第47話 女神を降臨させてみた


 聖王国にやって来た俺たちは、勇者の公認を得るべく、広場で演説している聖王のもとへやって来ていた。

 聖王ネフィーロ4世は、魔帝メナスとは正反対の、民から慕われる正義の王様……ということになっている。

 だが、俺たちは知っている。

 ……この聖王こそが、破滅の未来の元凶であるということを。


「しかし、人が集まっているのは都合がいいですね」


 ラフリーゼが注意深く周囲を確認しながらささやいた。


「聖王は民衆に対してはいい顔をするので、ここで民衆の支持さえ得られれば公認をもらえるはずです。とにかく、まずは慎重にタイミングをうかがって……」



「――頭が高い。勇者の御前だぞ」



「って、もう壇上にのぼってる!?」


 突然の勇者登場に、ギャラリーたちから悲鳴が上がる。

 聖王も目を丸くして、大きくのけぞった。


「な、なんだね、君は!? おい、聖城騎士たちはなにをしている!?」


「聖城騎士、というのは……そこで眠っているやつらのことか?」


「……な、なに!?」


「ふははははッ! 聖城騎士など勇者の前ではスライムも同然! これが、勇者の力だぁッ!」



「ああぁああっ! もぉぉおおっ!?」



 ラフリーゼがすごい勢いで壇上にのぼってきた。


「なんで20秒で悪役街道まっしぐらになってるんですか!? タイムアタックでもしてるんですか!? というか、まずは民衆の支持を得ようって話してましたよね!?」


「まどろっこしい。民衆など恐怖と絶望でさくっと従えればいいだろ」


「勇者がそんなこと言っちゃいけません!?」


 ラフリーゼはそれから慌てて聖王のほうへと向き直った。



「し、失礼します! 陛下のお話を遮ってしまい申し訳ありませんが、急ぎ、お耳に入れたいことがありまして」



 聖王は一瞬だけ顔をしかめるが。

 市民の前だと思い出したのか、すぐに笑顔を浮かべ直す。


「……なにかね? この者と関係があるのか」


「はい――600年前ぶりに、この世界に勇者が誕生しました」


 ――ざわっ、と。


 一気に、観衆たちがどよめいた。

 聖王もいきなり飛び込んできた情報に面食らった様子だった。


「その勇者というのは、まさか……」


「くくく……見てわからないのか? 俺が勇者だ」


「いえ、見てわかったら稀代の天才だと思いますが……」


「……っ! なるほど……小娘がなにか企んでると思えば、そういうことか」


 聖王は低い声でぼそっと呟くと、小さく舌打ちをした。

 おそらく、ここまでのやり取りだけでラフリーゼの意図まで察したのだろう。

 聖王は一瞬だけ不快の表情を見せるも、すぐに笑顔の仮面の裏にしまい込む。


「失礼だが、君。本物の勇者だという証拠はあるのかね?」


「ふっ、この聖剣が目に入らないか?」


「ああ、失礼。台座のせいでよく見えなかったが……それが聖剣なのかね?」


 聖王が嘲笑を浮かべる。

 観衆に見えないぐらいかすかに……しかし、俺にはわかるぐらいはっきりと。

 やはり、民衆の前に立つことに慣れているのだろう。毎朝、鏡の前で、自分の顔がかっこよく見える角度とか研究しているタイプのやつだ。


「み、みなさん、お聞きください! なんと、こたびの竜王ニーズヘッグ復活による災厄を退けたのが、この勇者マティー様なのです!」


 ラフリーゼの言葉に、おおっ! と民衆たちが声を上げる。

 俺が勇者なのかと疑っていた者たちも、「それなら……」と納得した様子になったが。



「――いや、“勇者というのは聖剣を抜いた者のはず”だがね」



 その聖王のたった一言で、流れが一変した。


「……結局、あの勇者は本物なのか?」「“勇者というのは聖剣を抜いた者のはず”だろ?」「でも、竜王ニーズヘッグを倒したんなら……」「“勇者というのは聖剣を抜いた者のはず”だろ?」「陛下も疑ってるようだし……」「“勇者というのは聖剣を抜いた者のはず”だろ?」


 民衆たちが聖王の言葉を復唱する。

 なるほど、これが【噂操作】スキルの力か。生【噂操作】を見るのは初めてだったが、思ったよりも“噂”の強制力が高いようだ。ほとんど洗脳に近い効果もあるのかもしれない。


