第25話 女王を脅迫してみた



「……なるほど、事情はわかりました」


 ミステリア女王と会ったあと、俺たちは城内に通されていた。

 会議室のような部屋で、俺たちが城を襲撃……ではなく、電撃訪問した経緯を説明すると、ミステリア女王は一応、納得してくれたらしい。おそらく、妖精国の姫であるミコりんと一緒にいたおかげで信頼度が上がっていたのだろう。

 もっとも、そのミコりんはというと、むすっとしたように母親であるミステリア女王から顔をそむけていたが。

 そういえば、一応、親子喧嘩してるんだったな。


 それはさておき……しばしの沈黙を挟んでから、ミステリア女王がふたたび口を開いた。


「つまり……あなたたちは、竜王ニーズヘッグと戦うために来たのですね」


「くくく……理解できたのなら話は早い」


 俺は椅子にもたれながら、テーブルに足をどんっと投げ出した。


「ならば、さっさとこの城を明けわたすがいい。無力なお前らに代わって、俺たちが竜王ニーズヘッグと戦ってやろう……くくくくく……」


「命が惜しければ、主様の言う通りにするがいいです! あなた方に拒否権はありません!」


「……なんで、悪役口調なのよ」


「言わせておけば……卑怯者ども!」「図に乗るな!」「この城はわたさん!」


 突然、エルフの宮廷魔術師たちがいきり立って、魔術杖を構えてきた。

 今にも飛びかかってきそうな形相で、こちらを睨んでくる。


「ほぅ……なかなか威勢がいいじゃないか」


 俺は余裕ありげな薄笑いを浮かべつつ、後ろにいるプリモと顔を見合わせた。


「お、おい……なんで、あいつら怒ってるんだ? 俺たち、怒らせるようなこと言ったか……?」


「さ、さあ……ちんぷんかんぷんです」


「無自覚だったの!?」


「俺の提案はエルフにとってもメリットしかないはずだが……もしかして、机に足を置いたのが悪かったのか? 『お行儀悪いから死ねぇぇ!』みたいな……」


「エルフ、おっかないです……」


 そんなこんなで、なぜだか一触即発の空気になったが。 


「……よしなさい」


 ミステリア女王が宮廷魔術師たちを制止し、すっと目を閉じる。


「あなた方の言いたいことはわかりました。しかし……助力は必要ありません」


 彼女はそれだけ告げると、もう話は終わりだとばかりに椅子から立ち上がった。


「ま、待ってよ!」


 ミコりんが思わずというように大きな声を出す。それから、少し声のトーンを抑えて続けた。


「……待って、話を聞いてよ」


「これ以上の話は必要ありません。とくに、今は時間が惜しい……」


「こ、こいつらはふざけてるけど、力は確かよ! あたしだって頑張って修行してきたし……あたしたちは真面目に、この国を助けに来たの!」


「いや、俺は遊ぶために来たんだが」


「わたしは主様について来ただけですが」


「ちょっと真面目な話してるから黙ってて」


 ……怒られた。


「ミコリス、いい加減にしなさい。助力は必要ないと言っているでしょう?」


「な、なんでよ! この国の一大事でしょ! 少しでも人手がいたほうがいいじゃない!」


「無用な人手は、足手まといになるだけです」


 ミステリア女王が、ぴしゃりと言う。


「強敵との戦いは、統率の取れた精鋭部隊のみで行うべきです。どれだけ個人としての力が強くても、連携が取れなければ足手まといになるだけ。そして、戦場では1人の足手まといが10人を殺します」


「……で、でも」


「とくに、あなたは守られる立場なのですよ。あなたを守るために部隊の連携が乱れ、多くの同胞が犠牲になるのは目に見えています。それとも、あなたは……私の愛する同胞たちに死ねと言いたいのですか?」


