第216話 聖戦 ②
アドンはその場に仁王立ち、対するグレーターデーモンは手に持った黒い剣を構え、攻撃を仕掛ける様子もなく、様子見をする。
「来ぬのか?」
「なに、わしの愛を充満しておるところじゃ。」
そう言いつつ、アドンはサイドチェストなどのポージングをかましている。
グレーターデーモンはどこか得体の知れぬ悪寒が背中に走った。
こんな奴は初めてだと、警鐘を鳴らしていたのだった。
この事態に、グレーターデーモンは攻撃を躊躇い、一歩遅れて仕掛ける。
アドンに対し接近、黒い剣を振りかぶり、狙いを定め攻撃。だが。
「ふん!!」
グレーターデーモンの剣はアドンの身体に触れた瞬間、バキバキに砕けた。
「な、なんだと!?」
「ふんっ、そのような武器でわしを傷つけようなどと、片腹痛いわ!」
何のことは無い。アドンはポージング中、筋肉を躍動させていただけであった。
「わしの身体は筋肉の鎧で守られておるのじゃ! そんな粗末な剣で傷など付かんよ!」
「おのれえー!!」
グレーターデーモンは壊れた武器を捨て、今度は魔法を叩き込もうと詠唱を開始した。
「ふんっ、お次は魔法か、かかってこい! わしの筋肉がかつて無いほどに躍動しておる! さあ、次々とかかってくるのじゃ!!!」
「舐めるなよ! 得体の知れぬ者よ! 今度の攻撃は喰らえば貴様は粉微塵だ!!」
「つべこべ言ってないでかかってこい!!!」
グレーターデーモンの魔法は恐ろしい暗黒魔法だったのだが、アドンはまたしてもポージングで仁王立ち。避ける気配すら無い。
「喰らえ!! ダークフレア!!」
グレーターデーモンが放った魔法は、黒い炎が火球となった暗黒魔法だった。
それを相手にぶつけ、黒い炎で焼き尽くす恐ろしい暗黒魔法。
だが。
「ふんっ!!」
アドンはまたしてもポージングで対処、筋肉の鎧で魔法を弾いた。
「ばっ、馬鹿な!!?? 何故そうなる!!!???」
「ふふふ、言ったであろう。わしの身体は筋肉の鎧だと。」
「お、おのれえーー!!」
グレーターデーモンが後ろへ下がり、様子を窺っている。
この時、グレーターデーモンは気付いてしまった。相手にすべきではないと。
「さてと。今度はこちらの番じゃな。」
下がるグレーターデーモン。にじり寄るアドン。
両手を広げ、アドンは何も考えず突進。その無鉄砲ぶりに、一瞬躊躇った。
そして、がしりと捕まり、そのままの勢いで後ろへ景色が流れる。
「喰らえ! マッスルジャーマンスープレックス!!」
「ギャアアアアアア!?」
「まだまだ行くぞい、お次はマッスルラリアート!!」
「ギャアアアアアア!?」
「ふふふ、グロッキーじゃな。こいつで止めじゃ! マッスルDDTからのパイルドライバーーーーー!!!」
「ギャアアアアアア………………。」
「わしの愛を受けよ! ホールド!」
アドンが倒れたグレーターデーモンに向かい、ジャンピングホールドをかまそうとしたところで、巫女から声が掛かった。
「あの、アドンさん。」
「なんじゃ? 今楽しくなってきたところじゃわい。」
「いえ、あの、もう魔物は倒されましたよ。」
「な、なんじゃとおお!?」
その場を見ると、確かにグレーターデーモンだった物が大量の砂の塊になり果てていた。
「なんと、もう終わりかの? つまらん。ここからがわしの愛が炸裂して、筋肉の素晴らしさを見せつけるところじゃったのに。」
何の事は無かった、グレーターデーモンは倒され、巫女は無事に事なきを得た。
「しかし、こいつは何だったんじゃ? 巫女を襲っていたようじゃが?」
「はい、わたくしを亡き者にしようと送り込まれた魔物だと思います。」
「何と、巫女殿は狙われておるのかの? だったらここに居ては危険やもしれぬぞい。」
「はい、何処かへ逃げようと思います。もっとも、安全な場所など無いのかもしれませんが。」
アドンは腕を組み、考える素振りを見せてこう切り出した。
「では巫女殿、わしが巫女を護衛する故、ここを脱出した方が良いじゃろう。」
「護衛して頂けるのですか? それは有難いです。」
「うむ、任せよ。しかし外は何やら騒がしい様子じゃったな。ここから広場へは行かぬほうが良かろう。」
巫女は一瞬考慮し、直ぐに返事をする。
