第3章

第56話 帝国国境

「社長。最近、帝国との国境付近でいざこざが起きているそうですよ。注意してくださいね」


 どうも帝国国内で紛争が続いているそうだ。


「大丈夫よ。今回の仕事は帝国との国境から離れているわ」


 少し遠出の依頼が入って国境の方へと行くことになった。エアバイクやカーゴを使うようになって、最近は軍の方から遠い町への依頼が増えた。軍用列車で行くほどでもないけど、小人数で手早くかたずけたい調査や魔獣討伐の仕事が私達の何でも屋に回ってくる。


「山の中の調査だから、ミルチナを連れて行くわ」


 今回は、魔獣の居ない林と山の中の調査だけだ。サイドカー付きのエアバイクに荷物を積んで2人で行きましょう。

途中で野営して2日をかけて目的の町に到着した。


「わざわざ王都からすまないね」


 役所の担当者だというリザードマンの方と打ち合わせをする。王都ではあまり見かけないリザードマンも、こういう国境付近では多いようだわ


「最近飲み水の質が悪くなってきて、住民からの苦情が来てるんだよ」


 飲み水が苦くなったとか濁りがあるそうだけど、町で調べても分からず困っていると言う。健康被害が出ているわけではないけど、苦情をそのままにしておく事もできず、水源までの水のサンプルを王都で分析するそうだ。


「今は、城壁の補修や農地改良をやっていてね、人手が足りないんだよ」


 そこで王都までの輸送も兼ねて、私達に依頼が回ってきたらしい。

水源の泉は山の上にあり、そこまでの川は魔獣の居ない林を抜けていけるので比較的安全だと言う。


「じゃあ、泉まで所々で川の水をこの瓶に詰めればいいんですね」


「それと川の近くの草と土のサンプルもこの瓶に詰めてくれ」


 泉まではそれほど遠くないけど、もう昼を過ぎている。今日は川の半分ぐらいまでなら行けるかしら。

ミルチナとふたり、山の麓付近まで調査に行って帰って来る。職員用の宿舎の空き部屋があるそうで、今夜はそこに泊まらせてもらった。


「割と簡単な仕事ですね」


「そうね。水と土を持って帰るだけだしね。明日には終わって王都に帰れるわ」


 途中も普通の林で珍しい植物もなく、ミルチナも早く王都に帰りたいと言っている。


 翌日。予定通り山腹の泉までサンプルを集めながら来た。まだ昼前で陽も高い。町に戻ろうとしたとき、後ろにいたミルチナが悲鳴を上げた。


「動くな、こいつがどうなっても知らんぞ」


 ミルチナを背中から片手で抱きかかえたリザードマンの男が、首にナイフを突きつけている。その横には魔術師ね。リザードマンの女がローブを着て立っている。魔法攻撃に対する防御用ね。


「私達は山に調査に来ただけよ。あなた達に襲われる覚えはないわ」


 山賊という感じではない。兵士のような軽鎧とショートソードが男のマントの下から覗いている。


「俺は元帝国兵士だ。この国の中枢の者に意見するため、ここに来ている。馬か馬車をよこせ」


「王都に行きたいと言う事かしら」


 帝国から国境を越えてこんな所まで歩いて来たようね。足元の靴やズボンが相当汚れているわ。


「王都に行って何をするつもり。まさかテロでも起こそうとしてるんじゃないでしょね」


「俺達は、そんな過激な事はしない」


「じゃあ、なぜ今、小さな女の子に刃物を突き付けているのよ」


 しばしの沈黙の後、横に立っていた魔術師が口を開いた。


「お兄ちゃん、こんな事は止めようよ。この人達にお願いすれば……」


「ダメだ。今までもそうだっただろ。俺達を見るなり衛兵に通報されて掴まりそうになったじゃないか」


 何だか事情がありそうね。


「私達は何でも屋よ。あなた達の話を聞くこともできるわ。だからその子を返して」


「何でも屋……」


 リザードマンの男が手を緩めた。


「本当に俺達の話を聞いてくれるのか」


「あなた達が王国内で犯罪を犯さないというならね」


 隣りの妹だろうリザードマンに促されて、ミルチナを開放してくれた。


「ミルチナ、大丈夫だった」


「はい、びっくりしましたけど、あたしは大丈夫です」


「で、あんた達は何者なのよ」


「俺は帝国の兵士。いや、元兵士だ。部隊と共に、ある逃亡犯を追いかけて国境近くの村まで来た」


 その逃亡犯は領主に反旗を翻した政治犯の仲間だと言う。

帝国の貨幣価値が下がり他国との貿易が上手くいかず、物価高騰により食料すら手に入らなくなった領民と商人の代表が領主の屋敷を襲ったそうだ。


「帝都から軍を派遣し反乱者の代表は捕まったが、幹部が逃げて村に入った。帝都からは逃亡犯を匿っている村を焼き払ってでも犯人を捕まえろと言う命令が出た。だが俺は村を焼く事はできない」


 各地で同じことが起きないように、帝国としては徹底的に弾圧するつもりらしい。この兵士は軍を裏切り、一部の村人20人程と共に王国国境まで逃げてきたと言う。


「近くには俺の故郷の村がある。俺の村も同じ目に遭うかもしれないと思い、家族と一緒に王国に逃れる決意をして国境まで来たんだ」


「王国に亡命すると言う事? でも王国は亡命者を受け入れていないわよ」


 帝国とは全く国交が無く、帝国内で紛争が起きれば国境を閉鎖して王国に被害が出ないようにしているはずだ。

帝国と接している国境は短くそれほど深刻ではないけど、国境の大部分を接しているレグルス国は大変だと言う噂を聞いた事がある。


「今、村人と俺の母親は国境近くに隠れている。難民として王国に受け入れてくれと頼みに行く」


 国境警備隊と交渉したけど、まったく受け入れてもらえず、何とかしようと二人で王国国内に入って来たそうだ。


「頼むって、いったいどうするのよ」


 隣りにいた魔術師の女の人が口を開いた。よく見るとこの子、まだ若いわね。


「王都の南の方に、元帝国の人達が沢山住んでいる町があるそうなんです。そこに行って王国に働きかけてもらおうと思っているんです」


「あなた達は兄妹のようだけど、二人だけで旅するのは無理じゃないかしら。王都の方向はもっと東よ」


 確かに王都の南に、リザードマン達が多く暮らす町がある。帝国国境から西のこんなところを歩いているようじゃ、その町には辿り着けないでしょうね。


「私達は何でも屋よ。あなた達をその町まで運べと言う依頼なら受けることはできるわ」

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