「ち、違う……」


 反論しようとして、ミコりんがもごもごと口を動かすが。

 しかし、母の言葉が正論だとわかっているのか、言葉が出てこない様子だった。

 ミステリア女王が、ふぅっと溜息をつく。


「あなた方は、我々の戦いには必要ありません……去りなさい」


 冷ややかに、突き放すように、彼女は言い放つ。

 そうして、今度こそ話は終わりだとばかりに、ミコりんに背を向けた。

 ミコりんはしばらく、ぷるぷると震えていたが。



「――ま……ママのバカ!」



 いきなり叫ぶと、そのまま部屋から飛び出していった。


「ひ、姫様!」


 周囲にいたエルフたちがおろおろしたように、母と娘の間で視線を行ったり来たりさせる。


「……まったく、あの子は」


 ミステリア女王が呆れたように息を吐いた。その仮面のような無表情がくしゃりと一瞬だけひび割れ、わずかに苛立ちの色を見せる。

 なにはともあれ、真面目な話とやらは終わったようだな。


「おい、ミステリア女王……1つ、脅迫してやろう」


「……忠告ではなく、脅迫ですか?」


「無論だ」


 エルフたちが警戒したように身構えるが、俺はかまわず続ける。


「死にたくなければ、俺たちの邪魔はするな。お前たちでは絶対に、竜王ニーズヘッグは倒せん」


 そう……このままゲーム通りにイベントが進行した場合、どんな未来が待ち受けているかを、俺は知っている。

 この竜王ニーズヘッグ襲撃イベントは、作中でも屈指の鬱イベントだ。無事にクリアしたところで、妖精国は滅び、ミステリア女王を始めとする多くの人間が死ぬ。


 だが、ミステリア女王は、俺の言葉を真に受けていないらしく。


「忠告、感謝します」


 と、心のこもっていない声で答えた。


「ですが……ご心配なく。私のレベルは35にまで到達しています。Aランクの魔物とも対等にわたり合えるレベルです」


「……は?」


 一瞬、なにを言ってるのかわからなかったが。

 すぐに思い出す。


 ――SS? 魔物のランクはAが最高よ。


 そういえば、この世界の人間は、魔物の最高ランクをAだと思っているんだった。そして、Aランクの魔物の討伐適正レベルは30とされている。

 つまり、レベルが35もあれば、竜王ニーズヘッグにも勝てると判断したのだろう。


「この日のために長年準備を重ねてきました……私が竜王ニーズヘッグを倒し、この国の未来を守るのです」


 ミステリア女王の瞳には、悲壮と思えるほどの決意が宿っていた。目的を達成するためならば、命さえも惜しくはないという目だ。

 だが……弱い。

 SSランクの竜王ニーズヘッグとわたり合うには、最低でもレベル50のキャラが5人は欲しい。

 このままでは、確実に……こいつらは死ぬ。

 ゲームのときと同じように、圧倒的な力の前になすすべもなく蹂躙されて。


「話は終わりです。私は戦闘の準備があるので、これで」


 ミステリア女王が身をひるがえして、去っていく。

 しかし、部屋から出る直前。


「そうそう……あなたたちは、ミコリスの仲間でしたよね」


 と、肩越しに声を投げかけてきた。


「ならば、あの子がおかしなことをしないか、しっかり見張っていなさい」


 興味がなさそうに投げやりな口調で言うと、ミステリア女王は今度こそ部屋から去っていった。


「……なるほどな」


 ゲーム通り、親子そろってのツンデレか。

 優しくなるのに不器用で、傷つけないために傷つけ合う。

 だからこそ、この親子はすれ違い続ける。

 どちらかが死ぬまで、ずっと……。


「ふむ……」


 あごをさすりながら、少し思案する。

 このままでは、ゲーム通りの鬱エンドが待っているだろう。国が滅び、多くの人間が死に……そんな救いのない惨劇を前に、ミコりんが絶望の涙を流しながら慟哭するのだ。


 ――もっとうまくやれたはずなのに、と。


 そこから、ミコりんは機械のように心を凍てつかせ、魔物を殺戮する人間兵器のようになっていく。そして、“3強”キャラの一人としてふさわしいほどの、途方もない力を身につけるのだ。


 とくに親しくもないモブたちがいくら死のうと興味はないし、俺がわざわざ守ってやる義理もないが……。

 ……こんなエンディングは、面白くないな。

 せっかく、この俺が出張ってきたのだ。

 ならば、結末は完全勝利パーフェクトゲーム以外ありえない。


「よし、プリモ」


「はい、プリモです」


「お前はここに残って、城を守れ」


「え、嫌ですけど……」


「……お前、反抗期なの?」


「いえ……だって、ここ……怖い人たちいっぱいいますし」


「安心しろ。お前のほうが宇宙的に怖いから」


 というわけで、プリモはこの城に配置しておくことにした。

 これで城は安全だろう。竜王ニーズヘッグ以上の脅威にさらされた気もしなくはないが、まあいい。

 しかし、プリモだけでは、竜王ニーズヘッグの撃退はできても倒しきることはできない。相性が悪いということもあるが、なにより竜王ニーズヘッグは生き残ることや逃げることに長けた魔物だからだ。ゲームでは“何度でも再戦できるボス”だったぐらいだしな。

 竜王ニーズヘッグを倒し、このイベントを理想のエンディングに導くためには――。


 ――ミコりんの力が不可欠だ。


 というわけで、俺はさっそくミコりんの後を追うことにした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る