「い、いえ……聖剣を抜くのは必要条件ではありません。それはあくまで先代勇者にかぎった話でして……それに勇者マティーは神託によって選ばれたのです!」


 ラフリーゼがたどたどしく勇者の正当性を主張するが、民衆の反応はいまいちだった。


「だから、民衆の支持など集めても無駄だというのに……」


 そもそも、ここにいるやつらは聖王の信者なのだ。

 そのうえ、聖王には【噂操作】という嫌らしい固有スキルがある。

 たとえ運良く民衆から人気が出ても、どれだけ隙のない理論で勇者の正当性を主張しても……。

 聖王が一言否定するだけで、ここにいるやつらは石を投げてくるだろう。

 今まで俺が、何度も、何度も、何度も……経験してきたように、な。


「ふむ……つまり、その以外に証拠はないということかね」


「そ、それは……」


 たじろぐラフリーゼ。

 聖王と違って、人前で話すこと自体にも慣れていないのだろう。

 膝も震えているし、完全に怖気づいている。

 完全に聖王のペースに呑まれていた。

 ……こいつに任せていては埒が明かないな。


「証拠ならあるぞ」


 俺が代わりに答えてやる。

 こっちはとっとと勇者の公認を得て、聖王国の観光を始めたいのだ。


「ほぅ……そこまで言うのなら、見せてもらおうか」


 聖王がにやりと挑発するような薄笑いを浮かべる。どうせなにをしたところで、【噂操作】で否定するつもりなのだろう。


「……ど、どうするんですか?」


「言葉で認めてもらえないのなら、力で認めさせればいいだけだろ」


 俺は壇上から、ちらりと民衆のほうを見た。

 さっき気づいたが、彼らの顔色はすこぶる悪い。さらに時間とともに血の気が引いていっている。


「……魔力吸収陣か」


 広場にこっそりと仕掛けられた魔法陣に気づく。

 なるほどな……この聖王が演説していた目的のひとつがこれか。

 ずいぶんと悪どい“正義の王様”がいたものだ。

 というわけで、やることは決まった。


「スキル限定解除――」


 俺は、聖剣の台座を空へと掲げる。



「光魔法Lv10――【ゴッドブレス】」



 そう、唱えた瞬間。

 ――かァッ! と。

 頭上に突き出された聖剣の台座が、まばゆく輝きだす。

 光は一直線に天へとのぼると、空を覆っていた雲が割れ、神々しい光が広場へと降り注いできた。


「なんだ……!?」「おおぉお……!?」「ち、力がみなぎってくる!?」


 ――【ゴッドブレス】

 これは、回復フィールドを作る魔法だ。

 このフィールドが存在している間、味方に対し、『毎ターン自動回復、状態異常・デバフ・敵性フィールドの一部無効化』などの効果が発生する。

 これにより、広場に仕掛けられていた魔力吸収陣を破壊した。


 また、俺がこの魔法を使ったのは、もうひとつ理由がある。

 ちらりと後ろを見ると、俺の背後に――。


 ――女神が、降臨していた。


 そう、この魔法を使うと……なんか数秒間ほど、女神の幻像がエフェクトとして出てくるのだ。


「…………な……な、な……」


 突然の女神降臨に、民衆だけでなく聖王やラフリーゼも意表をつかれたらしい。

 聖王とラフリーゼがそろって尻もちをつき、目を見開いたまま口をあんぐりと開けている。

 しばらくの間、ざわめきがやまなかった。

 それから、にわかに静かになる。

 俺の言葉を待つかのような沈黙。

 そして、俺はゆっくりと語りだす。



「――はい。お前たちが静かになるのに、5分かかりました」



「「「…………ッ!?」」」


 民衆たちの表情が、一瞬にして恐怖の色に塗りつぶされた。

 圧倒的な高みに立つ人間からの、悪魔のような言葉。

 絶対に怒らせてはいけない者を、5分も待たせてしまった。

 そのことに、今さらながら恐怖を覚えたらしい。

 がくがくと肩を震わせながら、祈るように両手を合わせる。


「さて、もはや俺が勇者であることを疑う者はいないだろう。さっき見せてやったように……俺は神の加護を受けている」


「……神」「こ、これが勇者……」「本物……」


 もはや、疑いの声は上がらない。

 民衆たちは聖王のことなど頭から抜け落ちたらしく。

 畏怖を込めた目で、俺の動きを注視する。

 もはや、完全にここは俺の独壇場だった。


「そうそう。どうやら神が言うには、この広場には、“立っている者の魔力を吸収する魔法陣”が仕掛けられていたらしくてな。お前らがやけに疲れていたのもそれが原因だ」


「……っ!」


 聖王がぴくりと顔のしわを動かす。


「いったい、誰がこんなものを仕掛けたかはわからんが……ついでに解除してやったぞ? ありがたく思うがいい」


「……ぐっ」


 にやりと笑いかけると、聖王が一瞬だけ般若の形相になる。

 しかし、やつの面の皮はこの程度では剥がれないらしく。



「――いやぁ、素晴らしい! 素晴らしいものを見せていただきました!」



 と、快活な笑顔で、いきなり拍手をしだした。

 どうやら、状況を見て、とっさに戦略を変えたらしい。

 やはり、こいつ……なかなかのタヌキジジイらしいな。


「勇者は神の意思によって生まれる者。そんな勇者が“私のもとにいらした”ということは、“私たちは神の意思とともにある”ということです! ソリスティア聖王国は、新たなる勇者を歓迎いたしましょう!」


 民衆から歓声が上がる中。

 聖王が、がしっと俺の手を握ってくる。

 それから、そっと顔を近づけ、耳打ちしてきた。


「……どんな手品を使った」


 敵意に満ちた、どす黒い声だった。

 先ほどの嘲るような声音とも違う。警戒対象にされたのだろう。


「手品ではない。勇者パワーだ」


「ふん……しらを切るか。それより、貴様……聖女の息がかかっているな?」


「いや、誰があんなやつに従うか」


「……まあいい。とにかく、貴様には素質がある。私のもとに下るのならば、金も、地位も、名誉も約束してやろう。悪い話ではあるまい。考えておくことだ」


 そう言って、聖王は俺から身を離した。

 勇者はもっと敬われるかと思ったが、予想外に上から来るな。

 それだけ自分の力に自信があるということだろう。

 ……まあ、正直どうでもいいが。


 ともかく、勇者の公認はもらった。

 ということは……ここからは好き放題やってもいいということだ。



「――聞け、お前ら」



 俺が声を上げると、歓声が一瞬でやんだ。


「俺がここに来たのは他でもない……観光のためだ。そう、俺は神の意思で、観光に来たのだ」


 民衆がぽかんとした顔になる。

 同時に、ラフリーゼが頭を抱えるのが見えた。


「神は言っている、俺に観光をしろと! 神は言っている、俺を楽しませろと! 神は言っている――祭りの始まりだと!」


 そして、俺は告げる。



「――さあ、祭りを始めよ!」



 そう叫ぶと、しばしの沈黙のあと。


 ――うおおおおおおッ! と歓声が上がったのだった。


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