第44話 王都エンデ


 ネココさんの荷馬車に揺られること4時間ほど。

 アルマナの町から西に20kmほどの、のどかな荷馬車の旅を終えて。

 俺たちは昼過ぎぐらいの時間に、王都エンデに到着していた。


「――なっ、これはまさか合成魔獣キマイラの!? 討伐してくださったんですか!?」


 市門の積荷検査にて、衛兵たちが歓声を上げる。

 どうやら、王都でも合成魔獣キマイラには迷惑していたらしい。


「にゃんねにゃんね。こっちのクロムにゃんが倒したにゃんね」


「おお! ここ最近は、ずっと困っていたんですよ。強いうえに知性も高いので、なかなか捕まらなくて」


「本当に助かりました! これで王都民も夜にぐっすり眠れます!」


 合成魔獣キマイラの素材を見た衛兵たちから、ぺこぺこと頭を下げられる。

 そんなこんなで、入市税を払って検問を抜けたあと。


「――わぁあっ、王都だぁっ!」


 旅行用のトランクを手にしたエルが、ぱたぱたと石畳の道へと足を踏み入れた。


「王都だよ、クロムくん! わたしたち王都にいるよ!」


「わ、わかってるって」


 ぱぁっと眼前に広がった町並みに、エルが目をきらきらさせる。

 なんだか、おのぼりさんみたいだ。

 まあ、アルマナの町は王都の近くにあるとはいえ、そこまで王都に行く機会はないしな。


「おまたせにゃんね~」


 しばらくすると、積荷の検査を済ませたネココさんが、巨大猫とともにやって来る。


「おかげさまで無事に王都に着けたにゃんね。いっぱい無料で助けてもらったにゃんね。この恩は必ずサービス価格で返すにゃんね」


「お金取るんですか」


「次の商売につなげるにゃんね♪」


 なかなか、したたかだった。

 さすがは、破滅の未来でも元気に商売していた種族なだけのことはある。


「と……ちょいと、お手を拝借にゃんね」


「え?」


 ふいに、ネココさんが俺の手のひらに頭をすりつけてきた。


「なにしてるのネココちゃん?」


「にゃーの匂いを特別に無料でつけたにゃんね。これで、世界中のケットシーたちと猫たちから、1か月はVIP待遇を受けられるにゃんね」


「ケットシーの加護みたいなものですか」


「ちなみに、翌月からは月額・銀貨100枚にゃんね。年間プレミアム加護コースに入っておくと、お得にゃんね」


「それも、お金取るんですか……」


「お金様は神様にゃんね♪ お金は健康にもいいにゃんね♪」


 ただ、ネココさんの匂いと言われても、よくわからない。

 なんとなく、日向ぼっこをしている猫みたいな匂いがする気がするが……。

 エルもくんくんと俺の手のひらの匂いを嗅いでから、小首をかしげる。


「うーん、そんなに匂いなんてしないけど……これでわかるの?」


「猫たちにはわかるにゃんね。猫は匂いで世界を視てるにゃんね」


「ってことは、逆にケットシーに嫌われたら、この世界のにゃんこたちがみんな敵になるってこと……?」


「にゃふふ、猫は恩と恨みは忘れないにゃんね」


「な、なんて恐ろしい……」


「とにもかくにも、猫の手も借りたいときは、ケットシーの種族組合に来るにゃんね。借りたくなくても来るにゃんね。クロムにゃんなら無料で大歓迎にゃんね♪」


「すごい懐かれたねー、クロムくん」


「み、みたいだな」


 思いのほかぐいぐい来られて戸惑う。

 商人として俺との人脈に価値があると思ってもらえたのだろうか。


 まあ、味方が多いに越したことはない。

 それが商人となれば――たとえば、武具の調達などにも協力してもらえるかもしれない。

 それにネココさんの情報網や嗅覚は、今後なにかと役に立つだろう。


「それなら、さっそく依頼があるんですが――」


「にゃんね?」


 俺は身をかがめて、ネココさんに耳打ちする。


「それは……できなくはないにゃんね。でも、なにをするつもりにゃんね?」


「まあ、ちょっとしたことを……」


「……クロムにゃんって闇のエージェントだったりするにゃんね? あんま危ないことしちゃダメにゃんね。エルルーにゃ様に心配かけちゃダメにゃんね」


「う……それは気をつけます」


「……? 2人とも、なんの話してるの?」


「なんでもないよ」


 俺は何事もないように笑ってみせた。


「じゃあ、にゃーは種族組合に用があるからここまでにゃんね」


「ありがとうございました」


「にゃんね~♪」


「にゃんね!」


 エルたちがにゃんにゃんと別れの言葉(?)を口にする。

 なんだかんだ、仲のいい2人だ。


「それじゃあ、俺たちもスカーレット家の屋敷に行くとするか」


「うん!」


 そんなこんなで、俺たちも歩きだす。

 俺たちが王都に来たのは、ラビリスの実家――スカーレット家の屋敷に招待されたからだ。

 スカーレット屋敷があるのは、王都中央区。


「ここからだと、しばらく歩く必要があるな」


