第31話 兵士の訓練依頼2

 4人いる大隊長のうち、理解を示してくれた一人の大隊長が、小隊を俺に貸してくれる事になった。

2小隊を何でも屋に派遣して、そのノウハウを教えてもらう事にしたのだ。


「グラテウス連隊長。派遣した小隊、どちらも動きが良くなり訓練の成果が出ているようです」


 早いな。3回訓練派遣しただけで変わったというのか。


「中隊長からの報告では、小隊を2班に分けて魔獣と対峙させたようです」


「怪我などは無かったのか」


「危ない時は、何でも屋がサポートしてくれたようで、怪我人は出ておりません」


 聞くと、4人で行動することで、個々の役割がはっきりとして動きが良くなったという。


「それに、監視者を任命して全員に周りの状況を伝え、各々が把握できるようになった様です」


 指揮者が兼任したり、後衛の者が監視者になったりして状況を皆に伝えている。俺が一緒に戦った時もそうだった。一番後方に監視の専任者がいたな。お陰で俺も指揮しやすかった。


「その形の訓練メニューは作れそうか」


「はい、それは大丈夫ですが、実戦に出る場合は装備の増強をお願いしたいのですが」


 班に分けるため、魔弾銃と遠見の魔道具の追加が必要になるそうだ。


「その辺りは俺が手配しておく。訓練の方を頼む」


「はっ!」


 訓練は4人の班で行い、実戦では1小隊として行動する。隊の編成は変えず、2班で連携を取りながら魔獣討伐すれば、怪我も少なくなるだろうと大隊長も言っている。これで成果が上がれば、他の大隊で同じことができるようになる。


 こんな兵士の訓練にまで口を挟まず、連隊長としての仕事をすべきだと他の大隊長は言う。もっと大きな視点で全体を見るのが俺の仕事なのだと。

軍の部隊を指揮し、手足のように使う事が長の在り方だそうだ。


「やはり、俺にはなじめんな」


 軍の上になればなるほど、人の死を数で数えるようになる。どちらの死が少ないか、効率よく敵を倒し味方の損耗を防ぐには、どの戦略や戦術を選ぶべきか。その事を考えないといけなくなる。


「敵であろうが、味方であろうが人が死んでいく事に変わりはないのだがな」


 俺は兵士一人ひとりが、いかに死なないようにするにはどうすべきか考えてしまう。兵が死なず戦えるのなら、その後ろにいる国民を守る事になるんじゃないのかと思えてしまう。甘いと言われても敵を殺さず撤退してくれるなら、それが一番じゃないか。


 人を集団で考え、その単位を小隊や中隊から大隊へ、そして連隊、師団へとどんどん大きくしていったのが軍隊というものなのだろう。その巨大な組織を指揮する才能のある者が将軍へと昇り詰めるのだろうが、俺はそんなものに興味はないし、第一そんな才能は皆無だ。


 いつからだろう、小さくとも己の才覚のみで生きていきたいと思ったのは……。しがらみもなく自由に生きていければどれだけいいだろうと。



「才能に合った仕事ですか?」


 俺はまた何でも屋に来て、シンシアさんをカフェに誘い相談に乗ってもらう。訓練で使う遠見の魔道具や魔弾銃の話のついでに、俺の悩みも聞いてもらっている。


「私もメアリィも才能があったから、何でも屋をしてるんじゃないですよ。メアリィは色んな事ができるから、この仕事に向いてるとは思いますけど」


「じゃあ、君はどうなんだ」


「私は計算が得意だから、ここで働いてますけど、計算が私の才能だなんて思いませんよ。他にも同じような人は沢山いますし」


「自分に合った他の仕事をしたいと思わないのか」


 計算以外でも、自分の好きな仕事があると思うのだが。


「私、家では服なんかも作っているんですよ。もしかすると才能があって一流のデザイナーになれるかもしれません。歌も得意で歌手になれるかもしれません。でも全てを試して、自分に合った仕事を探すのは無理だと思いますよ」


 確かにこの世にある全ての仕事を試して、合うかどうか見極める事はできないだろう。


「自分に完全に合う仕事に巡り合うのはほぼ無理だと? 運頼りという事か」


「例えば、大賢者のシルス様。伝記を読みましたけど、ある方と偶然巡り会って才能が開花したと。その人に会わなければ魔道具店の一店長で終わっていたと書いてありました」


「ああ、それなら俺も読んだ事がある。地方の小さな町から王都に行き、魔道具革命を起こした。すごい才能の持ち主だが、旧王都に来られたのは30歳近くだったな」


 それまでは誰にも、自分でさえその才能に気づかず魔道具店を営んでいたという。

俺も小さな頃にその伝記を読んで、感動したことを思い出した。自らの才で生きたいと思うようになったのは、それを読んだからなのかも知れない。


「別に才能に合わなくても、仕事ができてるのならいいんじゃないですか。才能は他のところ、趣味とかで活かせば。仕事だけが人生じゃないでしょう」


 仕事を支障なくこなせて生きていけるなら、それでいいと言う。

人の才能は1つじゃない。自分の一部を仕事に活かせればいいんじゃないかと。


「グランさんが軍人っぽくないのは別の才能を沢山持っているからでしょうね。それは人間力、人の魅力として育てればいいんじゃないでしょうか」


 もし別の才能で生きていけると思えば、その時に仕事を変えればいいと言われた。今までの仕事で得た知識も経験も、次に繋げる事はできるはずだと。


「それにね、仕事は才能が無くてもできるようになっているのよ」


 確かに俺は剣術に優れているから、軍の兵士になれた。だが毎日剣を振っている訳ではなく、他に書類作成や計算作業もある。不得意あっても少し勉強すれば誰にでもできるような仕事だ。だから他の者と交代しても業務を回すことができる。そこに特殊な才能は要らない。


「それが仕事、組織というものか……。俺は今、俺にできることをやればいいんだな。ありがとうシンシアさん」



 それから1ヵ月後。


「社長。軍からこんなものが届いていますよ」


 箱を開けてみると、遠見の魔道具の最高級品が入っていた。あの魔道具店で買いたいと思っても買えなかった物だ。


「なんで、これを私に……」


 訓練の結果、軍からは各大隊長に備品としてこの最高級品が配布されたそうだ。中隊長や小隊長にも、値段は安いけど高級な物が貸与されたという。

連隊の兵力向上に寄与したお礼として、その最高級品を私とマルギルさんのお店にも送ってくれたらしい。


「太っ腹ね。貴族のボンボンの連隊長さんがどんな人か知らないけど、ありがたくもらっておくわ」


 これで私達の仕事もやり易くなるわね。

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