第96話
ランセリアはしばらく外の景色をはじめてみた場所のように見回す。
俺はどこか好奇心と嬉しさと感動、そして少しの困惑の混じったその仕草を微笑ましく見守る。
数秒後、彼女は涙を流す。
初めの涙は彼女自身気づいておらず、その最初の涙を拭っていくうちに少しづつ涙がとめどなく出てきて、やがて子供のように泣く。
俺は何もせず、ただ傍で見守っていた。
やがて、彼女はその場に座り込み自分の眼前に広がる景色を日が暮れるまで見つめる。
そして立ち上がり両手を広げて、楽しそうにアハハと笑った後、こちらを振り返る。
華奢な体な彼女の瞳にかつてないほどの輝きと力が宿っていた。
「ありがと!」
屈託のない素直な感謝に俺は「おう」とだけ返した。
そして彼女は自分の家の場所も分からないので、俺が道案内する。
※ ※ ※
ランセリアは自分の家すらまるで誰か他の人の家のように歩く。
足元がおぼつかない。
彼女にとってきっと目に見えるものすべてが宝石のようにとても眩しいのだろう。
彼女は俺があきれるのも気にせずに自分の家のものの名前を呼びながら触る。
新築の家じゃあるまいしと野暮なことを言うのは我慢した。
ひとしきりはしゃいで、俺が作る美味い飯を俺が冷めるぞと注意するまでランセリアは眺めて彼女はそれらを美味しそうに頬張る。
「こんなにも世界が綺麗だなんて思いもよらなかった」
「…………そうだな」
俺とランセリアは彼女の寝室に来ていた。
俺の名前を読んで俺が返事すると彼女は振り返った俺の顔をしばらくぼぅっと見つめては赤面し、「なんでもない」そういって笑う。
「ランセリア…………」
俺の真剣な声音で「なに」と返事した彼女のあたたかな微笑みが消える。
「俺の仕事は終わった」
「あっ…………」
彼女は今まで考えないようにしていたことを指摘されて、とても寂しそうな声を出す。
彼女はうつむいてか細い声で声を絞り出す。
「………………っや」
「ん?」
「いや!」
彼女はおもちゃを取り上げられた幼い子供のように瞳に涙を浮かべて俺の袖を弱弱しくつかむ。
「ランセリア」俺も自分で驚くほど悲し気な声を出した。
「目が見えたことは嬉しいし感謝している……だけど」
彼女は俺の首に手を回し、俺が抱きよせられたような形となる。
ガラス細工のように細くて華奢な体。
ちょっと力を入れただけで砕け散ってしまいそうな儚い体。
やがて彼女の両足は俺の腰で交差してまるで父親が子供が無理やり娘に抱き着かれたような構図だ。
俺は石鹸の匂いのする水色の髪を優しく撫でる。
だが、優しく撫でれば撫でるほど彼女が俺を抱きしめる力は強くなり、声にならない声を出す。
どうやら泣くのを堪えているらしい。
中途半端な優しさや安請け合いが危険を招き、自分を見失うことになることを俺は異世界に来て学んだ。
「俺は……」
「一人にしないで…………」
俺はランセリアのその言葉を聴いてはっとする。
バレインが選別に鞘の入った剣を渡して最後にこういった。
——————つながり、今度はちゃんと守れよ。
俺はその言葉を思い出して、彼女の体を一掃強く抱きしめる。
俺を慕う人を失わないようにする。
それが強くなった今の俺にできた唯一の信念だった。
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