3章 暗躍してみた
第12話 戦場に乱入してみた
……ソコナシ平原は、戦場と化していた。
距離を置いて2つの軍が布陣し、その間をさまざまな色の魔弾が入り乱れている。
雷轟のような怒号と悲鳴。風に混じる血飛沫と火粉……。
そんな光景を眺めながら、ノア帝国側の将軍ヴァガンは、その老いた顔にさらに険しいしわを刻んでいた。
「……なんだ、この敵の強さは」
敵との戦力差は明らかだった。
侵攻してきているスネール王国軍の兵の数は、ヴァガン率いる辺境伯軍の3倍はある。これほどの規模で攻められたことは、かつてない。
さらに兵の質も高すぎる。明らかにレベル10に到達しているような猛者が複数いるのだ。レベル5に到達していれば熟練兵と言われる戦場において、レベル10は一握りの強者のみが到達できる高み……そんな強者を、すぐに何人も用意できるはずがない。
革命の混乱に乗じて攻めてきたにしては、準備が整いすぎている。
となれば、やはり……。
「革命の情報が、漏れていたか……!」
おそらく、革命を扇動していた者の中に、内通者がいたのだろう。敵国は革命前から準備を進め、革命が起こったタイミングで進軍してきたのだ。
ノア帝国を破壊するために、用意周到に練られた計画。
「これは……勝ち目がないな」
レベルも数も違う相手に、正面からの野戦で勝てるはずもない。戦術を練ったところで、まともな作戦行動が取れるほど兵たちの練度も高くない。
戦線を維持したところで、すぐに増援が来ることは期待できない。
状況は、絶望的すぎる。
「……魔帝メナスさえ生きていれば」
ふと浮かんできた悪魔的な考えを、ヴァガンはすぐに首を振って打ち消そうとした。
しかし、考えずにはいられない。
魔帝メナスは悪逆非道ではあったが、史上最強の皇帝だった。彼が生きていれば、こんな事態にはならなかったのだろう。
もしかしたら、魔帝メナスが生きていたほうが、よかったのではないか……。
いや、考えても仕方のないことだ。
現実はそんなに甘くはないのだから……。
「ヴァガン将軍! 我が軍の魔法壁が破壊されました!」
そこで、伝令から悲鳴のような報告が上がってくる。
「……張り直すことは可能か?」
「術士たちのMPがもう……」
「…………ここまでか」
ヴァガンは一瞬だけ顔をうつむかせ、覚悟を決めた。
「……副将軍に伝えよ。主力を率いて撤退し、周辺都市の守りに向かえと」
「それでは、将軍は……?」
「私は……ここで散る! 死にたい者はついて来い!」
ヴァガンは剣を振り上げると、先陣を切って敵軍へと駆けだした。トーネリ地方最強とうたわれたレベル21のヴァガンをもってしても、敵ははるかに強大だ。
それがわかっていても、止まるわけにはいかない。
「――我が名はヴァガン・ゾエル! ここを通りたくば、私を倒してみせろ!」
挑発スキル【ウォークライ】を発動し、敵軍の注意をこちらに移す。
野戦で勝てなくとも、籠城戦に持ち込めば多少は持ちこたえられるだろう。時間さえ稼げれば、新皇帝のアレクサンドラ様が、中央から機動部隊を送ってきてくれるはずだ……。
ならば、ここは自分の命をもって、少しでも時間を稼がせてもらう。
そう、覚悟を決めたときだった。
「闇魔法Lv8――【ゼロスペル】」
空から、ぽつりと声が降ってきた。
聞いたこともない魔法名。それが唱えられたと同時に――。
――戦場に飛び交っていた魔弾が、一斉に消滅した。
「…………は?」
突然の静寂。
ヴァガンは状況がつかめず立ち止まる。
いや、彼だけではない。この戦場にいた全ての兵が、同じような反応をしていた。
そんな両軍の間に――突然、ふっと人影が現れた。
フードを目深にかぶった、揺らめく影のような男だ。
ただの人間ではないことは明らかだった。
なぜなら、死さえも覚悟していたヴァガンが……一目でこの男に、恐怖したのだから。
「き、貴様は何者だ!」
どうやら、敵側の人間でもないらしい。
敵軍が警戒したように身構え、一斉にフードの男に杖を向ける。
圧倒的な大軍からの殺気。
しかし、彼はそれを歯牙にもかけず、一瞥すらもせず……。
ただ、淡々と呟いた。
「スキル限定解除――」
フードの男が手を頭上に掲げる。
それと同時に――かっ! と空が輝いた。
頭上を仰ぎ、ヴァガンは思わず目を剥く。
空高くに、巨大な魔法陣が浮かび上がっていたのだ。
「……天空、魔法陣……?」
……ありえない。
そんなものは、神話にしか存在しないはずだ。
そのはずなのに、今、ヴァガンの目の前に展開されている。
「土魔法Lv10――【アースブレイク】」
フードの男が、短く唱える。
魔法レベルは5が最高であるはずなのに、彼が唱えたのはレベル10の魔法。
そして、それは虚言というわけでもないようで――。
「なっ!?」
ずぅぅんっ! と大地がひっくり返った。
それは比喩でもなんでもない。今まで立っていた地面が、波のようにめくれ上がったのだ。
凄まじい衝撃に、その場にいた兵たちが木の葉のように吹き飛ばされる。
「ぐ、が……っ! な、なにが……?」
とっさに体勢を立て直したヴァガンが、状況を確認するために顔を上げ――。
――絶句した。
すぐ目の前に……断崖絶壁があった。
先ほどまで平原が広がっていたはずの場所だ。
それなのに、一瞬で巨大な地割れができあがっていた。まるで大地が真っ二つに両断されたかのように……その地割れは、地平の彼方まで続いているようだった。
「……たった1つの魔法で、地形を……?」
信じられない。まるで、神話の一場面だ。
人間には到底できるはずもない、神のごとき御業。
気づけば、フードの男は姿を消していて、戦場にはパニックになったように逃げ惑う両軍の兵士だけが残されていた。
そんな光景の中……ヴァガンは1人、その場に立ち尽くす。
「……いったい、この国に……なにが起ころうとしているのだ……?」
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