第57話 メモリア紹介
「というわけで、こちらが十二賢者のメモリア・ロストメモリーです」
「……メモリアなの。よろしくなの」
メモリア襲撃から一夜明けた朝。
スカーレット邸の談話室で、俺はみんなにメモリアを紹介した。
「「「……………………」」」
ぽかんとする一同。
その注目を浴びているメモリアは、椅子にちょこんと座ったまま動かない。たまにゆっくりまばたきをしなければ、人形であると信じてしまいそうなほどに。
一応、魔術の発動体である本を奪っているから、危険性もないが――。
「……どういうことかね? えっ、どういうことかね?」
あらかじめメモリアを捕らえるという話をしていたスカーレット公ですら、状況についていけていないらしい。
一方で、エルはしばらくして我に返ると。
にこにこと無警戒にメモリアに近づいた。
「へぇ、メモリアちゃんって言うんだねー! わたしはエルルーナ、よろしくね!」
「……ん。よろしくしてあげるの、エルなんとか」
「いやいやいやっ! エルはなんで当然のように受け入れてるのよ!」
「ほぇ?」
ラビリスがすかさず突っ込むが。
「でも、クロムくんが大丈夫っていうなら、大丈夫なんじゃないかな? 今までもそうだったもん。わたしはクロムくんが信じるメモリアちゃんを信じるよ」
「ま、まあ……私だってクロムを信じてないことも、なくもなくもないけど」
「どっちなんだ」
「でも、十二賢者って……あの、世界最強のやばい集団でしょ? 大丈夫なの? 下手にさわったら爆発とかしない……?」
「十二賢者への風評被害がひどい」
「う~ん、そもそも本当に十二賢者なんですよね、クロムお兄さん? こんな子供が、世界最高峰の記憶魔術を使えるとは思えないんですが」
いい子モードのリズベルがそう尋ねてくるが、たしかにその疑いはもっともだ。
かといって、十二賢者だと証明するためにメモリアに魔術を使わせるわけにもいかないからな……。
「メモリア、なにか十二賢者だと証明できるものはないか?」
「……できるの」
メモリアはそう言うと、じっとリズベルを見つめた。
「リズなんとか」
「はい? なんですか、メモリアさん?」
いい子モードで、にこにこ微笑むリズベル。
そんな彼女に、メモリアは指を突きつけた。
「去年までお漏らししてた」
「…………へ?」
「まだ夜に1人でトイレに行けない」
「え、ちょっ……」
「“切なさのミルフィーユ、これは私の……”」
「あああっ!? あぁあああ――っ!?」
リズベルが錯乱したようにメモリアに飛びかかった。
「お、落ち着け、リズベル……っ!」
「……お兄さん、どいて。そいつ殺せない」
目が本気だった。
よくわからないが、リズベルの黒歴史が暴かれているらしい。
そういえば、リズベルの記憶操作をしたわけだし、そのときにいろいろ記憶を見ているのだろう。
「ふむ。なるほど……たしかに、これは記憶の賢者だな」
「……お、恐ろしい力ね」
一波乱あったが、リズベルの尊い犠牲により、みんなもメモリアのことを信じてくれたようだ。
それから、なんとかリズベルをなだめたところで。
「でも、どうして十二賢者がうちに?」
事情を知らないラビリスの質問に、メモリアは答える。
「……メモリアはこの屋敷を襲撃しに来たの」
「襲撃!?」
「……その襲撃の目的は、魔術士協会にとって不都合な記憶の隠滅および、クロム・クロノゲートの記憶の奪取なの。“お父様”は魔王化計画のために、邪魔なクロム・クロノゲートを排除したがってるの。そこで、クロム・クロノゲートの記憶を奪って無力化しつつ、その魔術の知識と技術を手に入れることを考えたの…………これ、しゃべってもいい話なの?」
「たぶんダメだったんじゃないかな……」
「……ん、記憶したの」
「もう手遅れだと思うけど」
「まあ、だいたい事情はつかめたわね……」
「メモリアちゃんが全部しゃべってくれたねー」
「えっ……リズって、こんなのに記憶操作されたんですか?」
リズベルが複雑そうな顔をしてから、きっとメモリアを睨んだ。
「まあいいです。とにかく、あなたの仕業っていうなら、早くリズの記憶を元に戻してください。昨日からお兄さんの顔が頭から離れなくて最悪なんですけど……夢にもひたすらお兄さんが出てくるし……っ! もちろん、あなたに拒否権はな――」
「……? もう、リズなんとかにかけた魔術は解けてるの」
「えっ」
「……証拠を残さないように、短時間で記憶が元に戻るようにしてあるの」
「………………」
「……不思議なの。どうして、クロム・クロノゲートの顔が頭から離れないの?」
「な……なな……な、ぁ……っ」
リズベルの顔がみるみる赤く染まっていき。
「あ、ぁあああぁああ……ッ! こ、殺す! やっぱり、こいつはここで殺さなきゃダメです!」
「お、落ち着け、リズベル」
きーきーと暴れるリズベルを、なんとか取り押さえる。
どうやら、隠しごとの多いリズベルは、メモリアと致命的に相性が悪いらしい。
それから、しばらくして――。
「メモリアちゃん! アイスはあんまり慌てて食べると……」
