第39話 夢



「――閃光ソルレオ


 俺は魔法で光を作り、フィーコが消えた洞窟の奥へと足を進めていく。

 魔石結晶があちこちから表出して、青白く照らされた洞窟内。

 それだけ見れば神秘的な光景だが……。


「……っ……」


 洞窟内に張りつめている緊張感。

 無意識に呼吸と足音を殺す。背中からじっとりと冷や汗が出る。

 しかし、地面や壁を調べてみても、魔物の気配や痕跡はない。


(洞窟に生息する魔物でやっかいなのといえば、皇帝蟻エンペラーアント地竜蟲ランドワーム洞犬王コボルドキング、あとは地竜種といったところだが……どの魔物の痕跡もないな)


 それなのに、自分が得体の知れないものに近づいている感覚だけは、妙にはっきりとしている。

 すでにここは魔物の懐の内――間合いの中だと、本能が警鐘を鳴らす。

 いつどこから襲われるかわからない。


 そして、今はフィーコがいない。フィーコの蘇生能力には頼れない。

 今ここで殺されたら――死ぬ。

 と、そこで。


(……光?)


 しばらく洞窟を進んでいくと、行く先に光が見えた。

 どうやら外につながっているらしい。


 暗闇に慣れたせいで、光が眩しくて外の景色は見られない。

 それでも身構えつつ、出口の光の中へと入っていく。

 一瞬、目がくらみ、そして――。


「…………は?」


 目が光に慣れたとき、そこに広がっていたのは――。


 ――遊園地、だった。



『――――♪』『――♪ ――♪』『――――――♪』『~~♪♪』『――♪』『……♪』『――♪』『♪――』『――♪――――』


 嘘みたいに青く澄みわたった空。

 踊りだしたくなるような陽気な音楽。

 魔法で動くカラフルな遊具やテントの群れ。

 鼻孔がとろけそうな甘いお菓子の匂い。

 そして――。


「楽しいね!」「幸せだね!」「あっちにも行ってみようよ!」


 幸せそうに笑っている人間たち。

 まるで、世界が平和だとでも言うかのように。

 そんな光景が、はるか世界の彼方まで続いている。



「………………………………」



 言葉が、出ない。

 これなら、強い魔物にいきなり襲われたほうが、まだ冷静になれただろう。

 この光景は、他のどんな光景よりも俺の思考を停止させる力があった。


「……これは……なんだ?」


 ついさっきまで洞窟にいたはずだ。

 フィーコが消えた洞窟。人喰山脈の魔物がいるであろう洞窟。

 しかし、後ろを振り返ると――なにもない。


「なっ……」


 今、通ってきた洞窟がなくなり、後方にも遊園地が広がっている。

 気づけば俺は、広大な遊園地の真ん中にぽつんと立っていた。




   ◇




 一方、その頃――。

 フィフィの目の前には、玉座の間があった。

 洞窟の先にあった扉の中に入ったら、この広間に出たのだ。

 それも、見覚えがある広間だ。


『ここは……“王”の謁見の間?』


 フィフィの記憶と見事に合致する。

 似ているとかそういうレベルではなく、まったく同じ広間だった。


『でも、さっきまで洞窟にいたはずじゃ……転移魔法でも使われたのかしら? でも、そんな感じは全然しなかったけど……』


 玉座の間をふよふよと飛んでいき、それから高い段上にある玉座を見上げる。

 “王”が鎮座しているはずの場所。

 そこに座っていたのは――1人の少女。

 その誇り高くて知能が高そうな美貌は、間違いない。


『……わたし?』


 自分と同じ姿をした少女が、玉座に腰かけていた。

 しかし、人形のように目を閉じて、呼吸はしていない。

 おそらく海に沈んだ自分の肉体だろう。


『誰かが海底から拾ってくれたのかしら? でも、なんでこんなとこに?』


 少し混乱するが、とりあえず憑依してみる。

 どうせ死んでも生き返るため、気になったら飛び込んでみるのがフィフィのやり方だ。


「うん、やっぱり自分の体だからしっくり来る、気がするわね」


 ブランクがあるからか霊体のほうが動きやすいが、それもすぐに慣れるだろう。

 夢にまで見た自分の肉体。これさえあれば――。


「ふ、ふふふ……テオにどちらが上かを教えることができるわね」


 あの生意気な人間と旅をしてから1週間ほど。

 フィフィは常にマウントを取られ、プライドをずたずたに傷つけられてきた。

