第22話 料理人の女の子3 ミルチナ

「これが王都なの。おっきな城門ね。こんな大きな門、誰の為にあるのかしら」


 王都の城門を大きな口を開けて見上げていると、同じ馬車に乗っていたおじいさんに笑われた。


「ホッ、ホッ、ホ。あんた王都は初めてかな」


「は、はい。東の小さな町から来たんです」


「お若いのに、お一人でか。ここまで大変じゃったろう」


「いえ、憧れの王都に行けると思ったら、これぐらいの旅、何でもないです」


「そうかい。夢があって来たんじゃろうな。これからも頑張るんじゃぞ」


 そう、あたしは料理人。王都で一番の料理人になるという夢のために遠い田舎からここに来たんだ。これから修行して頑張らないといけない。


 王都の中に入って馬車から降りたけど、これからどっちに行けばいいのか分からない。王都は広すぎる。中央付近の広場に面した料理店のはずなんだけど……。


 荷物を持って辺りをウロウロと歩いていると、熊獣人の人が声を掛けてきた。体は大きかったけど人懐っこそうな優しい声だ。


「お嬢さん。どちらに行くのですか。迷われたのなら御案内しましょか」


「あたし、料理の修業のために王都に来たんです。宮殿前公園に面しているラフランシェと言うお店なんですが」


「ああ、それなら良く知っていますよ。でも今は従業員を募集していませんね。別の料理店を紹介しましょうか? この近くなんですよ」


 そうなの? 確かに従業員を募集しているかまでは知らなかったわ。この人は良く知ってるみたいだし、王都を探し回るより紹介してもらった方が早いかもしれないわね。


 その熊獣人の人に連れられて行ったお店は、キラキラなお店が建ち並ぶ大きな通りのお店だった。中で社長さんと言う人に会って、ここならすぐにでも働けると言われて契約書に自分の名前を書いた。近くの宿屋さんも紹介されて、そこに荷物を置いてゆっくりすることができた。


 仕事はその日の夕方から。指定された時間に行って他の従業員の人と挨拶した。なんだか綺麗なお姉さんが沢山いたけどあたしの仕事場は裏手の厨房。


「おい、お前が今日入って来た新人か。まずはここの掃除からだ」


 厨房内をキレイにするのは、料理人にとっては当たり前の事だ。言われた通り床の掃除から始める。その後は、あれを運べとかこれを持って来いとか言われて、その通りに仕事をした。


 この厨房ではあたしの他に3人働いていたけど、料理を作ってるのは1人だけ。後の人はお菓子のような物を器に盛りつけているだけのように見える。そのまま朝まで働いてその日の仕事が終わった。


 今日は慣れない仕事をして疲れたわ。宿屋に帰ると朝食を出してくれた。それを食べ終えると宿屋代として銀貨15枚を払うように言われた。


「そんなに高いんですか」


 王都の物価は高いとは聞いていたけど、そんなに高いとは思わなかった。


「こんな広い部屋で食事も付くんだ。王都ではこれぐらい当たり前だ」


 そう言われて、しぶしぶ宿代を支払った。お店の社長さんは1日働いて銀貨20枚、それを1週間後にまとめて払うと言っていた。それなら何とかなるかな。そう思って何日か働き続ける。


「今日は週末だ。客が多い。お前はこっちで仕事しろ」


 そう言われて綺麗な服を着せられて、お客の給仕をしろと言われた。店内は厨房と違って煌びやか照明の元、大きなソファーに腰掛けた男の人の側に、従業員のお姉さんが座っている。そのテーブルに注文の品を運んでいく。


「おっ、かわいい子だね。新人さんかい」


「ええ、そうなの。1週間前に入った子よ」


「若いね~。こっちへ来てお酌してくれよ」


「ダメよ、この子は給仕で来てるんだから。お酒の注ぎ方も知らないのよ」


「いいさ、いいさ。さあ座って。俺が教えてやるよ」


 なんだか分からない間に、ソファーに座らされて手や体に触られた。


「あ、あの。あたし……、そんなんじゃ……」


 ソファーから立ち上がって、厨房の方へ逃げてきた。


「ほら、あんな初心うぶな子をからかっちゃだめよ」


 お店の方で、綺麗なお姉さんの声が聞こえた。


「こら、こんなところでサボってちゃダメだろう。さっさと店に出な」


「で、でも、あたし……」


「注文された品をテーブルに運ぶだけだ。さっさと行ってこい」


 そう言われて、何とか仕事を続ける。できるだけ男の人に近づかず、お菓子の乗った器をさっと置いて帰ってくる。

なんとか朝まで仕事を終えたけど、こんな所はあたしが求めていた仕事場じゃない。


 朝、社長さんに今日で辞めると言った。今日まで給料をもらって違う職場に行こう。


「君ねぇ。急に辞めると言われても困るんだよ。契約違反だよ」


「でも、こんな仕事、初めに言われませんでした」


「ちゃんとここに書いてあるんだよ」


 そう言われても、あたしは簡単な読み書きしかできない。なにが書いてあるのかも分からない。


「でも、あたし辞めます」


「それなら、この1週間の給料は1日銀貨2枚だ。契約違反なんだから仕方ないだろう」


 そんな事って……。でもここにいるよりもましだ。あたしは給料を受け取り宿屋へ戻る。部屋の荷物をまとめて宿を出て最初に行こうとしていた、宮殿前公園へと向かう。


 この1週間で、王都に地理も分かるようになってきた。ここは西の端。目的の場所までは遠いけど歩いて向かうしかない。馬車に乗れば早いんだけど、乗り方が分からない。人に聞くのも怖い。この王都にはどんな人がいるか分からないもの。


 昨夜、あんなことがあって、しかも徹夜で働いて疲れている。仕方がない、安そうな宿屋を見つけて寝ないと体がもたないわ。見つけた宿屋は銀貨5枚で泊まれた。食事を付けても銀貨6枚だそうだ。


 今日はとにかくここで眠ろう。明日から、また頑張ればいい。



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【あとがき】

お読みいただき、ありがとうございます。

今回は、第20話前のミルチナ視点となっています。


次回もよろしくお願いいたします。

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