第53話 敵のアジトに乗り込んでみた


 破滅の未来を変えるため……というより、気に入らない聖王をぶっ潰すため。

 俺とラフリーゼはお土産を物色しつつ聖王のもとへと向かった。

 そうして、やって来たのは大聖城だった。

 グラシャラボラスに匂いをたどらせてみると、聖王がこの大聖城の地下にいるらしいことがわかった。


「な……大聖城にこんな場所が……」


 大聖城の隠し扉をぶっ壊すと、地下へと続く石階段が現れる。

 階段は延々と下へ伸びており、その階段の果ては暗闇に呑まれて見ることができない。

 どうやら、ラフリーゼもこの地下階段の存在を知らなかったらしい。

 ゲームでも行けなかった場所だ。


「こんな隠しマップでこそこそしてるってことは、よほどやましいことをしてる最中らしいな」


「や、やっぱりやめましょうよ。陛下と対立してもいいことはないですよ……」


 さっそく石階段を下りていくと、ラフリーゼがしきりに俺の袖を引いてきた。かつかつと靴音が響くたびに、びくっびくっと肩を震わせている。

 完全に怖気づいているようだ。もともと慎重主義なうえに、争い事にも慣れていないのだろう。


「お前は聖王が戦争しまくる未来を変えたいんだろう? なら、聖王を潰せば、それでゲームクリアだろ」


「で、ですが、話し合いで解決とかではダメですか……?」


「まどろっこしいから却下だ。というか、【噂操作】持ちの聖王に言論で勝てると思うのか」


「う……」


「それに、悪は急げと言うだろう。正義側から先制攻撃を食らったら、悪としての示しがつかん」


「……って、あれ? 私たち側がダークサイドなんですか!?」


「無論だ。聖王程度の小悪党に、悪のポジションを譲ってたまるか」


「あなた一応、勇者ですからね!?」


 そんな話をしながら長い階段を抜けると、開けた場所に出た。


「……地下神殿か」


 ぽつぽつと揺らめく燭台の灯りが、立ち並んだ石灰岩の柱の列を照らしていた。【魔力感知】スキルを使ってみると、乾いた石張りの床にうっすらと魔力の導線が引かれているのが見える。おそらく、都にいる市民から吸い取った魔力を、この地下神殿に集めているのだろう。

 その導線の先をたどっていくと、床に描かれた魔法陣の紫光が見えてきた。

 その光に、ぼぉっと照らされているのは……。


 ……大量の信徒たちだった。


「…………ひっ」


 ラフリーゼが小さく息を呑む。

 信徒たちは、巨大な魔法陣の中央にある銀の矢じりの山――おそらくは製造中の神弓兵器アガナ・ベレア――に向かって、祈りを捧げていた。

 その様子が、あまりにも尋常ではなかった。


「……“女神マゥルは”……」「……“『時』と『空』をお産みになり”」「……“それぞれを、『世』と『界』と名づけられた”……」「……“これが『世界』となった”……」「“女神が産後、体を洗い流すと”……」「……“その垢が魔素となった”……」「……“穢れである魔素を洗い流すため”」「……“女神は、水と土から奉仕者をお創りになった”……」「……“奉仕者が禁忌を破って『かじつ』を食べると”」「“その罰として『人間』となった”……」「……“神よ、人の罪を赦したまえ”……」「……“赦したまえ”」


 誰もが幽鬼のような虚ろな顔をして、聖典の句をぶつぶつと暗唱している。

 完全に洗脳されているのか、口から唾液をぽたぽた垂れ流すのもそのままに、喉が潰れているのかしゃがれた声で話し続ける。


「……いったい、なにを」


「噂話をしているんだろうな」


「……噂?」


「だいたい予想はつく。おおかた、聖王に噂漬けにされたのだろう。閉じられた環境で〝聖王を崇めなければならない〟といった噂を延々とすり込ませれば、洗脳など容易にできるだろうからな。そのうえで、祈りの句を〝噂〟として広めたといったところか」


 聖王を信じた人々は、ただ“噂”を吐き続ける道具と化していた。

 おそらく、これが広場で演説を聞いていた聖王信者たちの末路なのだろう。


「……ひどい……ひどすぎる……」


 ラフリーゼが口元を押さえて絶句する。

 正直、俺は最初から予想していたから、なんとも思わなかったが。ラフリーゼは生真面目すぎる性格も相まってか、目の前の光景にかなりの拒絶反応が出ているようだった。

 と、ずいぶん堂々と話していたから、さすがに相手にも気づかれたのだろう。

 かつ、かつ、かつ……と硬質な靴音が近づいてきた。



「……おやおや、今は勇者誕生パレードの最中のはずだがね。どうして貴様らがここにいる?」



 現れたのは、もちろん聖王ネフィーロ4世だ。

 この場では表情を取りつくろう必要がないからか、小馬鹿にしたような顔でこちらを睨んでいる。


「いったい、ここをどうやって嗅ぎつけ……」


「それより、ここで造っているのが神弓兵器アガナ・ベレアだな?」


 聖王のセリフをスキップして、さっそく本題に入る。


「…………」


「…………」


「ふ……ふははっ……! そこまで調べているとはたいしたものだ。だが、これは知らんだろう……」


 聖王が薄笑いを浮かべながら、魔法陣の中心にある銀の矢じりを指し示した。


「この銀の矢じりひとつひとつには、どんな城塞をも破壊するほどの威力が……!」


「知ってる」


「…………」


「…………」


「く、くくく……そうとも、神弓兵器アガナ・ベレアはすごいのだ! 勇者がなんだ! 聖剣がなんだ! この神弓兵器アガナ・ベレアさえあれば、私は神話をも超え……」



「闇魔法Lv1――【ダークバレット】」



「え……ちょっ、待っ……!?」


 待たない。

 手のひらから闇の魔弾を放つ。

 魔弾は神弓兵器アガナ・ベレアの山に着弾し、ちゅどーん! と冗談みたいに爆発した。

 爆煙が晴れると、神弓兵器アガナ・ベレアは粉々になっていた。


「…………ぇ……は?」


「……えぇー」


 呆然とする聖王。

 なぜかドン引きしたようなラフリーゼ。

 信徒たちは我関せずといったように、機械的に祈りを続けている。

 なんとも言えない沈黙の中。

 俺はおどけたように肩をすくめてみせた。



「――あれ、俺なにかやっちゃいました?」



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