第17話 勉強会 (後)
【いるって? まだ魔王って生きているんですか? しかも…】
ライサリアさんのなかで?
にわかには信じられない。
だって以前ルリィさんから聞いた話では魔王はもういないと話していた。
ルリィさんが僕に嘘をついた…いやいや、そっちの方が信じられない。だとしたらルリィさんの認識が間違っているということになるけど…。
「そう。私たち
【すぴらんた?】
するとライサリアさんの顔つきに魂が抜かれたように表情がなくなったかと思ったら今度は悔しそうに奥歯を強く噛みしめた。
「今日はもうおしまい。帰って」
【え…と】
「帰って!」
【はひぃ!】
すごい剣幕で声をあげるライサリアさんに気圧され、逃げるように僕は図書館をあとにした。
――――――――――
【どうしたんだろう?】
僕、何か気に障るようなこと言っちゃったのかな?
う~ん。
図書館を出たものの、あまりの後味の悪さにそこから先の正門へと向かう足取りがやたら重かった。
すると、
「チャーコさーん!」
聞きなじみのある声に呼び止められて振り返るとこちらに向かって小走りしてくるセレーナさんの姿があった。
【セレーナさん…】
「姿が見えたから声かけちゃった。今から帰るの? それなら一緒に帰らない?」
うぅ~。ついさっき「帰って」と言われた人間に対して向けられるこの笑顔は五臓六腑に染み渡るなぁ。
【うん。帰ろう】
衝動的に返事をしてしまったけれど、本当にこれで良かったのだろうか?
脳裏に「帰って!」と言われた際のライサリアさんの顔が思い浮び、このまま帰ることに躊躇を覚えた。
けれどここで図書館に引き返しても一体僕に何ができるというのだ? 結局ただイラつかせるだけではじゃないか。
結局僕は何の答えも出せないまま正門を抜け、セレーナさんとアビシュリの街中へと向かった。
【セレーナさんは今日仕事じゃなかったの?】
「うん、お休み。だから今日は学院で課外活動をしてたんだ」
それは初耳だ。普段のセレーナさんの言動から勝手に「仕事こそ生きる道」タイプの人間かと思っていたのだが、ちゃんと学生生活も謳歌しているようだ。
【課外活動って、セレーナさんって何か部活みたいなことしてたの?】
「一応『服飾部』っていうのに所属してるんだけど、所属しているって言うと大げさに聞こえちゃうけど部員は私ひとりだけだからけっこう気楽なものだよ。興味があればチャコさん今度見学だけでもしてみない?」
【私なんて全然全然! 雑巾だって縫ったことないんだよ? 服飾部ってことはやっぱり服とか作ったりするんでしょ? 才能ないって私】
「大丈夫! 私が鍛えてあげる!」
普段あまり感じることの出来ない熱量を放出するセレーナさんだったが放課後はどうしてもライサリアさんとの時間に当てたいのでお断りをしたい。
けれど期待に満ち満ちた目で見てくるセレーナさんを見ているとどうにも断りにくいなぁ…。
【い、今はまだ学院生活に慣れるので精一杯だから、もう少し心にゆとりが出てきたら見学だけでもさせてもらおうかな】
…結局断り切れなかった(って言うかあんなつぶらな瞳で見られたら誰だって断れないって!)。
「うん! ぜひ来て! 実はアビシュリの人たちってとってもオシャレだから服飾の勉強するにはとっても良い所なんだよ」
確かに。この街を行き交う人の格好は本当に様々で、服飾に携わる者でなくてもただ眺めているだけで楽しいとは思う。
いつか叶うならセレーナさんを日本の原宿に連れて行ってあげて、度肝を抜かせてみたいものだけど、セレーナさんのことだから行ったらきっと失神しちゃうだろうな…。
【勉強家だねセレーナさん】
「そんなことないよ。ただ興味があるだけ。あっ! そうだチャコさん! 良ければなんだけど、前にチャコさんが着てたあの黒い服、もう一度見せてくれないかな?」
【くろい…あぁ、学ランのこと?】
「がくらん?」
【私が住んでいた世界の学生が着る服の名称なんだけど、そんなので良ければ今度学院に持ってくるよ】
まぁ、男子学生限定なんだけどね…。