「いっぱい王都観光できるね!」


 荷降ろしに便利なためか、今いる王都の入り口付近は、市場街となっているらしい。

 大通りのそこかしこに屋台やオープンテラスが並んでいる。

 冬の気配が消えて温かくなってきた時期ということもあってか、外出している人は多いようだ。


「クロムくん! あっちの屋台も見てみようよ!」


「ちょっ、待って。はぐれるだろ」


 あいかわらず、エルは元気がいいな。

 慣れない移動で疲れてるはずなのに。


「うわ、かわいい……」

「どこかのお嬢様かな……?」

「なんか見てると元気をもらえるなぁ……」


 気づけば、周囲からエルは注目されていた。

 ずっと側にいると忘れるけど……エルには不思議と人を惹きつける魅力がある。


 春の陽だまりのように光り輝いて見える少女。

 彼女が歩くと、その淡い金色の髪から、ふわりふわりと光の粒子が振りまかれる。その光に惹きつけられるように、人々がぼぉっとエルの姿を目で追っていた。


「んぅ~~っ♪ 王都って、おいしいものが多いね~!」


 屋台のクレープを食べるなり、頬を押さえて歓声を上げるエル。

 それを見ていた周囲の人々が、ごくりと唾を飲んだ。


「す、すごい、うまそうに食べてるな……」「かわいい……」「わ、私も食べよっかな……」「なんかクレープの口になってきた……」「おい、おばちゃん! 俺にもクレープ1つ!」


 クレープの屋台に殺到する人々。

 たちまち、屋台の前に行列ができる。


「あれ、いきなり混みだしたね?」


「あ、ああ、そうだな」


「おいしいもんねー。よかったぁ、たまたま空いてるときに買えて」


「「「………………」」」


 と、一連の様子を見ていた他の屋台の店主たちが、しばらくぽかんとしたあと。


「そこの嬢ちゃん! うちのハムサンドもどうだい!?」

「うちの王都饅頭は無料ただでいいぞ!」

「引っ込んでな! あたしが先に声をかけたんだよ!」


 みんな一斉に、エルへと猛アタックを始めた。


「ありがと~! えへへ~、王都の人って優しいね~!」


「…………」


 信じられるか? なんの魔術も使ってないんだぞ、これ……。

 どうやら、エルのアイドルオーラは故郷以外でも発揮されるようだ。


 餌付けされるように、次から次へとエルに料理がわたされる。

 屋台からぽいぽいとわたされる料理たちを抱えながら、エルがご満悦そうに頬をもきゅもきゅと膨らめる。


「ほうひたの? ふぉむくんは食へふぁいの?」


「い、いや、俺はいいよ。エルがもらったものだからさ」


「ほう?」


 俺の食べる姿とか誰も求めてないと思うし。

 それより――。


「………………」


 横目で周囲に視線を走らせる。

 こちらに向けられているのは好意的な視線が多いが。

 その中に――非好意的な視線が2つ。


「…………エル、ちょっと待て」


 とっさに手を取ると、エルがびくっと肩を震わせた。


「え……えっ!? ど、どうしたの、クロムくん?」


「ああいや、あっちにアイスクリームの屋台があるから行ってみないか?」


「あっ、ほんとだ!」


 食い気につられて、俺の指さしたほうを見るエル。


「やっぱり、王都といったらアイスクリームだよね! わたし、ちょっと買ってくるね!」


 エルがぱたぱたとアイスクリームの屋台へと向かう。エルは楽しそうなものがあると簡単に食いついてくれるから、わかりやすい。


(…………さて)


 エルが屋台に気を取られている隙に。

 俺はふり返り、背後から近づいてきていた男の肩に手を置いた。



「――“時よ、進め”」



 その一言で――かちり、と街の人波が停止した。

 俺と近づいてきた男だけが、いつも通りの時間の中を動く。


「…………は? …………え?」


 状況を理解していないのか、男が目を白黒させる。


「な、なにが……なんで、人が止まって……?」


「少しお前に聞きたいことがあったから、環境を整えただけだ」


 王都では、どこにいっても人の目や耳があるからな。

 見られない“空間”を探すのが大変なら、見られても視えない“時間”の中で動けばいい。


「……くっ!」


 男がはっとしたように俺から距離を取ろうとするが――。


「――“時よ、止まれ”」


「っ!? なっ、動けな――っ!?」


 男の服の時間を止めて、その場に縫い止める。


「さて、これで話しやすくなったな」


「な、なにが……!? なんなんだ、この魔術!? 街も……どうなってやがる!?」


 うろたえる男。

 一見すると、なんの変哲もない通行人のようだが……。

 そんな男の耳元で、俺は問う。


「……何者だ。俺たちを狙っていたな?」

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