Episode277 第三者から見る竹野原 祥子とは

 ギョッとする『姉』二人の内、麗花が戸惑った様子で祥子ちゃんに訳を尋ねる。


「どうなさいましたの!? 花蓮にイジメられましたの!?」

「何で私が悪いみたいに言うんですか!? 冤罪です!」

「ち、ちがっ……。わた、私が悪いんです……っ!」


 グスッと鼻をすすりながら、たどたどしくもその心の内を彼女は明かした。


「会室で、皆さんとお仕事をさせてっ……頂いて。でも、いつまで経っても自分に自信が持てなくて。『風組』の中で、他の三人にはすごいところいっぱいあるのに、私には一つもなくて……。やるのも遅いし、ミスもしてしまうし、そんななのに周りからはキラキラした目で見られて。全然、全然そんな目で見られるような働きもしていないのにっ。てきっ、適性役職で書記にって言われて、私、ちゃんと自分ができる気がしないんです……っ」


 最初に話してくれた時にはなかった、【香桜華会】であるが故の生徒から向けられる憧れと羨望の視線も、彼女にとっては重いプレッシャーになっていたらしい。

 祥子ちゃんはそう言うが彼女にだってちゃんと良いところはあるのに、それが自分では見えなくなって悪循環に陥ってしまっている。


 同学年である美羽ちゃんが眉を下げて、祥子ちゃんと向き合う。


「何でそんなこと言うの? 私、祥子ちゃんのことすごいって思ってるよ? 意見言うのもちゃんとした理由があるし、仕事が遅いって言うか、それは丁寧にやっているからでしょう?」

「でも、ミスいっぱいしてるもの」

「いっぱいって、えぇー……。そんなこと言ったら私だって同じくらい見落としある…………ほ、本当はない方がいいし、気を付けてはいるけど!」


 斜め前と隣に私と麗花がいることを思い出したらしく、途中ハッとして取り繕う美羽ちゃん。

 うん、見落としやらミスやらがあって当たり前みたいなこと言うと、麗花に怒られるからね?


 ネガティブを抱えている本人がここまで口にしたので、私も仕方なしにこうなった経緯を白状する。


「補佐に向かう途中で心配事を言われたものですから、他に何か不安なことはありますかと聞いたんです。そうしたらそんな発言が彼女の口から飛び出したものですから、これは補佐に入るどころではないと思いまして。竹野原さんと話をするべくまずは広報課に、本日は作業に入れない旨を伝えに行ったのです」


 そこまで話すと、麗花は何の感情も面に表すことなく祥子ちゃんを見つめた。


「それで、貴女はどうなさりたいの?」

「え……」

「自信がないと言われましても、そんなの私達にはどうすることもできなくてよ。それは貴女自身の問題ですもの。今まで貴女なりに頑張ってきて、それでも駄目だと思ったのでしょう? 話を聞く限りだと原因は貴女のその考え方以外にないのですから、自分がそうだと思っている以上は外野がとやかく言っても無駄ですわ」

「っ」


 机の下でギュウッとスカートを強く握りしめている祥子ちゃんの手が、震えている。あと自分が言われた訳でもないのに美羽ちゃんの顔色も悪く、こんな重苦しい空気の中では私も下手に口を出せない。

 麗花の言うことも分かるが、今回は祥子ちゃんに対して、ズバッと言い過ぎな気が……。


「……このメンバーで過ごして、もう半年以上は経ちますわね。香桜祭が終われば三年生はそう日を待たずして、修学旅行に旅立ちますわ。その間【香桜華会】を運営していくのは、貴女たち『風組』ですのよ。私達『花組』も去年通った道ですわ。そこから十二月……冬期休暇に入る前日に『花組』の任期が終了するのは、理解しておりますわね?」


 今は九月。この香桜祭が過ぎれば後の【香桜華会】が関わる大きな行事は、クリスマスミサのみとなる。

 そして――――


「会長の葵と副会長の撫子は高等部に進むので会って相談なども可能ですが、私とここにいる花蓮はそのまま学院を卒業しますから、在学中はもう会うこともできなくなりますのよ」

