第84話 進水式

「ようやく完成じゃな」


「1年以上かかりましたからな。初めて作る空母で苦労しましたが、イズホ様のお陰で立派な船ができました」


 去年から何度もイズホを乗せてこの人族の国に飛んで来て、私も疲れちゃったわよ。イズホは軽いからましだけど、鉄の部品を運んだり、海の魔物がいる沖合まで出て行ったりと、ドラゴン扱いが酷いわよね。


「明日、進水式をして検査と試運転を行います。セミュー様も進水式には参加してくださいませ」


 この人はこの国の首相よね。船ができたお祝いの準備もしてるみたいだし、明日は何か美味しいものでも食べさせてくれるかな。


「じゃが、気になるのはスクリュー周りかの。船では初めて使用する推進装置だしな」


「そうですな。外輪船とは違い、動力の回転軸が水中にありますからな」


「その点は心配ありません。何度も試験して海水の浸水もありませんでしたから」


 この子はよく打ち合わせに顔を出していた男の子ね。そういえば今日は船の周りに沢山の人が集まっているわ。


「技術主任のヨガルトが言うなら間違いないかもしれんが、村で作った軸受けのメカニカルシールはどうじゃった」


「あれはすごい出来でしたよ。水の浸入もなく動力効率がすごく良かったです。やはり精密技術ではシャウラ村には敵いませんね」


 それは私が運ばされた鉄の部品よね。あれは重かったわね。


「これが成功すれば、2番艦の製造も計画されています。万全を期して成功させたいですな」


「まあ、ここの始まりの神が設計した船じゃから大きな間違いはないとは思うが、作った職人達には、明日の進水式以降も不具合が無いか確かめさせてくれるかのう」


「その点は我々技術部がしっかりと点検しておきます。海洋族に引き渡してから故障など出ないようにしますので」


「ヨガルト。よろしく頼むぞ」


 イズホはその後も、周りの人達と打ち合わせをしている。よく働くわね。


「イズホ様。艦載機の方はどうなっておりますか」


「村から飛行機と魚雷は既に船に積んで送り出しておる。2、3日後にはここに到着するじゃろう。その試験もせんといかんな」


「海洋族の操縦士の訓練は既に終わっていますが、空母からの離着陸の訓練は少し時間が掛かるかもしれませんな」


「まあ、首相が心配せんでも、その辺りは海洋族の方で考えておるじゃろう。船を完成させて、訓練を兼ねた試験航海までがワレらの仕事じゃからな」



 今日は船を海に浮かべる進水式。華やかなお祭りとなった。ここは人族の国にある西の港。玄関口の北の港から内陸に入った首都近くの造船所だ。普段は船を作る人達しかいないけど、首都や民主連邦国の他の町からも沢山の人が集まっている。


「あら、海洋族の人達もいるのね」


「海洋族として初めて手にする船じゃからな、噂になっておるのじゃろう。遠くからも来ておるようじゃな」


 港近くには露店が立ち並び、多くの人達が行き交う。完成した船にも飾りが取り付けられて華やかに着飾っている。


 私は式典会場の近くに座っている。私を見てお辞儀をする人、手を合わせて拝む人、この坊やはドラゴンを見るのは初めてかしら、泣き出す子もいるわね。


 式典会場に首相や国の偉い人達がやって来たわ。進水式が始まるようね。


「本日は皆さんお集まりいただき、ありがとうございます。この空母は初めて人族の国で建造された最新式の船で……」


 また、長々と話す人が出てきたわ。これを聞いてると眠くなってくるのよね。



「ほれ、セミューよ。進水が始まるぞ」


 あら、本当に寝ていたみたいね。

ゴォン、ゴォンとストパーを外す重い音が聞こえてきて、船に付けていた幾つものくす玉が弾ける。歓声が沸き上がる中、船がゆっくりと海に向かって動いて行く。音楽隊が演奏を始め、船も汽笛を鳴らす。


 それにしても、よくこんな巨大な鉄の船が海の上に浮かぶものね。これを作った人族というのは本当にすごい種族だわ。


「さて、ワシらも行って式典の最後を飾るぞ」


 イズホを背中に乗せて飛び立ち、海に浮かんだ船の一番高い所に止まって、一声大きな声で鳴く。

港では大きな歓声と共に拍手が沸き起こり、これで式典は終了となる。


 進水した船はこの後、点検したり色んな機械の取り付けを行うらしい。飛行機なんかも載せないといけないしね。


 艤装ぎそうや試運転も終わり、船が海洋族に引き渡される。この船は初めて海洋族が所有する船となる。今までは他国船籍の貨物船などを、荷主が決めた場所と時間に合わせて操船していたに過ぎない。


「こんな大きな船は今まで見たこともない。これが俺達の船なんだな」


「俺達のためだけに使ってもいいんだよな。これで魔物の討伐も楽になるぞ」


 引き取りに来た海洋族の乗組員は完成した船を見て感慨に浸る。海の巨大な魔物を討伐することに特化した最新鋭の空母。これで海洋族が住む海を守る事ができる。


 それだけではなく今回、海洋族がこの船を建造して所有したのは、民主連邦国からの依頼で新大陸までの南回り航路を開拓するためだ。北側の王国とモリオン国とを結ぶ航路は新大陸を発見した冒険者達が築いた航路だ。南は海洋族の手で開拓する。


「イズホ殿。新大陸までの試験航海、よろしく頼む」


 この船の初代艦長が挨拶に来た。


「こちらこそ、ハウゼル艦長。ワレらも新開発した航空機と魚雷の実戦データを取りたい。よろしくな」


 艦載機や兵器の性能テストや調整のため、シャウラ村から派遣された技術員と、船を建造した人族の国の技術員が乗り込み、新大陸までの航路調査を兼ねた試験航海が行われる。


 大陸間の大海原は大型の魔物が生息していて、海洋族も近づかない。魚すらいない死の海もあり、海流も複雑で未知の海となっている。だがこの最新鋭の船があればそんな海を行く事もできるだろう


 まずは外洋に出て、操船や航空機パイロットの訓練を行う。


「ねえ、イズホ。試験航海って何日ぐらいかかるの?」


「そうじゃな。この船は速いからのう。新大陸に行くだけなら10日程で行けるが途中で訓練や魔物の討伐も計画されておるからの。片道30日と言ったところじゃろう」


 そんなにかかるの。シャウラ村に帰れるのはまだまだ先になるわね。


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