の内容は記事として掲載されるけど、大丈夫?」

「本人が了承するのであれば構いません」


"すぐに連絡を入れます"と言って、辰実は怜子に電話をかけた。落ち着いて話をしていた半個室は、数コールの間音の消えた空間となる。


『はい、篠部です』

「黒沢だ。…今晩、君に取材の話が来たぞ。準備しといてくれ。」


『ええ!?ちょっと待って下さい!どこからですか?』

「水掫さんだよ、"TOKYO ARTWORKS FESTA"の。時間は…、20時からだ。場所は後でまた連絡する。」


"20時からでどう?"と言われ、そのまま20時だと伝える。そして怜子が驚いているままに話をつけ、強引に切った電話。


「やり方が大胆なのね」

「これが面白い幕開けになるなら、強引にでもやった方が良い」


追加で注文した海鮮料理も、あっという間に辰実は平らげた。食べられる時に食べてしまえと、30を過ぎた胃袋に鞭打つのは舌が貧乏な証拠だろう。


「…これは切欠に過ぎない、あの子にとっての。機会を活かす事ができるなら、誰もが這い上がる事ができる。もし上手くいけば"たまたま"私が関わっただけ。黒沢君、アナタも彼女にとってそう。」


苦みの中にも、香ばしさがあった。昼間から飲む気にならない酒の代わりに口にしている烏龍茶で口の中に溢れていた胡麻油の風味をリセットする。後に残らない味が、食事の終わりを教えてくれた。


「"あの子の物語"なのかもしれないわ、それでアナタはその役者として舞台にいるのかもしれない。それでもアナタにとっては、"自分自身の舞台"よ。」


(お前はまだ役者だ、舞台を降りるなんてまだ言わせねえ)


ふと、以前に言われた事を思い出した。"アヌビスアーツ"の前身になる広告店に拾われたのは、偶然にもその時。群像劇というものは天文学的な計算で、"奇跡"と"運命"がバランスを取っている。


ならば、怜子自身の目的もあれば辰実自身の目的もあるのだ。


「でも傍から見れば、"あの子のシンデレラストーリー"かもね。…本当は主役よりも脇役を演じるのが私は楽しいんだけど。アナタがどう思うかは自由。」


「どう思うか…、どう思おうと今は"演じ切る"事しかできません。」


"まだ始まっていない"と言われた物語の終わりを考えても仕方がない。


「あの子が決めて上がった舞台ならいいわね」

「ええ、そう願っています」



 *


山下町公園。


黄色と緑で瓦ぶいた屋根を支える、朱塗りの柱6本。その間と天井を縫うように垂れ下がった提灯。


"東屋"と言われれば日本語なのに、何故かしっくりくるのはここが中国のパロディであって"日本"に収まる空間であるからだ。



「じゃあまた明日。…そうねえ、19時にはホテルに迎えを寄越すわ。」

「分かりました、篠部に伝えておきます。」


水掫と別れてからは、来た道を少し戻る。"ここでは"浮世離れしたように見える自動販売機を見た時に、コーラが飲みたくなって辰実は小銭を投げ入れてやった。嬉しそうに"ガゴン"と音を立てた販売機の取り出し口から、缶のコーラを取り出して狭い路地を進んだ先。


山下町公園の東屋、くたびれたベンチの方が台珍楼の席より居心地が良い。


古くなった柱の朱に対して、プルタブを起こした缶の赤はまだ生きているように見えた。"自分自身の舞台"と、水掫に言われた言葉が層を重ねる。


(言うなれば、"アヌビスアーツ"が前身と違う事を示す舞台か…)


コーラを一口。


ライムピールの苦みが混じった、柑橘系に若干の香辛料が混ざったような甘味に炭酸の刺激が入った液体は、いつも辰実の良き友でいてくれる。


少し軽くした缶の上を右手で持って、ベンチに沿って直角になっている太腿に肘を置くと、自然と深く呼吸ができた。



「考え事ですか?」

「そんな所だ」


見上げると、怜子がいた。元アイドルだから上手い笑顔じゃない、ぶっきらぼうな辰実とは対極の子なのだ。


「3人は一緒じゃなかったのか?」

「近くで1時間以上もお土産選んでるので、ちょっとだけ抜けて散策してました。皆"どれも良さそうで何を買ったらいいか分からない!"って騒いでましたよ。」

「楽しいならいいか。…それで、君は土産を買って帰らないのか?」


実家と家族、近くの撮影スタジオと"若松物産"。あとは前身の時の店長には買って帰ろうと辰実は思っていた。勿論、実家と家族の分以外は経費から落とす。


「買って帰る相手もいないんですよ」

「なら自分の分だけでも買っておいた方が良い」


辰実も帰り際に空港辺りで、自分へのご褒美にご当地限定のポテトチップスでも買って帰ろうかと考えていた所である。大方は妻に見つかるので、ダミーとして1袋余分に買って帰ろうかと画策している所であった。


このまま話をすれば、怜子もポテトチップスの1袋ぐらいは買って帰るだろうとほくそ笑むのを邪魔するように、隣に座っている怜子の携帯が振動する。


電話がかかってきたのだろうが、誰からかを画面で確認するや否や怜子は出ずに切ってしまう。ふと見えた画面、"どういう人か"を推定するには十分見えた名前は、辰実じゃなくても疑問を感じるに違いない。


「出なくて良いのか?」

「大丈夫です」


その返答を深堀していくには、タイミングが無かった。その点と事情を察するぐらいには、辰実は他人に落ち着いた視線を向ける事はできる。


「19時に、ホテルに迎えを寄越してくれるそうだ」

「そこまでしてくれるんですか!?」


驚きの待遇ではある。


「場所が六本木だからな。しかも森ビルとなると横浜から移動するのにも手間がかかる。地下鉄のダイヤグラムとにらめっこして険しい顔をしていくより、笑顔で話ができるだろう。」


(凄いから分からない話なんだけど、私が行く事になってるんだ…)


実感は沸かない。しかし、これは怜子のために水掫が拵えた機会なのだ。今の自分には、機会の上を走っていくことしかできない事ぐらいは理解できていた。


…ならば、今ある機会を存分にモノにするしかない。


「何かが起こる」


正直な予感。


飲み干したコーラの缶を、辰実の親指がパキッと鳴らした。

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