第57話 帝国から逃げてきた兵士1

「それじゃ、何でも屋として俺達を運んでくれると言う事か」


「ええ、但し国境を越えた帝国人だという事は内緒にしてちょうだい。あくまで王国の人を運ぶと言う事にするわ」


 国境を越えた者を匿ったとなると、私達が捕まってしまうわ。でも、この人達を助けてあげたい。国境近くには帝国軍に襲われた村人達がいる。帝国に掴まれば確実に殺されてしまうでしょう。


「今から町に帰って、あなた達の服を買いましょう。お金は持っているの」


「帝国銀貨ならあるが、他の町で使おうとしたがダメだと言われた」


 そうよね、王国じゃ使えないわよね。でもレグルス国なら両替してくれる。確か4分の1程度の価値だったとレグルス国を旅したシンシアが言っていた。当分いるお金だけ私が両替しましょう。


 山を降りて町へと向かう。でもこの二人を町に入れる事はできないでしょうね。


「私達が服や食料を買って来るから、あなた達はここで待っていて」


「いや、ダメだ。町に通報して衛兵を呼んでくるつもりだろう」


「私達は何でも屋よ。何でも屋は信用第一なんだから」


「それは王国内での話だろう。俺達帝国人を裏切ってもお前の信用には傷がつかない。それどころか良くやったと言われるだろう」


 まあ、この人達は逃亡者なんだから、私達を信用できないのは分かるんだけど……。まあ、それぐらい慎重になっている方がいいかもしれないわね。


「それじゃ、ミルチナとそちらの女性とで町に入ってもらうわ。私のローブを着てシッポさえ隠せば、何とかなるでしょう」


 お互い人質を取る形なら、この人も納得するでしょう。


「お兄ちゃん。私この人と一緒に町に行ってくるよ」


「テニーニャ。お前を危険な目にあわせる訳には……」


「大丈夫よ。この人達を少しは信用してあげて」


 そう言って、ミルチナと二人で町に向かった。


「あんたより余程度胸があるじゃない、あなたの妹さん?」


「あいつは良くできた妹だ。父さんが亡くなってからも家の事をしっかりと守ってくれた。お陰で俺は兵士として各地を巡っていても安心していられた」


「ところで、あんた。名前はなんて言うのよ。私はメアリィよ」


「俺はティノスという」


「帝国は今、どんな状況になっているのよ」


「近年の不作で食料が乏しくなっている。食料を確保しているのは皇帝と帝国貴族だけだ。最近では俺達兵士への配給も少なくなっている」


 食料を巡り、国全体が荒れているという。

帝国は小さな国だ。かつては大陸の軍事大国として名を馳せていたけど、先の大戦で敗北し領土の3分の1を割譲して民主連邦国が誕生した。


 その後は国力を維持していたようだけど、皇帝が代替わりし新大陸の発見により情勢が変わった。当時の共和国が友好的に貿易するのとは反対に、帝国は新大陸に武力侵攻を行った。


 大陸南部の有袋獣人が治める国に対して全面戦争を仕掛けて、その結果、帝国が敗北した。武力では勝っていても、遥か遠い新大陸への戦争は無謀だった。途中の海で魔物に襲われ半数近くが海に沈み、兵を逐次投入して土地勘の無い大陸で戦って破れ去った。


 戦後、帝国はその戦費を肩代わりしてもらった民主連邦国に帝国領土を売る形になってしまった。帝国貴族も離反していき、その後の帝国は衰退の一途を辿ったと歴史で習った。


「あんたら南の民主連邦国とは国交があるんでしょう。そこから食料などを輸入すればいいんじゃないの」


「既に莫大な借金をしていて、これ以上貸してもらえないらしい」


 自力で国家運営ができず、他国とも協調する事ができない国。時代から取り残されて、今では大陸の最貧国となっている。


「これからどうするのよ。あんたらが行くと言うリザードマンが住んでいる町に知り合いでもいるの」


「知り合いはいないが、元帝国人なら俺達を助けてくれるはずだ」


 ノープランか。逃げながらだから仕方ないかもしれないけど、国交のない王国よりはレグルス国の国境へ行けば、まだましな対応だったでしょうね。


「そんな甘いもんじゃないわよ。元帝国人と言っても7、80年前の事。今では王国の国民として平和に暮らしているのよ」


 帝国人というだで、この人達を受け入れはしないでしょう。厄介事になる事が分かっているもの。ティノスは軍の命令に逆らってまで村人を助けるようなお人好しだ。これからちゃんとやっていけるのか少し心配になる。


「私達も、あなた達をその町まで送ってあげるだけよ。その後はあなた達で解決しなさい」


「それは分かっているさ。俺達は何でも屋に依頼し運んでもらう。あんたらはその依頼を完遂すればいいだけの事だ」


 それしかないだろう。国同士の事だ。私達でどうにかできる問題じゃないわ。

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