第50話 道化師のショーを見てみた
「…………どうしよう」
お祭り騒ぎの聖都の中。
人でごった返した広場の隅っこで、ミコリスは途方に暮れていた。
マティーは勇者誕生パレードの主役だから一緒におらず、一緒にお祭りを回っていたプリモとは、いつの間にかはぐれてしまっていた。
しかし、今なによりも困っているのは……。
「……うぇぇ……お母さん」
手をつないでいる小さな女の子のことだ。
なにやら、この子のお母さんが変な“噂”を耳にするなりどこかへ行ってしまい、途方に暮れていたのだ。
泣きそうになっていたので見かねて声をかけたはいいが。
しかし、子供のあやし方など、エルフの姫が知るはずもない。
ただ、おろおろすることしかできなかった。
「……うぅ……ぐず……」
「な、泣いちゃダメよ! ほ、ほら! お姉ちゃんが、手をつないでてあげるからね!」
「うぇぇんっ! お姉ちゃんの握力が強いよぉぉ!」
「えっ!? あっ、ごめんね! 最近レベル上がったばかりで、まだ力加減慣れてなくて……」
「……おい、見ろよ」「あんな小さな女の子を、鍛え上げた握力で泣かせてるぞ……」「どうして、その握力を正しいことに使えないんだ……」
周囲からの視線が痛い。
「うぇぇんっ! お母さぁぁん! 握力女がいじめてくるよぉぉ!」
「ああぁ、もう……どうしたらいいのよ……うぅぅ、ママぁ……」
ミコリスも女の子と一緒に涙目になっていた。
と、そのとき――。
「――きひゃひゃ♪ 人を笑顔にするならまず自分から、ですよぅ?」
どこからともなく、まるで手品のように。
――目の前に、虹色の少女が現れた。
カラフルな髪に、カラフルな瞳に、カラフルな衣装。
どことなく道化師を思わせる身なりだった。少女は周囲の視線を涼しげに受け流しながら、一輪の花に口づけをして、ちゅうちゅうとご満悦そうに蜜を吸っている。
これほど奇抜な少女だというのに、接近に気づけなかった。
ミコリスは思わず警戒しかけるが……その少女の姿には見覚えがあった。
「え……あなた、もしかして……」
「しー」
少女は茶目っ気たっぷりの笑顔で、ミコリスの唇に人差し指を当てる。
「私はただの、しがない道化師ですよぅ?」
整った顔でウィンクされると、同性でもドキッとさせられる。
少女はそれから、泣いている女の子の前でかがむと。
「――これはこれは、愛らしいお姫様。あなたの涙はまるで100万シルの宝石のよう……この私がいただいてしまいましょう」
芝居がかった仕草で、女の子の涙を花びらでぬぐい取ると、その花びらをハンカチで覆い隠し――。
「――イッツ☆ショータイム♪」
ハンカチを取り払った、その瞬間――。
――虹色の蝶が、一斉に舞い上がった。
「…………わぁ……」
カラフルな花吹雪のように、ハンカチの裏から蝶がとめどなくあふれていき――またたく間に、聖都が虹色に彩られる。
思わず、なにもかもを忘れて見入ってしまう。
それほど幻想的な光景だった。
泣いていた女の子も、周囲にいた人たちも、誰もがその光景に魅了されていた。
それから。
「あれ……あの子、もしかして!」「メルモちゃん?」「メルモちゃんだ!」
やがて、人々が口々に、虹色の少女の名を呼び始める。
メルモと呼ばれた道化少女は、おどけたようにに肩をすくめると。
「およよ、これはえらいこっちゃですねぇ。本当は、別のお仕事の途中だったのですが……やっぱり、人気者の宿命には勝てませんか」
少しだけ、悪い笑みを浮かべるのだった。
◇
「……なんだ、あれは」
聖王を殴るために広場に来てみると、なにやら人だかりができていた。
押すな押すなの盛況っぷりだ。
また聖王が演説でもしているのかと思ったが、違う。
木組みの演壇の上にいるのは、虹色の道化少女だ。
虹色の蝶を自分にまとわりつかせながら、ジャグリングや玉乗りといった曲芸を披露しているらしい。
それから、少女は自らに布をかぶせると――。
「――メルモ☆イリュ~ジョン♪」
そんな決めゼリフとともに、少女がはらはらと無数の蝶となって消え……。
気づけば、広場の中心にある聖王像の上に立っていた。
ギャラリーたちから拍手と歓声がわき起こる。
「ふむ、やはりメルモか」
