第87話 閣議
「あの巨大な船は、海洋族の船だと言うのは本当か」
首都近郊の海岸線に突如現れた船。見たこともない鉄の船に海洋族が関わっていると秘書のエルマから報告を受ける。
「沖合の
海洋族の住む島だな。だが首相である私ですら海洋族についての情報は少ない。
この報告だけでは今後の方針を決める判断材料に乏しい。
「アンデシン国から来ていただいている仲裁人に連絡して、何か知っていないか聞いてくれないか。アンデシン国は海洋族とも国交があったはずだ」
「はい、了解しました」
また、紛争につながる事にならなければ良いのだが。北方の鬼人族との紛争以来、軍部が力をつけている。何とか終結の方向に向かいたいのだが……。
◇
◇
「我ら海軍として、海洋族の巨大な船に対抗する作戦案を考えてもらいたい」
「南方沖合の黒石島で、海洋族が活動していることは確認していたが、まさかその西方、魔の海を突っ切って船がやってくるとは予想できなかった」
「確かに。海洋族は北の鬼人族の沿岸から我らの海へと入ってくるのが常識であったからな」
「あの島には昔から半魚人どもが住んでいたが、まさか軍事基地を作っていたとはな」
新大陸からの船。120年前に帝国が攻めてきて以来の事である。その時の記録ではもっと北方の海から攻めてきている。
過去、帝国軍による奇襲を受け上陸された苦い経験から、ビラマニの国軍は海軍を増強し大陸一の軍事力を誇る。
「海洋族の国力は我らよりも大きい。だが現時点、この海域だけであればこちらが有利と考える」
「確かに我が国沿岸の半魚人どもの数は少ない。あの黒石島の橋頭保を何とかすれば、大陸からの援軍の拠点を奪える」
「黒石島より西は魔の海。あの巨大な船が来たとしても、その海に追いやれば魔物が船を始末してくれるはずだ」
「今の戦力差ならばそれも可能だと言う事か」
「今後何隻も船が入って来て黒石島を拠点にされれば、あの飛行機というものが内陸に入ってくる。その攻撃力は分からぬが首都が危機にさらされるだろう」
「あの巨大な船は新大陸に帰ったという情報がある。新造艦で速いかもしれんが、ここに来るには20日はかかるはずだ」
「間もなく北航路の貨物船が出港する。新大陸に救援を求めても連絡に往復2ヵ月かかる。その間に黒石島を占拠し、海上封鎖することはできるだろう」
「そうすると、やはり今しかないか。戦艦は用意できるのか」
「北方の支援と首都近辺の警護用を省いても、島1つを取り囲める戦艦は十分にある。帝国軍が攻めてきた時と同じ数の船が来たとしても対抗できる軍備はある」
「分かった。今回の作戦案を上層部に提案しよう」
◇
◇
ここは首相と主要大臣、軍部のメンバーが揃う官邸の一室。
私はアンデシン国からの和平案を皆に伝え意見を聞く。
「2回目の和平案も国境線の位置は変わっておらん。条件は少し良くなったが、なぜ我らに不利な和平案をアンデシン国は出してくる」
「仲裁をすると言っているが、何か思惑あっての事ではないだろうな」
厳しい和平案が出されて、アンデシン国に対する不満が
「和平案には、今後の交易で有利に計らうとの一文がある。利が無い訳ではない」
私は、説得を試みる。
「それは終結後の貿易の話。そもそも大陸との貿易など我らは望んではいない」
それに対して内務大臣は国内のひっ迫状況を説明する。
「我が国の経済は落ち込み、毎年の食料生産も頭打ちとなっております」
「だからこそ、110年前に鬼人族に取られた土地を奪い返すために戦っておるのだろう。あの土地を取り戻せれば国民達の生活も楽になる」
「それに費やす戦費が経済を押し下げて、国民を苦しめていることもお忘れなきように」
この様な議論はこれまで何度も繰り返されてきた。
「首相。あの巨大な船について何か情報はありましたか」
