第18話 宣告
「僕もう行きますけど、朝食はテーブルの上に用意しておきましたからちゃんと食べてください」
「…ん~」
僕は未だベッドから顔すら出さないにシエナさんに声をかけた。
「あんまり寝すぎて一日を棒に振らないでくださいよ」
「ふ~」
あぁ、これは昼までコースかな。もしくは夕方コースか。
「じゃぁ、行ってきます」
「…」
僕は将来こんな大人になんてならないぞ、と固く誓ったのだがそんな大人に僕の将来を任せなくてはならないこの不甲斐なさよ…。
(深く考えたら負けだな…)
僕はそれ以上考えること辞めて外で待ってくれているルリィさんのもとに急いだ。
「その後ライサリアさんとはどうですか?」
「なんとかうまくいってるよ」
はじめてライサさんからアテラ語を教わり始めて1週間。
あれから3回ほどアテラ語を教えてもらった。そのおかげで全30文字からなるアテラ文字といくつかの単語の読み書きを習得することができた。
そして何よりの収穫は勉強会を通してライサさんとの距離が俄然縮まったことだ。
「それにしても驚きです。ライサリアさんって本当はとても友好的な方なんですね」
「『とても』ってほどではないだろうけど、意外と社交的なところもあるとは思う」
「この調子なら闇のマナの件も難なく協力してくれるかもしれませんね?」
「う~ん。どうだろ? 逆に『最初からそれが目的だったのね』って逆鱗に触れそうでまだまだ闇マナ集めの件は言えそうにないかな。もう少し外堀を埋めてからにするよ」
もうすっかりおなじみとなったネネツの森の通学路をルリィさんと近況を話しながら並んで歩く。
そこにはもうハーフエルフとか異世界人とか全く関係のない一友人としての気負わないありのままの僕らの姿がそこにはあった。
「その方がいいかもしれませんね」
「あーあ、ライサさんも僕たちと一緒に授業受ければいいのに。そうすればもっともっと距離感が縮むと思うんだけどなぁ」
「焦っても必ずしもいい結果にはなりませんよ。気長にやっていきましょう?」
そう言って微笑むルリィさんはそう、まるで女神のようだ。
そんな話をしているうちにネネツの森の出口までやって来た。
僕はいつものようにポケットからルリィさんお手製のヘリウの実の飴を取り出し、ひとつ口の中に頬り込んだ。
【…んん。あーあー。よし!】
今日もバッチリ。
【おかげで今日も学院に行けるよ。いつもありがとうね、ルリィさん】
「そんな改まってお礼なんてしないでください。私はただお役に立てれば満足ですから」
そんなルリィさんの笑顔を見ていたら「今日もがんばるぞ」って気にさせられるから不思議だ。
そして僕らはいつものように学院へと向かった。
――――――――――
【おはよう、セレーナさん】
「おはようチャコさん、ルリィさん」
教室ではすでにセレーナさんが自分の席に座り何かを書いていた。
【あれ? 宿題ってあったっけ?】
と、それっぽく言ってみたが、読み書きがままならない僕は一応どの教科も課題宿題は免除されている(そんな僕のことを一体クラスの人たちはどのように思っているのかはとても気になるところではあるけど…)。
「これ? これは今度私の働いてる食堂で新しいレシピを作ろうって話になってて、それで従業員全員で一人ひとつアイデアを持ち寄ることになったから…、」
【そのひとつを目下考え中っと?】
「ううん。もう6つくらい候補は出来てるんだけど…、」
「6つも⁉」【6つ⁉】
僕もルリィさんもぴったり声をハモらせてしまった。
【ひとつで良いところを6つも作ったの⁉ すごいやる気だね?】
「ほとんど私の故郷の郷土料理かそのアレンジ版だけどね」
【いや、それでもすごいよ。店長も大喜びだ】
「もしセレーナさんのレシピが採用されたら今度お店に食べに行ってもいいですか?」
普段からあまり積極的に人の会話の輪に加わろうとしないルリィさんの前向きな姿勢に僕は少し驚いた。
「もちろん! それならいっそのこと今日の放課後、うちのお店に来ない?」
セレーナさんの提案に僕とルリィさんは思わず顔を見合わせ…、
「ぜひ」【うん! 行きたい】
と、即答した。
――――――――――
放課後に楽しみがあるというだけでひとつひとつの授業がとても長く感じる。