「えぇー、いいのー! ありがとうチャコさん!」
この流れならと、僕は気になっていたあのことについてセレーナさんに訊ねてみることにした。
【あの、セレーナさん。僕からもお願いがあるんだけどいいかな?】
「うん。なに?」
【
「一体どういう脈絡でそんなことを?」と言わんばかりに困惑した表情を浮かべるセレーナさん。
その表情から察するに僕は相当に話の腰を折ってことは容易に理解できた。けれどセレーナさんはそんなKYな僕の質問にも嫌な顔ひとつせずに答えてくれた。
「
【世界⁉ どんだけ飛ばしたの⁉】
「ね。たぶんそれだけ魔王の力がすごかったってことなんだと思う。それで不運にもその魔王のマナに取り憑かれた人は髪が黒く染まって、自身の魔法属性も強制的に『闇』になっちゃうんだって」
だからみんな僕の黒髪見たとき驚いたり、嫌な顔をしてたのか…。
【でも魔王は何のためにそんなことを?】
「たぶん生き残るため? 『自分のマナを持つ者がいる限り俺は死なん!』的な感じだったんじゃないかな?」
【…生き残る】
セレーナさんの「生き残る」という単語を聞いて僕は先ほどライサリアさんの言っていた「いるわよまだ。ここにね」の言葉が思い浮かんだ。
【だから…】
一を聞いて十を知るではないが、どうして先ほどライサリアさんが態度を急変させたのかなんとなく理解ができた。
僕は答え合わせのように自分の思うところをセレーナさんにぶつけてみた。
【その無数に散った
「…うん、背負っちゃってる。チャコさん、ライサリアさんのこと知ってたんだ?」
【知ってるってほど、知ってはいないんだけど】
「なら私と同じだ。学院内にでは何度も見かけることはあるけど教室ではほとんどあったことはないんだ」
そうだと思った。だって僕が今まで感じた限りこの世界の人たちの多様性への理解がとても低いと思う。
…ハーフエルフへの認識しろ
…家柄の違いへの認識しろ
…そして僕のような黒髪への認識しろ
だからライサリアさんは教室に来れないんだ。
だからライサリアさんはあの時あんな表情を僕に見せたんだ。
【…あの、セレーナさん】
ライサリアさんの気持ちなんて僕みたいな平和ボケの塊みたいな人間にはきっといくら頑張っても理解は出来ないだろう。
でもそんな平和ボケの塊の僕だからこそかけられる言葉があるんじゃないだろうか?
アビシュリのメインストリートである商店通りの中ごろに差し掛かった辺りで僕は歩みを止めた。
「どうかした?」
隣を歩いていたセレーナさん不思議そうに尋ねてきた。
【やっぱり先に帰ってもらえる?】
「別に私はいいけど、突然どうしたの?」
【学院に忘れ物しちゃったみたいで】
「それなら私も一緒に行こうか? どうせ今日は仕事休みだし」
【ひとりで大丈夫。せっかく仕事休みなんだからこんなことに時間をとられるなんてもったいないよ】
「う、うん。でも私のことなら…」
【いーからいーから。じゃぁまた明日】
そう言って僕は半ば無理やり話を終わらせ、一人踵を返して学校へと戻った。
――――――――――
向かうはもちろん図書館。
帰れと言われて戻ってきたらもしかしたらライサリアさんはものすごく嫌な顔をするかもしれない。もしくは怒られるかも…。
でも…きっとライサリアさんは魔王のマナとやらのせいでずっと孤独を味わわされていたんだと思ったら居ても立っても居られなかった。
打算な考えがなかったかと言えば噓になる。日本に帰るためにどうしてもライサリアさんの力が必要だから仲良くしなきゃって。
でもそれ以前に一人の女の子がある日突然降りかかってきて魔王のマナとやらのせいで村八分扱いされるなんて僕には放っておけない。
みんなライサリアさんの本質をちゃんと見てあげていない。
ライサリアさんは見ず知らずの人にいきなり「トイレを流して」と言われても「勉強教えて」と言われても何だかんだで引き受けてしまうような面倒見の良い子なんだ。
それにルリィさんもセレーナさんもそうだ。
みんな良い人なのにどうしてみんな彼女たちの本質を見てあげないんだろう?
