第23話 妖精国に突撃してみた


 ……あの日のことを、ミコリスは忘れない。


 ミコリスの人生でたった一度だけ。

 あの日、あの瞬間、奇跡的に――世界樹が花を満開に咲かせた。

 空からひらひらと降ってくる花びらたち。

 千々の花びらが吹雪くように風に舞い、踊るように渦を巻き――。

 そうして、世界は瞬く間に、花びらに染め上げられた。


「――ママ、見て! 世界がお花でいっぱいだよ!」


 両腕をいっぱいに広げながら、幼いミコリスは花吹雪の中をくるくると駆け回る。花の妖精を思わせる無邪気な舞いだ。

 娘の陽気さにあてられたのか、ミコリスの母もその日ばかりは顔をほころばせていた。


「……世界樹が……珍しいこともあるものですね」


「珍しいの? 今日しか見れないってこと?」


「……いいえ。世界樹が元気になれば、またいつでも見ることができますよ」


「ママと一緒に?」


「ええ……きっと」


 母が、ふっと微笑みかけてくる。

 それがうれしくて、たまらなくて、だから――。


「じゃあ、あたしが世界樹を守る!」


 ミコリスは心に決めたのだ。

 こんな幸せな日がまた訪れますように、と。

 大切な人と一緒に、またお花が見られますように、と。

 そんな幼い願いとともに。


「悪い竜をやっつけて、世界樹を元気にして、それでね――」


 ミコリスは満開の笑みを咲かせながら。

 とっておきの計画を打ち明けるように、宣言した。



「――世界を、お花でいっぱいにするんだ!」




   ◇




 ――ピンクハート妖精国。

 それは、世界樹を守護するエルフたちの国だ。

 世界樹の守護というと、なんとも壮大でドラマチックな国をイメージしそうになるが……なんのことはない。

 妖精国は、森の中でひっそりと自給自足をしている小さな国だった。

 他国との交流もほとんどない。かつて世界樹の資源を狙う国が多かったらしく、どうも他種族を警戒しているらしい。経済的な豊かさにも興味がないらしく、エルフたちは世界樹の周りで、ひたすら質素堅実な生活スタイルを貫いている。


 そんな妖精国の中心であり、象徴であり、存在意義である世界樹だが――。


「……どうやら、間に合ったようだな」


 妖精国の都を上空から見わたして、ほっと胸をなで下ろす。

 世界樹は、まだしっかりとそびえ立っていた。元気というわけではなさそうだが、葉を生い茂らせ、わずかに花もつけている。

 空飛ぶ馬車で急いだ駆けつけたかいあり、まだ竜王ニーズヘッグの襲撃イベントは始まっていないようだ。もしも始まっていたのなら、世界樹が無事であるわけがないからな。

 となれば、今、問題なのは……。


「ちょっと、マティー! なんなの!? なんで、馬車が空を飛んでるの!? というか、その犬はなんなの!? ちゃんと説明してよ!」


 ……ミコりんが、がくがくと肩を揺さぶってくることか。

 いきなりグラシャラボラスを大きくしたせいで、驚かせてしまったらしい。

 ミコりんが暴れるせいで、馬車が揺れる揺れる……。

 風魔法で車体を支えないと墜落するから、少し集中させてほしいのだが。


「だから、何度も説明しただろう。グラシャラボラスは大きくなれるし、空も飛べるんだ」


「我が家の自慢のワンコです!」


「わん!」


「あれは、もはやワンコと言っていいものじゃないわよ!」


「……わふ?」


「ひっ!?」


 グラシャラボラスに睨まれて、ミコりんがびくっと馬車の背もたれにへばりついた。そのまま、がくがくと震えだす。


「ふむ、こんなに可愛い犬に怯えるとは……さては、猫派だな?」


「違う、そうじゃない」


「それより、主様。そろそろ馬車にかけてた魔法が切れそうですよ」


「む、そうか。スキル限定解除、風魔法Lv6――【アップドラフト】」


「って……なに、さらっと、ありえない魔法使ってるのよ! 魔法のレベルは5が最高でしょ!?」


「そうなのか?」


「というか、そもそも、あんた闇属性でしょ!? なんで、別属性の魔法使えるの!?」


「なんか使えちゃった」


「そんな軽いノリで使えてたまるか!」


 そこまでまくし立てたところで、ぜぇぜぇと肩で息をする。

 はしゃぎすぎて疲れたらしい。


「ミコりんはさっきから元気いっぱいだな。初めての遠足かな?」


「ふふ、微笑ましいですね」


「俺たちにもこんな時代があったな」


「ぐぬぬ……こいつら……!」


「それより、馬車の中であまり騒ぐなよ。舌を噛むぞ」


「もう噛んでるわよ!」


「……っ! 実は、俺もだ」


「わたしも! わたしも噛んでますよ!」


「くくく……みんなおそろいだな」


「どうでもいいのよ、そんなことは!」


 胸をぽかぽか殴られる。どうやら、おかんむりらしい。

 ミコりんって、ゲームではもっとクールキャラだった気がするのだが……なにか、ストレスでもたまっているのだろうか?


 まあいい。それより、今は竜王ニーズヘッグ襲撃イベントだ。

 今ならまだ、このイベントに関わることもできるだろう。

 せっかくのストーリーイベントだ。こんな面白そうなものに参加しないという手はない。


 イベント開始場所は、ゲームでは妖精国の王城だったか。

 妖精国の王城は、世界樹を取り巻くように立っている円筒形の城だ。見た目的には、城というより荘厳な塔といったほうが近いかもしれない。

 ともかく、まずはそこへ向かってみるとしよう。


「というわけで……城に突撃だ、グラシャラボラス」


「わふ!」


 馬車を引いているグラシャラボラスが返事をすると。

 ぐん――っ! と、さらに馬車が加速した。


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