「~~っ」
「頭痛くなるって……遅かったわね」
「……他の人の記憶と違うの。頭痛くならなかったの。でも……記憶よりも、おいしいの」
アイスのカップを手に、ご満悦そうに息を吐くメモリア。
なんだかんだで、みんなと仲良くなれたらしい。
そんなメモリアを横目で見つつ、俺はスカーレット公とひそかに向き合っていた。
「……しかし、クロム殿。十二賢者を助けたのは、なにか思惑があってのことなのかね?」
スカーレット公が声を低くして尋ねてくる。
「君なら理解しているだろうが、あの少女は安全とは言えん。あの少女自身に敵意がなくても、彼女の“お父様”――クレイドル・デスターの命令には逆らえないのだろう? それでいて記憶を操ることができるのだ……彼女を放置するのはあまりにも危険すぎる。私はこの家に――娘に迫る脅威を看過することはできんぞ?」
「……そのご懸念はもっともです」
たしかに今のままでは、メモリアはクレイドルの操り人形でしかない。
もっとも安全で合理的なのは、メモリアを殺すことだ。
「それでも――俺の勝利条件は、全てを救うことです」
俺はスカーレット公の瞳に、真っ向から対峙する。
前回の人生では、なにも救えなかった。
だから今回は、救いたいと思ったものを、なにもあきらめたくはない。
たとえ不合理だとしても……。
――
自分のその気持ちにだけは逆らいたくなかった。
「……貴殿は、優しいな。亡き妻を思い出す」
スカーレット公が一瞬、懐かしそうに目を細めるが。
「しかし、その優しさは致命的な弱点ともなりうる。相手が悪であればあるほどに、な」
その瞳の光が、憎悪の炎へと変わる。
きっと彼には彼の、戦いや物語があったのだろう。
「……わかっています。人は守るものが増えれば増えるほど――弱くなる。俺もそれで痛い目を見てきましたから」
ただ、自分だけが痛い目を見るならいいが。
今回は他人も巻き込むリスクを取ってしまった。
ならば、相応の責任を取らなければならないだろう。
だからこそ――。
「俺は今から命の賢者クレイドル・デスターを倒しに行きます。そうすれば、メモリアの危険性もなくなります」
「……なっ」
昨晩、俺はメモリアにこう提案した。
俺の記憶を奪えなくても、俺が魔術士協会に入ればいい、と。
そうすれば、知識や技術はクレイドルのものになる――と。
……もちろん、嘘だ。
クレイドルに接近するための嘘。
しかし、クレイドルさえ倒してしまえば、全ては解決するのだ。
メモリアはクレイドルの支配から解放され、スカーレット家に迫る脅威も全てなくなるだろう。
「……大丈夫なのかね? 十二賢者を1人倒したとはいえ、クレイドルは第4席。格が違うぞ」
「安心してください。もともと王都に来た時点で、クレイドルは倒すつもりでしたから」
俺の態度から、その言葉が虚栄ではないと悟ったらしい。
「君は、いったい……どこまで未来を読んでいるのだ?」
スカーレット公が唖然としたように言う。
と、そこで。
「……クロム・クロノゲート」
メモリアがぱたぱたと、こちらに歩み寄ってきた。
その頭には、青い花の花冠が乗っている。
「……エルなんとかにもらったの。綺麗なの。いい匂いするの。うれしいの」
「気に入ったんだね」
無表情のままだけど、ぴょんぴょん跳ねてる辺りテンションが上がっているのだろう。
その白い頭をなでてあげると。
「……もっとなの。もっとなの」
ぴょこぴょこ背伸びして、さらにおねだりしてくる。
なんというか、見ていて微笑ましくなってくる少女だ。
「……みんな優しいの。ここには幸せな記憶がいっぱいなの。でも――」
心なしか、しゅんとするメモリア。
「……しばらくしたら忘れちゃうの。忘れたくないの」
それは、メモリアにとって初めての気持ちなのかもしれない。
メモリアは定期的に記憶をリセットされる。
彼女の“お父様”の命令によって。
「君は“お父様”のことが好きなのか?」
「……わからないの。メモリアは“お父様”の人形なの。“お父様”のために生きて、“お父様”のために死ぬの。その生き方しか……知らないの」
やはり、好意ではなく――依存か。
クレイドルがメモリアの記憶を定期的にリセットさせるのは、『生き方を忘れさせることで自分に依存させよう』という狙いもあるのだろう。
俺がメモリアをみんなに紹介したのは、そんなクレイドルへの依存心を断ち切りたいという思いもあったからだ。
「大丈夫だよ、メモリア」
俺は安心させるように微笑んでみせる。
少し優しくされただけで幸せだという少女。
彼女は優しさも幸せもぬくもりも知らない。
みんな、忘れさせられるから。
だけど、彼女がその幸せな記憶を忘れたくないというのなら――。
「俺がもう忘れなくてもいいように、これから“お父様”と話してみるから」
「……本当なの?」
「ああ、俺に任せろ」
俺の心は、決まった。
あとは、クレイドルのもとへ向かうだけだ――。
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