第91話 その後の二人の男
男爵サイド――――
ジャスとの勝負の後、自分の屋敷へと帰る途中で、取り巻き連中の中の一人がこんな事を言った。
「男爵様、本当に宜しかったのですか?」
「何がだ?」
男爵は素っ気なく、そしていつもの様に返事をした。
「ネモですよネモ、あの奴隷は確か、男爵様が今の地位へと家督を受け継いだ時に、記念にと購入した戦闘奴隷じゃなかったでしたっけ?」
取り巻きの男が言い、周りの連中もつられて「そうですよ」と言う。しかし男爵は。
「ああ、その話か、もういいんだよ。終わった事だ、気にしていない。それに、今度はもっといい戦闘奴隷を買えばいいだけの話だ。だからもう、いいのだ。」
男爵はそう言い、何故か遠い目をして、何かを考えている様子だった。
男爵は今まで、こんなにも一生懸命に何かをやった事が無かった。
ジャズとの勝負で、男爵は何か手応えの様な何かを感じていた。
「フフッ、しかし何だな。俺様も中々やる様になったではないか。まさかこの俺様と互角に渡り合う奴が居たとはな、俺様もまだまだという事か。よーし! 俺は決めたぞ。目標はバトルマスターになる事だ! 帰って修行のやり直しだな。」
この言葉に、他の取り巻き達は返事をする。
「「 ええ~~。 」」
「男爵様、俺達まで修行に付き合わされる身にもなって下さいよ。」
「そうですよ男爵様、俺達が男爵様に付いて来ているのは楽が出来ると思ってこうして付いて来たってのに………。」
取り巻き達は、正直者だった。
「お前等な………、そういう本音はもっとオブラートに包んで言えよな。こっちがやる気を無くす、もうお前等と
そんな事を言い合いながら歩きつつ、今度は立ち止まり、後ろを振り向き、取り巻きの更に後ろから付いて来ている男に向かって、こう男爵は言い放つ。
「おい、アイバー、貴様に聞きたい事があるのだが。」
「何ですかな? この天才軍師アイバー様に聞きたい事とは?」
「うむ、実はな、雇った相手を解雇したいと思うのだが、その場合約束の報酬は支払うべきかと思ってな、いやなに、その雇った者がまったく役に立たない奴だったんだが。」
「そんなの簡単ではありませんか、役に立たない者などさっさと解雇でも何でもして、働いた分のお金を渡して去らせればよいではありませんかな。簡単簡単。」
この言葉を聞き、男爵は懐から銅貨5枚を取り出し、アイバーへと渡した。
「そうか、ならばそうしよう。おいアイバー。貴様は今日で解雇だ、アドバイスをしてくれたので、一応その報酬を払う、銅貨5枚分の働きをした、だからもう、貴様は用は無い、さっさとこの場を立ち去れ。それと、もう二度と俺様の周りをうろちょろするな、いいな。」
「な、なんだとー。」
この男爵の態度に、他の取り巻き達も一斉にアイバーに対して言う。
「ご苦労だったな、アイバー。」
「もう、男爵様に近づくなよ。」
「じゃあな天才軍師、達者でな。」
こうして、ポール男爵はアイバーと言う男と関係を断ち切り、自身は明日へ向かって目標を見つけ、前へと進みだした。
一人ぽつんと取り残されたアイバーは、独り言を口にした。
「な、なぜ天才軍師にしてアークメイジの私が解雇なのですか?」
ジャズサイド――――
ここは冒険者ギルドクラッチ支部の受付カウンターよりも、更に奥の部屋。
そこにギルドマスターの執務室がある。今はそこに俺とフィラ、そして何故かガーネットまで居る。
机を隔てて椅子に座り、ギルマスが話しかけた。
「おい若いの、ようやってくれた、今回の勝負事は実に見事な御手前だったと儂は思う。」
「は、はあ、そうですか。」
ギルマスはパイプをふかしながら、こう切り出した。
「うむ、実はな、あのポール男爵の事だが。」
ギルマスは腕を組み、ゆっくりと語りだす。
「ポール男爵はな、あれで中々苦労をしておるんじゃ、若くして親を亡くし、爵位を受け継ぎ、冒険者としての仕事もそれなりに頑張っていた。」
ふーむ、そうだったのか。