あぁ、この感じどれくらいぶりだろうか…って、僕には日本に帰るという壮大な目標があるのに本当に呑気なもんだと、自分のことながら呆れ返ってしまう。
でも仕方がない。だってこの世界に来て早1か月くらい、生きるのに必死すぎて物事を楽しもうなんて気になかなかなれなかった。
きっとここに来て日本帰還計画の要であるライサさんと少しお近づきになれたことで心にゆとりが生まれてきたのかもしれない(あっ! ライサさんといえば今日の勉強会、断りの連絡しておかないと)。
なので今日はご褒美ご褒美、そう自分に言い聞かせ、言い包めた。
――――――――――
そんなこんなで何かと落ち着かない一日だったが、ようやく本日の授業の終わりを告げる鐘の音が学院中に響き渡った。
【さーて、じゃぁさっそく行くとしましょうかね】
「もー、チャコさん、焦り過ぎ」
そう言いながらも楽し気に帰宅の用意をするセレーナさんだったのだが…、
「ちょっとよろしくて?」
そんな僕のところに我がクラスのカースト頂点の存在であるエスティさんがやってきた。
エスティさんの登場に今まで談笑混じりで帰り支度をしていたルリィさんとセレーナさんはその場に立ち上がり、少し顔をこわばらせながらエスティさんを迎え入れた。
「な、何か御用でしょうかエスティアーナ様」
「いいえ、あなたに…確かあなたはセレーナさんでしたっけ?」
「はい。セレーナです。『セレーナ・ストラスト』です」
「今はあなたに用はありませんの。用があるのはチャコだけですわ」
僕? もしかして先日あげた美術の教科書関連のことだろうか?
それにしても同じクラスなのにクラスメイトを『様付け』って。違和感しかないなぁ(まぁエスティさんは誰もが知る名家のご令嬢さんらしいから仕方がないのかな)。
【私ですか? なんでしょう?】
「この前いただいたあなたの世界の美術書、とっても素晴らしくて毎日拝見していますの」
【それは良かったです。差し上げた甲斐があります】
「それであの本の翻訳をお願いできないかしら? もちろん謝礼は致しますわ」
【私は、その、この世界の文字の読み書きがほとんど出来なくて、文字での翻訳は出来ないんですが…】
「そこは安心していいですわ。あなたが言葉で翻訳したことを私がノートに書き写す、そういうスタイルで翻訳をしようと思っていますの」
なるほど。それならどうにかなりそうだ。本の内容も主に「眺めて」学ぶ教科書だから文字数もだいぶ少ないし、そんなに時間のかかることじゃない。
【わかりました。そういうことでしたらお引き受けします】
僕の返事を聞いて嬉しそうに顔をほころばせるエスティさんは普段のリンとした印象とは違い、幼かわいく見えた。
「でしたらさっそく作業に取り掛かりましょう。場所はこの間と同じカフェで…」
今日? それはまずい。ちゃんと断らないと。
【あー、すみません。今日はこれからルリィさんとセレーナさんと予定が入っていまして、翻訳の作業はまた後日でいいですか?】
僕の言葉を聞いて幼かわいかった表情からみるみると変化し、冷たいレーザービームのような眼差しが僕のことを貫いた。それと同時に僕の隣にいたルリィさんとセレーナさんが小声で何かを必死に訴えてきたのだが、よく聞き取れなかった。
「あなた何をおっしゃっていますの? 私との予定よりもその子たちの予定の方を優先しますの?」
【はい。そうですけど】
僕のひと言が教室の時間を一瞬止まった。
【…あれ?】
周りを見渡せばルリィさんとセレーナさん以外のクラスメイトたちの僕を見る目が異質なものを見る冷たい表情をしていた。
「あなた…なぜ私をないがしろにして…そのハーフエルフと
エスティさんの声が明らかに先ほどより低いトーンだ。まるで犬が威嚇のため唸っているようだ。
【いや、だってエスティさんのお誘いよりも前に二人とは約束してましたから】
そして僕のそのひと言がトリガーになったのか…、
「『仲良くしてくれ』と頼んできたから気にかけてあげていますのにその態度…、いいでしょう。 チャコ、あなたに《
【…へ?】
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