――メルモ・フォーゼ。
各地に出没してはショーを開く、さすらいの道化師キャラだ。
ゲームでは主にミニゲーム担当で、仲間になるキャラでもなかったが……主人公アレクたちにたびたび有益な情報を流すなど、メインストーリーで重要な立ち回りをしていたキャラでもある。
彼女もある意味で、魔帝メナス討伐の立役者といってもいいだろう。
「めるめるめ~♪ みなさん、ショーを楽しんでますかぁ?」
「「「――めるめるめぇぇぇッ!」」」
ギャラリーが叫ぶ。
そんな広場の人混みの中に、ふと見知った顔を見つけた。
「――めるめるめえええッ!」
我らがミコりんだ。
拳を天に突き上げて、ひときわ大きな声で叫んでいる。
近づいて肩をつつくと、ようやくミコりんもこちらに気づいたらしい。
「あれ、マティー? たしか、まだパレードの最中なんじゃ」
「サボってきた」
「サボったって……まさか、メルモちゃん見るために?」
「そういうわけでもないが」
そう答えつつ、ふたたび壇上に戻っていたメルモのほうに視線を向ける。
「ミコりんもメルモのこと知ってたのか?」
「当たり前でしょ! 世界的に有名な、あの謎の美少女道化師メルモちゃんよ! 昔、うちの城でもショーをやってくれたの!」
「お、おぅ」
興奮したようにまくし立ててくる。
ここまで人気だったのか、メルモって。
今まで城にこもってたから知らなかった。メルモが俺の城でショーをすることもなかったし。
「メルモちゃんは、すごいのよ! 魔力もスキルも使わずに、瞬間移動したり、コインを移動させたり、こっちが選んだトランプのカードを当てたりできるの! 信じられる!?」
……普通の手品だった。
「こういうやつだろ?」
ポケットから銀貨を取り出し――ぱっ、と一瞬で。
手の中にあった銀貨を、別の手に移動させてみせる。
まあ、移動といっても最初から隠し持っていただけだが。
「あ、メルモちゃんがやってたやつ! もしかして、あんたもメルモちゃんファンなの?」
「いや、そもそもメルモに手品教えたの俺だしな……」
「……さすがに、人気者に対して、俺が育てたとか言っちゃうのは痛いわよ?」
「そういうのではないが」
メルモは、ノア帝国の元宮廷道化師だ。
かつては俺の遊び係的なやつだった。
もっとも今では状況が変わったが……。
「ああ、メルモちゃん可愛い! あたしもメルモちゃんみたいになれたらなぁ……」
「む……?」
ぽーっと、うっとりしたようにメルモを見つめるミコりん。
ふと、その様子に違和感を覚えた。
いや、変なのはミコりんだけではない。他の観衆もだ。
一見すると、笑顔あふれる平和な光景だが。
よく見ると、聖王の信者の集まりとはまた違う、異様な雰囲気を感じる。
「ふむ」
ミコりんの左手を取ってみる。
「な、なに!? 言っとくけど、あたしの心はメルモちゃん一色なんだからね!」
「いや、もういい」
ミコりんから手を離す。
「……魅了スキルか」
仮にもレベル67のミコりんを魅了するとは。
ずいぶんと強い魅了をかけているらしい。
……聖王を殴りに来たのだが、それどころではなくなったな。
俺は肩をすくめて、身をひるがえす。
「あれ、どこ行くの?」
「少し用事ができた」
その場から離れ、近くにあった市庁舎の屋根へとのぼる。
あいかわらず、広場でショーをしているメルモを見下ろしながら――。
「そこにいるんだろ…………メルモ?」
虚空を手で振り払う。
すると、見えていた景色が、べりべりべり……とひび割れ。
景色に擬態していた虹色の蝶たちが、一斉に舞い上がった。
「――きひゃひゃ♪ ご名答♪」
そんな茶化すような少女の笑い声とともに。
目の前に、虹色の妖精が現れた。
オーロラでできたような虹色の蝶羽を、ふよふよと風に揺らしながら、どこからか摘んできた花に口づけをして、ちゅうちゅうと蜜を吸っている。
あまりにも特徴的な容姿だから、間違えようがない。
七魔王・第2席――天命王メルモ。
蟲の魔王にして、七魔王における諜報担当。
種族名は、
それが、この虹色の道化少女の正体だった。
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