 でも、もうそうはさせない。

 今のフィフィならば、テオに“フィフィ様”と呼ばせてひざまずかせることもできるはずだ。


「こうしちゃいられないわ! すぐにテオのもとに戻って、マウントを取らないと!」


 フィフィがそう考えて、来た道を引き返そうと考えたとき――。



「――フィフィ様!」



「……へ?」


 そんな声とともに、広間に入ってきたのはテオだった。

 どうやら、フィフィを追ってきたらしい。

 なんだか、いつもと違う呼び方をされた気もするが……。


「どうしたの? わたしの帰りが遅いから、寂しくなっちゃったのかしら? ふふ、可愛いところもあるじゃない」


 玉座に優雅に腰かけて、悪戯っぽくからかってみる。

 そんなフィフィにテオは怒るでもなく――。


「はい! フィフィ様がいない時間など、俺には考えられません!」


 ひざまずいて頭を深々と下げてきた。


「え……あ……そ、そう?」


 予想外の反応に、フィフィの調子が狂う。

 ここから、“フィフィ様”と呼ばせてひざまずかせるつもりが、いきなり夢が叶ってしまった。


「でも……あなた、そんな性格だったかしら? もっとこう、わたしになめた言動取ってきたような……」


「そんな、フィフィ様になめた言動を取るなど恐れ多い! 俺は前々からこうでしたよ!」


「……前々からそうだった?」


 フィフィはしばし考えてから、ぽんっと手を打った。


「そういえば……そんな気もしてきたわ!」


「そうでしょうとも!」


「それで、今がどういう状況なのかわかる? 気づいたら、ここにいたんだけど……」


「えっ、忘れたのですか? フィフィ様は“王”を倒して、新たな“王”になったじゃないですか!」


「わ、わたしが……“王”に?」


「ええ、フィフィ様の秘められし力が覚醒して、お得意の核融合魔法でワンパンでした! あのときの“王”のビビった顔と言ったらもう、傑作でしたね!」


「そんなことあったかしら……?」


 フィフィはしばらく考えてから、ぽんっと手を打つ。


「そういえば……そんなこともあった気がしてきたわ!」


 それから、フィフィはにやりと凶悪な笑みを浮かべる。


「で、“王”を倒したってことは、つまり……あなたを食べてもいいってことよね?」


「はい! フィフィ様に食べられる日が来るとは、光栄の至り! この日のために俺は生きてきたと言っても過言ではありません!」


「……そ、そうなの?」


「俺だけじゃありません! この世界の人間はみんなフィフィ様に食べられたがってますよ!」


 そう言うと、扉の外からぞろぞろ人間たちが入ってきた。

 どれも、美味しそうな若いメスの人間たちだ。

 列をなして、フィフィの前でわちゃわちゃと歓声を上げる。


「フィフィ様、ばんざい!」「フィフィ様、素敵!」「フィフィ様、最高!」「フィフィ様、美しい!」「フィフィ様に食べられたい!」


「な……」


「見てください! この世界はもう、全てフィフィ様のものですよ!」


 気づけば、広間には金銀財宝に魔石にごちそうがあふれ返っていた。

 テオと冒険を始めてから食べた、魚の串焼きや肉スープやプリンなどもある。


「わ、わたしが“王”ってことは……もう働かなくていいの?」


「はい!」


「1日中、遊んでていいの?」


「もちろんです! 仕事は全て人間に任せればいいでしょう! さぁ、フィフィ様! なんなりとご命令を! フィフィ様の求めるものを全てご用意いたします!」



「「「フィフィ様、ばんざい! フィフィ様、美しい! フィフィ様に食べられたい!」」」



 ふたたび、人間たちの声が上がる。


「う、う……」


 フィフィがふるふると震えたあと。


「宴の始まりよ――ッ!」


 高らかに拳を宙に突き上げた。

 おぉおおおお――ッ! と、広間が歓声に包まれ……。




「………………まずは1匹」




 そんな様子を、広間の扉の外から眺めている少女がいた。

 その身に不釣り合いなほど大きな帽子をかぶり直すと、にたりと小さく微笑む。



「――それでは、良い夢を」



 少女はくるりと弾むように踵を返し――。


 そして、ぎぎぎぃ……と広間の扉は閉ざされたのだった。

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