第86話 女戦士フィラ ④
フィラの前に昔の男、もとい前の主人が現れた。
男爵だそうだ、フィラに散々嫌な思いをさせた上に、戦闘奴隷として使えなくなった時点で奴隷商に売った筈なのに。
今またこうして自分のモノとして扱おうとしているみたいだ。そんなの許す筈ないだろうが。
「ネモ! いいからこっちに来るんだ!」
「嫌です! 放して! もう貴方には従いません、今の私はフィラです。嫌!」
流石に見ていられない、よーし、ここは一丁、フィラのご主人様としてビシッと言ってやるか。
「お待ち下さい、男爵、その娘は自分の奴隷ですが、何か?」
フィラと男爵の間に割って入る様に進み出て、男爵がフィラを掴んでいる手を弾いた。
「あ痛!? な、なんだお前は! 邪魔をするな!」
「男爵、フィラは俺の仲間だが、何か問題でも?」
男爵は一歩下がり、こちらの様子を見て、苦虫を嚙み潰した様な顔をした。
「くそ! 何かと思えば今のネモの主人か、おい! この奴隷は元々俺が買った奴隷だ! 金貨80枚もしたんだぞ!」
何言ってんのこの人?
「しかし、奴隷が使えなくなって売ったのだろう、なら契約解除になっている筈だよな。何を今更。」
しかし男爵はフィラを指さし、高圧的な態度で言った。
「何を言っている! 足と腕が治っているじゃないか! ならもう一度俺の奴隷として役に立って貰うまでだ! お前には関係ない! 引っ込んでいろ!」
(いやいや、すっこむのはお前だよ男爵、何自分が治したみたいな事にしてんの?)
「いや、男爵、あんたにフィラは渡さない、フィラは俺の仲間だ。ここはお引き取り願おう。」
「ご主人様…………ポッ。」
フィラの顔が少し赤らめた気がしたが、今はそれどころではない。
男爵の取り巻き連中が、ぞろぞろと集まりだした。
「おい! お前! ネモを幾らで買った!」
「………金貨5枚ですが、それが何か?」
ここで男爵が顔を歪ませ、ププッと吹き出した。
「はっはっは、金貨5枚か、随分と安く手に入れたな。腕と足が無いんじゃそれもそうか、あっはっは。」
(お前の指図でそうなったんだろうが! 何軽く見てやがる!)
「はっはっは、解った解った、お前に金貨10枚を渡す、それでネモから手を引け、ネモを手放せ、いいな。」
安い、話にならん。
「お断りします。」
この言葉に、男爵は頭が赤くなり怒りを露わにした。まるで瞬間湯沸かし器みたいな男だな。
「なんだと! 金貨10枚だと言っているだろうが! ええーい! 強欲な奴め! 解った、金貨20枚だ! これでネモを俺に寄越せ! いいな!」
こいつ、解ってないな、フィラはそんな端た金じゃないんだよ、もう。
「幾ら金を積まれても、フィラを手放すつもりはありません。どうぞお引き取りを。」
ここで男爵はわなわなと震え出した。
「ええーい! がめつい! なら金貨30枚! これで手を打て、いいな! これ以上は無しだ!」
「話になりませんね、お引き取りを、それにお金の問題じゃないんですよ、フィラは俺の背中を預けるパートナーなんですよ。男爵、あんたはもうフィラを手放した。諦めろ。」
すると男爵は「ぐぬぬぬぬ」と悔しがりながらも、一つ、こう言ってきた。
「な、なら勝負しよう。勝った方がネモの主人という事にして、俺とお前で勝負だ!」
何言ってんの? そんな七めんどくさい事する訳ないじゃん。何言ってんだか。この男爵。
「お断りします。」
「なに!? 勝負を逃げるのか! あっはっはっはっは、とんだ臆病者だ! 勝負事にも逃げるなど、たかが知れているな! この男も、はっはっは、大方、戦いの時はネモの陰に隠れてコソコソと逃げ回っているのだろう! はっはっは、この根性無しが! はっはっは。」
(お前にだけは言われたくない、そんな口車に乗せられるとでも思っているのかよ。)
「何と言われても、フィラは渡しません、勝負もしません。お引き取りを。」
「おいネモ! やはりこいつにお前は不釣り合いだ。お前はこの私にこそ相応しい。俺の所にこい! そんな安物の武具など捨ててしまえ! お前にはもっと高級な装備品を買ってやる。いいからこい!」
「………………。」
フィラは黙ってしまった。何かわなわなと震えている。すまんフィラ、そんな安い武器しか買ってあげられなくて、恥をかかせてしまったな。
