第67話 100年前の私へ――


 記憶の城を消滅させてから3日後。 

 俺はスカーレット邸の医務室で過ごしていた。


 本来はそこまで長く、この屋敷に滞在する予定はなかったのだが……。

 さすがに全身の骨がばきばきの状態で帰るわけにはいかないので、お世話になることにしたのだ。


 自分でささっと治療しようにも、魔王化の反動でまだ魔術がまともに使えず。

 素直にエルの治癒魔術に頼ることにしたわけだが……。



「もうぅ、クロムくん! 怪我してるのに、なんで剣のトレーニングなんかしてるの!」



「う……」


 医務室から脱走したところを、ぷくぅっと頬を膨らませたエルに目ざとく見つけられてしまう。


「なんでベッドで安静にできないの! もう! もう!」


「い、いや、なにもしてない時間に耐えられなくて……」


 時魔術士の悲しいさがだった。


「というか……全身骨ばきばきなのに、なんで普通に動けるのよ」


「えっと、慣れかな」


「いや、全身骨折に慣れるって……どんな壮絶な人生送ってるんですか、お兄さんは」


「……まったく、クロムは本当に無茶しかしないんだから」


 ラビリスとリズベルからジト目を向けられる。

 そんなこんなで、また医務室に放り込まれたところで。


「それと――」


 と、エルとラビリスが声をそろえて言ってくる。


「怪我が治ったら、今回の件のこと……」


「ちゃんと説明してもらうからね?」


「あ、ああ」


 俺はかくかくと頷いた。

 やはり、また事情を話さずに戦っていたことを怒っているのだろう。


 ちなみに、第4の魔王・白紙の天使ロストメモリーと、その誕生にともなって発生した“記憶の城”についてだが……。

 その存在はどうやら、『王都の新たな都市伝説』という形に落ち着いたらしい。


 どうして“事件”にならなかったかというと、記憶を一瞬で失った大多数の人たちが、なにが起きたのかまったく覚えていなかったからだ。


 そのうえ、ちゃんとみんなの記憶が元に戻ったものだから、エルやラビリスのように記憶の城について覚えている人たちは、集団幻覚を見ていたのだという意見が多数派となり……。


 そんなこんなで、多少の混乱はあったものの、王都エンデは何事もなかったかのように平和な日常を再開したというわけだ。


 ちなみに、魔術士協会の塔にあった魔王細胞も回収しておいた。

 これで、魔王の連続誕生という未来からは遠のいたはずだ。


 ついでに魔王細胞の一部はネココさんにわたして、他の魔王細胞の捜索も依頼しておいた。

 ケットシー族の嗅覚と情報網があれば、他の町に散らばった魔王細胞を発見するのに役立つだろう。

 そんなこんなで、やるべきことも済んだし――。


(……次は、ゆっくり体を休めるのが仕事か)


 ベッドに入りながら、俺は長く息を吐く。

 ここのところ、ずっと忙しかったからな。


 迷宮からあふれた合成魔獣キマイラ退治に、メモリアの夜間襲撃に……と、もともと寝不足気味だったのだ。


 少しは休まないと、いざというとき戦えなくなってしまうだろう。

 そう思って、目を閉じたところで……。



「……起きるの……起きるの、クロムさま……」



 ゆさゆさと体が揺さぶられた。

 目を開けると、俺の体の上にメモリアがちょこんと乗っかっていた。


「……記憶の仕分けするの。また手伝ってほしいの」


「あ、ああ」


 どうやら、まだまだやるべきことはあるらしい。

 俺は眠い目をこすりながら、メモリアから記憶のページの束を受け取る。


 それは、メモリアがこれまでクレイドルの手先として奪ってきた記憶なのだろう。その量はかなりのものだった。


「まだこれだけあるのか。きりがないな……」


「……でも、記憶は大切なものなの。みんなに返さないとダメなの」


「メモリアがそう言うなら、手伝うよ」


 俺は苦笑しつつ、記憶のページの仕分けに付き合うことにする。

 ――記憶は大切なもの。

 メモリアがそう考えるようになったのは、きっといい変化だろう。

 だから、俺も記憶の返還には協力してあげたいと思うのだが。


「うーん……どこの誰のものかわからない記憶も多いな」


「……困ったの」


 医務室で記憶のページの仕分けをしながら、俺たちはうなる。


 他人の記憶はもちろん一人称視点であるため、かえって持ち主の素性がわかる情報があまり出てこなかったりするのだ。


「これ全部を持ち主に返すのは、何年もかかりそうだな……」


「…………」


「メモリア?」


 メモリアからの返事はない。

 なんだろうと思って、メモリアを見たところで。


「……ん、それはなんだ?」


「……っ」


 メモリアが1枚の紙を、じっと見ていることに気づいた。

 記憶のページだろうか。ただ他の紙とは違い、手紙のように折りたたまれている。

 俺がのぞき込もうとすると、メモリアはその手紙をばっと後ろ手に隠した。


「いや、なんで隠すんだ……?」


 ふたたび、のぞこうとすると。



「……ダ~メ~な~の~っ!」



 怒られた。

 メモリアが無表情のまま、ぷくぅっと頬を膨らめる。


「それ、誰かの記憶か? なにが書いてあったんだ?」


「……秘密なの」


「え?」


「……これはメモリアの記憶なの。わたさないの」


「そ、そうか?」


 よくわからないけれど。

 メモリアはその手紙を、大切そうに自分の日記帳にしまい込むのだった。




   ◇




 ――100年前の私へ。


 クロム様の記憶の中に、このメッセージを隠しておきます。

 あなたがこれを見ているということは、クロム様は無事に過去へと戻れたのでしょう。


 クロム様はちゃんと食べていますか?

 ちゃんと寝ていますか? 風邪を引いていませんか?


 また1人で無理をしていませんか? またぼろぼろになって戦っていませんか?

 私はちゃんと、クロム様に忘れてもらえましたか?


 …………。

 いえ、わかっています。

 クロム様はけっしてあきらめないのでしょう。

 全てを救おうとするような、優しい人ですから。


 しかし、その“全て”には――クロム様自身は含まれていません。

 だから、どうか……あなたがクロム様を救ってあげてください。


 そのための力を、今からあなたに教えます。

 この力の名は――。




 ――――“過去戻りタイムリープ”。




 これは、時間を超えて全てを救うための力です。

 この魔法の条件は、クロム様とあなたの2人がそろうこと。

 きっと、今ならば使えるでしょう。


 次こそはきっと、クロム様を救ってくださいね?

 頼みましたよ、私――――。






―――――――――――――――――――――

……というわけで、第5章&メモリア編完結です!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


また、作品としても、これにていったん完結とさせていただきます!

至らぬ点もたくさんあったかと思いますが、ここまでお付き合いいただき本当にありがたいです……!


最後に、ページから離れるさいには、

少し下にある「☆☆☆」をクリックして応援していただけると嬉しいです! 今後の活動の励みになります!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時魔術士の強くてニューゲーム ~過去に戻って世界最強からやり直す~(Web版) 坂木持丸 @ki-ti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