第159話 ギルドランク昇格試験 ⑤


  クラッチの町  サスライガー伯爵の屋敷――――



 執務室の机に書類の束が乱れて置かれている。椅子に座っているサスライガー伯爵は、その書類と睨めっこをしていた。


丁度書類の見直しが一段落したところで、メイドがノックをしてきた。


「失礼致します、伯爵様、お客様がお見えになっています。」


「うん? このような時期にか? 誰だね?」


「はい、女神教会のサーシャと名乗っていました、エルフの女性です。」


その名前を聞き、伯爵はガタンッと立ち上がり、急ぎ身だしなみを整える。


「直ぐにお通ししなさい。」


「は、はい。では呼んで参ります。」


メイドが立ち去り、伯爵は心が躍っている事にフフフと笑みを零しながら、来客を待った。


「まさか、シャイニングナイツの生き字引であるハイエルフのサーシャ様がお見えになるとは。」


しっかりと身だしなみを整え、準備万端で出迎える用意を済ませた伯爵は、終始笑顔だった。


そして、ノックがあり、扉の向こうで声がした。


「サーシャ様をお連れしました。」


「入り賜え。」


伯爵の返事に、扉が開かれ、入室してきた女性は、その美貌を湛えながらゆっくりと歩み、部屋の中へと進み出てきた。


「ようこそ、サーシャ様。シャイニングナイツの御意見番である貴女が、急にどうしたのですか?」


サーシャは優雅に一礼し、伯爵の前で笑顔で答える。


「サスライガー殿、いつもシャイニングナイツへの出資、ありがとうございますわ。」


「いやなに、大した事では、それよりも、急にどうしたのですかな?」


伯爵は話の先を促そうと、言葉を急いだ。だが、サーシャはゆっくりとした所作でソファーに腰掛け、張り付いたような笑顔を絶やさない。


「まあまあ、落ち着いて話しましょう。紅茶でいいわ。」


伯爵のメイドに向かい、サーシャは注文する。一方の伯爵は対面に腰掛け、相手をする。


「私も紅茶を。」


「畏まりました。」


メイドがティーセットを用意している隙に、伯爵が三度質問をする。


「サーシャ様、来られるのでしたら、一報ぐらい入れて頂ければよかったのに、急な御来訪。一体何事かと肝を冷やしましたぞ。」


気を揉んでいる伯爵に対し、サーシャはにこやかに言った。


「サスライガー殿、いつものわたくしに戻ってもいいかしら?」


「お好きにどうぞ。」


その言葉を聞いた瞬間、サーシャは顔を崩し、深々とソファーに座り直した。


「ぷは~~、いやはや、貴族ってのはどうしてこう肩がこる仕草をしなきゃなんないのかしら。こんなの私らしくないわ。」


「ははは、相変わらずですな、サーシャ様は。」


態度を崩したサーシャは、早速伯爵に尋ねた。


「ねえ伯爵、ジャズって殿方の事知ってる?」


「ジャズ殿ですかな? 勿論知っています。確か義勇軍のメンバーで、アリシア軍の兵士をしている筈です。最近では冒険者稼業も兼任しているとか、いやはや、中々に活躍している若者ですよ。」


「ふーん。」


メイドが用意した紅茶を飲みつつ、サーシャは素っ気ない態度で返した。


「ジャズ殿が、如何されましたか?」


伯爵が訊き返すと、サーシャは実につまらなさそうに答えた。


「えーとねえ、勇者かもしれないのよね、そのジャズって人。」


「な、何と!? 勇者ですか?」


勇者と言う言葉が出た瞬間、伯爵は立ち上がりサーシャを見つめた。


「まだよ、まだ確証が無いわ。これから調べるつもりなのよ、私の目でね。そのうえで判断するわ。」


伯爵はゆっくりとソファーに座り直し、紅茶を飲んでカップを置いてから、サーシャにこう言った。


「実はですね、ジャズ殿は先日も混沌の眷属を倒しているのですよ。」


この言葉に、サーシャは眉をピクンと動かし反応する。


「流石はクインクレインの情報網ね、もうそこまで知っているのね。それで、どんな塩梅あんばいなの?」


サーシャが尋ねると、伯爵はコホンと咳払いをしつつ、ゆっくりと語り始めた。


「今、報告書を読んでいたのですが、どうやら混沌の眷属の一つ、ウォーロックがこの国で悪さしようと目論んでいたらしいのですが、倒されました。討伐したのは、ジャズ殿とその仲間たちです。」


「あら? 一人で倒したのではないのね。」


「はい、どうも要領を得ん話なのですが、ボディービルダーが倒したらしいのです。」


紅茶を飲んでいたサーシャが、勢いよく噴出した。


「ボ、ボディービルダー!? なんでそんなもんが?」


「解りません、解らんのですよ。兎に角、そのアドンと言うビルダーが倒したらしいのです。」


「うーん、訳が分からないわね、ジャズ殿はそのアドンという人と共に戦っていたのでしょう?」


「はい、それは間違いありません。配下の者が確認しております。」


サーシャはカップを置き、深呼吸をしつつ考えた。ジャズが勇者なのか、それともそのボディービルダーが勇者なのかを。


考えたくは無かった。アドンというビルダーがもし、勇者だったら、ちょっと想像してしまった。


筋肉ムキムキのマッチョメンが、ワセリンでテカテカに光っている体と、にこやかにポージングしている姿を。


「いやあああー-----!!?? 私の勇者像がああああー-----!!!」


突然錯乱したサーシャを見て、伯爵は戸惑い、落ち着かせる。


「サーシャ様、どうか落ち着きを。何がどうなっておるのやらですが、ここは落ち着きを持って下さい。」


伯爵に宥められ、サーシャは落ち着いた。


ふーやれやれ、と伯爵は肩を落とし、本題に入る。


「それで、ジャズ殿にはもう会われましたか?」


「はあ、はあ、………ま、まだよ。」


「でしたら、冒険者ギルドへと出向かわれては如何ですかな? そちらに居ると思いますよ。」


「わ、解ったわ、………でもねえ………。」


サーシャは少し言い淀んで、言葉を濁した。


「そのジャズって人、義勇軍なんでしょ? 昔は凄かったけど、今の義勇軍は大して活躍していないのよねえ~。」


「確かに、活躍の場は今はシャイニングナイツの各々方に譲っていますからなあ、しかし、ジャズ殿は本物ですよ。あれで中々手練れなようです。」


「ふーん、でもまあ、飲んだくれよりかはマシかな。って程度にしか思ってないわよ、期待はしないわ。」


サーシャは立ち上がり、伯爵の執務室を退出しようと向きを変えた。


「それじゃあね、伯爵。私はもう行くわね。」


ここから出ると言うサーシャに対し、伯爵は立ち上がり、礼をして最後にこう一言伝えた。


「サーシャ様、ジャズ殿は勇者ではないかもしれませんが、相応の実力者である事は間違いありませんぞ。」


その言葉を聞いてか聞かずか、サーシャは後ろ向きからひらひらと手を振りながら扉から出て行った。


そこで、サスライガー伯爵は一つ溜息をつき、今後のジャズに同情するのだった。


「何事も無ければ良いのだが、多分、無駄だろうな。あの方の目に留まってしまったからな。」


サスライガー伯爵は、紅茶を飲み、落ち着きを払ってまた、机に向かうのだった。











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