しかし、フィラはダンッと床に足を踏み、怒りの表情でこう言った。
「先程から黙って聞いていれば、私のご主人様に対して数々の無礼、もう許せません。武器を取りなさい! ここで決着を着けてあげます!」
しかし、ここで男爵は二ヤリと笑みを浮かべた。
「よーし、勝負だな! いいだろう、但し、条件がある。そこの男と俺との勝負だ。方法は戦いなどという野蛮な方法ではない。一ついい方法があるのだ。」
何だ? 急に訳が解らない事態になってしまったぞ。勝負するなんて一言も言ってないんだが。
しかし、話はどんどん先に進んでいく。
「実はな、俺は近々中級クラスへとクラスアップする予定なのだ。どうだネモ、俺はお前と同じ中級クラスになる男だぞ。いいだろう、俺と肩を並べる存在になるのだ。そこでだ、俺とそこの男との勝負はどちらかが先にクラスアップした方が勝ち、という勝負をしよう。どうだ?」
ふーむ、クラスアップか、俺もそろそろクラスアップしたいと思っていたところだ。
まあ、レベル10だし、条件は満たしている筈だよな。後はクラスアップの方法だけか。
これはいよいよ本腰入れて探さないとならない、という事かもな。
いい機会だ、探ってみるか、クラスアップの方法を。ここで男爵の勝負を受けるのは早計かと思うが、やってみる価値はあると思う。
俺が返事をしようとしたその時、フィラが勢い余った様子で言葉を返していた。
「解りました! その勝負、受けて立ちます! 宜しいですか? ご主人様。」
え? フィラ? 何勝手に決めてんの? 俺まだやるなんて一言も………。
「よーし! 話は決まったな! 勝負の期限は明日の昼まで、それまでにどちらかがクラスアップしている事、クラスアップした方が勝ちだ! いいな! 勝った方がネモを自分のモノにする! 解ったな!」
「ちょ、ちょっと待って………。」
しかし、言いたい事だけ言って、男爵はさっさとこの場を立ち去った。取り巻き共々。
男爵の奴、余程自信があるのかもしれん。こっちが勝った時の条件を聞かずに行ってしまった。なんて一方的な勝負事になってんだ?
参ったな~、あんな事を勝負に持ちかけてくるって事は、おそらく男爵はクラスアップする自信があるって事だよな。
しかし、本当にクラスアップ出来るのか? どう見てもそんな実績も経験も無さそうだったが。
と、ここでフィラが我に返り、顔を青ざめて謝って来た。
「すみませんご主人様、勝手に勝負事に首を突っ込んでしまいまして。」
「いや、気にするなフィラ、俺だって頭に来ていた。しかしフィラ、頭に血が上るとそういう性格になるんだな。これからは自重してくれよ。」
「はい、しかしご主人様が愚弄されているのを、我慢出来ませんでした。ですが、ご主人様は凄いお方だと信じております。」
「いやいや、俺なんて大した奴では無いよ。フィラはウォーリアだが、俺はまだ初級クラスの下忍だし。」
場に沈黙が垂れ込め、周りの冒険者たちも可哀想な目でこちらを見ている。
「勝てるでしょうか? 男爵に………。」
「………まあ、なるようにしかならんさ。それに、全く希望が無い訳でもなくてな。俺もそろそろクラスアップ出来そうなんだ。」
「え!? そうなのですか? 流石ご主人様です!」
「いえいえ、大した事は何も。」
と、ここでガーネットが話に入って来た。
「私も一応、話を聞いていたんだけどさ、ジャズ、クラスアップって簡単に言うけど、そんなに簡単じゃないわよ、クラスアップって。」
「どういう事?」
「あのね、そもそもクラスアップっていうのは、一生に一度あるか無いかって言われているのよ。経験を積み、研鑽を積み、更に女神様に認められないとクラスアップって出来ないんだからね。」
ふーむ、そうなのか、俺の場合、もうレベル10の初級クラスの上限に達しているけどな、後は女神様次第って事か。
そこが一番の問題かもな。どうしたら女神様に認められるのかな? さっぱり解らん。
「あの男爵の事だから、きっと転職用のアイテム、「戦士の証」を金に物を言わせて買っているに違いないわよ、どうするの? ジャズ。」
「どうするって、女神教会に行って、クラスアップ出来ますか?って女神様に聞くしかないだろうな。」
「そんな都合よく行く訳………。」
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