「アンデシン国からの情報では、海洋族の巨大船は貿易のための航路調査で訪れたもので、攻撃の意図はなく現在は新大陸への帰途に就いたとの事だ」
「なぜアンデシン国がそのような詳細な事まで知っている」
やはりアンデシン国に対して不信があるようだ。この時期に巨大船が現れた事の衝撃は大きく、軍部は敏感になっている。その目的が軍事目的であった場合の対策が練られる。危機管理上は当然の事であるのだが……。
海軍からは黒石島攻撃の作戦案が出された。
「私は海洋族の島を攻撃する作戦には反対する。海洋族との国力差は歴然。全面戦争に発展すれば敗北するのは目に見えている」
今、海にまで戦線を広げるのは危険だ。首相である私の意見に軍部は反論する。
「鬼人族と大陸との国交ができて以降も、北からの海洋族の流入を止める事はできている。今回のような南からの侵入を防げれば我らの海を守る事は可能だ」
「一部沿岸に住む海洋族により、遠洋の魚業が邪魔される事態も起きている。これ以上海洋族が増える前に手を打つべきだと思うが」
戦時下でもあり軍部の意見は強く、首相と言えどその意見を聞かない訳にはいかない。私のウォンバット族は元来気が弱く、私は人望があるからと首相に祭り上げられた。意見をまとめるのは得意だが、自分の意見を押し通すことは不得意だ。
だが海洋族と交戦することになれば、反転攻勢もあるだろう。
「黒石島占領後、大量に船が攻めてきて上陸された場合はどうなる。陸軍は対応できるのか」
「海軍の尻拭いを俺達にさせられるのは困るが、国土の約半分近くを占める南方の砂漠以外であれば対応可能だ。その際には北方国境の鬼人との戦いは停戦させてもらう事になる」
砂漠地帯であれば上陸されても問題ないと言う。戦力を人の住む地域に集中させるようだ。
「今回、先に仕掛けてきたのは海洋族だ。あのような巨大な船を見せつけ首都に飛行機を飛ばしてきた。それに神龍族もだ。抗議はしたのか」
軍部にはフクロオオカミ族やディンゴ族など気の荒い連中が多い。自分達の意見を押し付けてくる。
「アンデシン国からの回答では、海洋族に交戦の意思はないと判断するとの事だ。神龍族に至っては魔獣のする事、そのような事に責任は持てないと言ってきている」
「あの神龍族はアンデシン国の守護神と呼ばれる神龍ではないのか」
「アンデシン国の情報は少ない。神龍族が何体いるのか、どのような姿かさえも分からない。抗議はできないだろう」
「アンデシン国は海洋族と裏で繋がっているのではないのか。やはり海洋族を我が国に近づけるのは危険だと思うが、首相はどのように考える」
「アンデシン国は中立だと考える。今回も攻撃は受けておらず、航路調査で訪れたと言うのを信じても良いと思うのだが」
だが軍部は強硬だ。
「ただの航路調査であのように飛行機を搭載できる巨大な船が来るのはおかしいだろう。それに全くの新造船だ。蒸気外輪もなく航行している。他にどんな秘密があるかも分からん」
「侵攻を許した後では、取り返しがつかない。黒石島だけでも押さえた方が良いと思うのだがな」
「それでは、具体的な作戦案を見てから決める事にしよう」
今回の閣議は、これで何とか凌げた。海軍総長のソローはディンゴ族だが頭脳明晰。今回の海洋族に対する作戦案も指導しているのだろう。今が勝機だと言っているが、北部紛争を解決する方が先だろうと思うのだが。
「今、海洋族に戦争を仕掛けても良いものだろうか……」
「それは首相の判断いかんにかかっております」
エルマに言われるまでもなく、そうなのだろう。私がこの国の代表者なのだからな。
その後、提出された作戦案は緻密で勝率の高いものであった。私の意図とは無関係に政府として承認され、黒石島への攻撃が決定してしまった。
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