「ポール男爵は子供の頃から甘やかされて育って来たせいで、あのような性格になってしまったが、本来は向上心のある若者なのだ。しかし、性格があのような感じなので、周りの評判は良くない物だったがの。」
「そうでしたか、まあ、あの男爵ですからね、甘やかされて育ったのならば、納得です。」
「うむ、だが、今回の勝負で、ポールは、上には上が居るという事を学んだ筈じゃ。これで少しは性格が良くなればよいのじゃがのう。」
ふーむ、そう簡単に人の性格ってのは変わらないと思うのだが、さて、男爵の場合はどうなるやらだな。
「それで、ギルドマスターは、今後、どういった対処を?」
「うむ、ポール男爵は、実は前の男爵から頼まれておっての、ポールの事をよろしく頼むとな。なので、今回はジャズが上手い事やってのけたが、いつまでも調子に乗らせはせんよ。ポールには儂が後からキツく言っておく事にする。」
「そうですか、なら、もう今回の騒動は水に流します。フィラもいいな?」
「はい、ご主人様。」
ここで、ガーネットも返事をする。
「ギルマス、あの男爵の評判はやっぱり良くないですよ、男爵自身が変わらなければ。」
ここで、ギルマスはくっくっく、と笑った。
「いやいや、もしかしたら奴は変わるやもしれんぞ。なにせ、ライバル出現、じゃからのう。」
おいおい、それってもしかして俺の事か? 冗談じゃないよまったく。
そんなのと関わり合いになりたくない。
「兎に角、今回の事、ご苦労じゃった。今後もギルドメンバー同士のいざこざは慎む様に、いいな。んん?」
「「「 はい。 」」」
こうして、ギルマスからの話は終わった。俺達は酒場へと向かい、一杯やる。
「「「 かんぱ~い。 」」」
それぞれが酒を飲み、今日の疲れを労う。
「いや~、ジャズの見事な演技には驚かされたわ。」
「まあな、引き分けに持って行くのは大変だったよ。」
「流石、ご主人様です。」
酒を飲み、寛ぎ、
今日一日は本当に大変だったなと思い、自分自身にお疲れ様を言う。
今日の酒はまた、えらく旨そうだ。
夜 町の酒場通りの路地裏――――
アイバーは路地裏で、酔い潰れていた。
「まったく! 何が男爵だ! ふざけおって! たかが銅貨5枚しかくれんとは! ケチめ! 私があの場に居たからこそ、あの勝負に引き分けたというのに、まったくそれを感じないとは! やはりあの男爵は只の間抜けだな! 間抜け男爵め!」
アイバーは荒れていた、この男、実は確かに嘘つきの詐欺師である。
こうして今回もまた、獲物にそっぽを向かれて一人彷徨う。
「荒れていますね。」
突然、声を掛けられた。振り向くとそこには絶世の美女が立っていた。
黒いローブに身を包んでいても、その豊満な胸は男の視線をくぎ付けにするのに十分だった。
「だ、誰ですか?」
「ウフフ、あなた、中々いい魂の色をしているわね。」
「誰だと聞いているのですが?」
「ウフフ、失礼、私は、「ダークガード」のメンバーの一人ですわ。」
ダークガードと名乗った女は、怪しくも妖艶な雰囲気を漂わせて、アイバーに近づく。
「………ダーク……ガード?」
「ええ、そうです、あなた、私達の仲間になりませんか?」
「仲間ですって? 何をさせたいのですか? この天才軍師にしてアークメイジのこのアイバー様を。」
「ウフフ、もし、あなたが私達の仲間になったら、きっとあなたには「本当の力」が手に入るでしょうね、ウフフ。」
「……本当の…………力………………。」
「ウフフ、ええ、そうですとも、本当の力ですよ、嘘偽りの無い、本物の力です。如何かしら?」
アイバーは少し考え、そして即決した。
「いいでしょう、そのお話。受けましょう。私はたった今からダークガードです。」
こうして、二人の男は、ある者は目標へ向け前へと歩みを進め、ある者は闇の中へと沈んでいくのであった。
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