だから僕は伝えるんだ。ちゃんと。
変に盛り上がってしまった熱を保ったまま図書館に乗り込んでしまったせいでライサリアさんがいる地下の部屋の扉をつい『バン!』と強く開いてしまったものだから部屋の中でまたも長机にもたれて眠っていたライサリアさんを勢いよく起こしてしまった。
「な、なに?」
【ライサリアさん!】
僕はライサリアさんに近づいていく。
「あなた、まだ帰ってなかったの?」
そしてライサリアさんのすぐ隣まで来て僕は宣言した。
【私にとってライサリアさんは先生ですから】
「はい?」
そりゃ、そんなこと言われれば困惑した表情になるのは分かっていた。
でも気持ちが先導して言葉を選んであげられなかった。
【他の人は知りません! でも僕にとってライサリアさんは恩人で、読み書きの先生で…それ以外は、それ以外の何者でもないですから】
「は?」
【本音を言えばお友達になりたいですけど、とにかくあなたは僕にとってなくてはならない人ですから、それだけは覚えていてください】
よし! はっきりと言えた。
これで伝わってくれたらうれしい。僕がライサリアさんの敵じゃないってことが…ってあれ?
「………」
まさかのチベットスナギツネ顔⁉
やっぱり唐突過ぎだったかな? それとも何の脈絡もなさ過ぎたかな…。
僕の血の気がドンドンと引いていく気がした。
「…あなたソッチ人なの? だったらごめんなさい。私まったくもってノーマルっていうか、恋だの愛だの全然興味ないから」
……………。
やっぱり思いだけじゃ何にも伝わらないか…。
これじゃぁ、違った意味で警戒されちゃう…。
【ぼ…、私だってノーマルですよ!】
あれ? でも今のこの状況のノーマルって男性のことは…いやいや、それこそ僕はノーマルだ!
うん。とりあえず今はこの話は置いておこう。
【いや、そうじゃなくて私が言いたかったのは私はライサリアさんの…】
ライサリアさんの?
ライサリアさんの何て言えばいいんだろう? 敵じゃないよ? 理解者になりたい?
う~ん。どれもあやしげな言葉に聞こえちゃうかな。だったらこの場合何て言えばいいんだろうか?
数秒の間を空いても僕は続く言葉を出せず、その間も空虚な時間が過ぎていく。
するとしびれを切らしたのか呆れ顔のライサリアさんがポツリと、
「ライサ」
【え?】
「だから私の呼び名。ライサでいいって言ってるの」
【…ライサ】
そういえば先日もエスティさんとこんな会話したなぁ。
もしかしたらこの世界の人って愛称で呼ばれたがる人が多いのかもしれない。
今度ルリィさんも『ルー』とかあだ名で呼んでみようかな…、そんなことを考えていたらふとルリィさんが困惑する顔が浮かび、つい頬がほころんでしまった。
「何よ?」
ほのかに顔を赤く染めるライ…サさん。
これは日本でいうところの「デレた」というものなのだろうか?
そんな表情を見せてくれたライサリアさんに対して僕は感じたことのないこそばゆさを感じた。
【なら私もチャコで大丈夫ですよ。ライサせんせい】
そして僕はライサさんに右手を差し出した。
出された右手を最初はきょとんと眺めていたライサさんだったが、その行為の意味を理解した彼女は少し照れながらもそれに応えるように差し伸べ、しっかりと握手をしてくれた。
が、すぐに悪戯っぽく笑みをこぼしながら、
「で、次に会う時までにアテラ文字を覚えてくるようにって言ってたけど、ちゃんと覚えてきたの?」
…どうやらライサ先生はスパルタのようだ。
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