「でしたら、この祈りの間には隠し通路があります。そこから脱出しましょう。」
「ほう、用意がいいのう。ではそうしようかの。」
巫女は壁の一角に手を添えて、何か呪文を唱えると、そこの壁が光り、透明な物へと変わったのだった。
「おお!? そのような仕掛けじゃったとはのう。」
「さあ、ここから外へと続いています。お早く。」
「うむ、では行くとするかのう。」
巫女たちが隠し通路を通った後に、壁はまたその役目を果たし、元の壁へと変わっていった。
「便利な仕掛けじゃのう。」
「はい、いざという時に用意した通路です。大司祭の事が気がかりでしたので。」
こうして祈りの間は、誰も居なくなったのだった。
巫女はアドンと共に隠し通路で外へ向かうのだった。
ジャズ視点――――
「参ったな、こうもモンスターの数が多いんじゃ、先に進めないぞ。」
神殿の通路を走って向かっていたのだが、頻繁に魔物と遭遇した。
まあ、駆け出しながら対処して、止まる事無く走っているが。
「もうそろそろ祈りの間だな。」
巫女様は無事だといいが、こればかりは確認しなきゃな。
祈りの間の前まで来た、扉の向こうは静かだった。
「まさか、もう手遅れ、何て事はないだろうな。頼むぜ。」
一縷の望みを託し、扉を開ける。そこには。
「………。誰も、居ない。」
遅かったか? と思ったが、床に大量の砂が落ちていたので、俺は察した。
「そうか、誰かが巫女様を守っていたのだな。それでグレーターデーモンは倒され、砂に変わったという事か。」
グレーターデーモンを倒すとは、中々強者な護衛が付いていたようだ。
「これなら安心だな。」
おそらく巫女様は護衛を伴なって逃げたのだろう。ここには居ない。
「しかし、そうなると何処へ逃げたのだろうか?」
俺の目的は巫女様から聖剣サクシードを受け取る事だ。
その為に此処まで来たのだが、肝心の巫女様が居ないとなれば探さなくてはならん。
「さて、一体何処へ向かったのか。検討も付かんな。」
おそらく外へ逃げたのだろうが、まあ、俺もここから外へ向かった方がよかろう。
「早いとこ巫女様に合流しなければ。」
はやる気持ちを押し殺し、俺はまずここまで巫女様とすれ違っていない事に疑問を覚えた。
「巫女様とすれ違っていないという事は、多分巫女様とその護衛は別のルートでこの場を脱出したのだろう。」
兎に角まず、俺も外へ出よう。そこから巫女様を探さなくては。
来た道を戻り、走りながらあちこち見回して、巫女様を探す。
エストール大神殿の入り口の門のところまで来た。
「一般人の避難はまだ掛かりそうだ、隊長たち、上手くやってくれているようだ。」
それとなく見ていたら、避難している人々の中に義勇軍のメンバーが居た。
「まったく、戦いもせず、こんな所に逃げて。」
まあ、戦いたくないという気持ちも解らなくはない。怖いもんな。
それに、酒がまだ抜けていないのだろう。だから呑み過ぎるなという事か。
何があるか解らんからな。
しかし、その義勇軍たちは気持ちが沈んでいる様子だった。
ある者は座り込み、ある者は立ち尽くし、ある者は俯き加減で会話をしていた。
「何か、元気が無いな。義勇軍。」
ちょっとだけ耳を傾けてみた。
「情けねえ、ただ逃げる事しか出来ねえとは。」
「しょうがねえって、戦いはシャイニングナイツに任せておけばいいって。」
「けどよ、俺達だって………………。」
「気持ちは解らんでも無いが、俺等が行ったところで何も出来やしないぜ。」
「………………そうだな、そうだよな。何も出来ねえよな。」
「そうそう、義勇軍なんて誰も期待なんかしてねえって。」
「………………。」
「………………。」
「………………けどよ、このままで良いのか? 俺達。」
「止めとけ、死ぬだけだぞ。」
「けどよ。」
………………なるほど、意気消沈している理由は何となくわかって来た。
誰も義勇軍に期待なんかしていない、だが、何もしないというのも駄目だと思っている、そんなところか。
うーむ、何かはっぱを掛ければ上手く行きそうな気配なんだがな。
如何せん、あと一歩が足りない感じだ。
あと一歩か。
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