「えっ!?」


 声を上げて驚きを露わに振り向いたのは、美羽ちゃん。

 祥子ちゃんも目を見開いて固まってしまっている。


「そうなんです。私も麗花さんも高校受験しますので」

「貴女を指名した『姉』も適性役職の『姉』も、貴女を置いてここから去りますわ。そこから頼れることができて協力してくれるのは周りにいる『風組』ですが、一番は祥子。貴女自身がこれまでの貴女を信じて自分を頼らなければ、どうにもなりませんわ。私もこれまで貴女と『姉妹』として接してきて、祥子ならばこれからもちゃんと【香桜華会】の一員としてやっていけると、そう判断しておりましたの。ですから正直…………この時期に自信がなくてできる気がしないなどと聞かされて、ガッカリしましたわ」


 麗花は椿お姉様のように自分にも他者にも厳しく真っ直ぐにものを言うが、祥子ちゃんを『姉』として指導する時は、そんな物言いを抑えていた印象がある。

 麗花の言葉がプレッシャーとなって自信がなくなってという悪循環が以前にあり、そこから彼女も色々考えて祥子ちゃんと向き合ってきたのだろう。


 相手のことを考えて麗花がそういった“自分”を曲げたのは、私が知る限りでも多分、祥子ちゃんが初めてなんじゃないだろうか?


「氷室さん」

「は、はいっ」

「貴女も先程同じくらい見落としがあると仰っておりましたが、貴女自身はどうですの?」


 急に矛先を向けられた美羽ちゃんは緊張でガッチガチになりながらも、ちゃんと自身の考えを述べた。


「わ、私はその、逆にミスなんてない!って思いながら取り組んでいます。ミスがあるんじゃないかって不安になりながらやると作業スピードも落ちますし、それこそミスをする原因になるのではないかと。葵お姉様からも、『誰だってミスくらいするじゃん。いっつも完璧で完全無欠の超人とか、どこの宇宙人だよって話なんだけど。だから落ち込んでウジウジするよりも、ミスがあっても次こそは!って、前向きに取り組む方がアタシは断然良いと思うけどな』って、そう仰って下さりました。だから前向き前向き!って思って集中して……その、時々ミスもあったりで……なんです」


 きくっちー。美羽ちゃんが一直線なところがあって、それに集中するとあんまり周りが見えていないことがあるっていうの、それ貴女の教えによるものだったよ。

 麗花の問いにそう答えた彼女は次いで、正面にいる同期へと顔を向けた。


「だから頼まれたら一つのことに集中しちゃう私と違って、色々なことを同時に頼まれても順序立てて丁寧にやってる祥子ちゃんのこと、すごいなって思ってるの。私には絶対に真似できないことだから。……祥子ちゃんの話聞いて思ったんだけど、多分、頑張り過ぎなんじゃないかなって思うよ。心愛ちゃんを比較対象にしちゃ色々な意味でダメだけど、でも心愛ちゃんの次に色々やってるのって、祥子ちゃんなんだよ?」

「え……?」

「気付いてなかった? 優先順位つけて作業しているからちゃんと締め切りまでには間に合っているし、間に合っているから遅いって言わないし。それに祥子ちゃんのミスって大体誤字脱字くらいで、私のミスなんてよく見ないと分からないし、すぐに気が付かない変なミスばっ…………気、気を付けてはいるんです!」

「ミスに小さいも大きいもありませんわよ」

「はい……」


 隣と斜め前から刺さる視線に気付いて再び取り繕うも、今回ばかりは麗花も注意した。

 うーん、所々に散見される彼女の口の滑らせぶりはきくっちーの影響だろうか?


 しかしながら美羽ちゃんが祥子ちゃんに言ったことは私も感じていたことだったので、援護射撃する形で私も口を開く。


「麗花さんの言う通りミスはミスですが、竹野原さん。それでも貴女のミスはそれだけで全体が狂うような大きなものなど一つもありませんでしたし、たくさんの仕事を頼まれても焦らず一つずつ丁寧に終わらせていくことは、貴女の強みだと私は思います。波もなく安定して仕事をして下さる竹野原さんだからこそ、私達『花組』も貴女に頼むことが多かったのですよ」


 姫川少女は頼まずとも先にやって一を五にして返してくるので、直接となると祥子ちゃんになるのだ。

 青葉ちゃんもないことはなかったが、彼女は自分の仕事と同時に同期二人のミスチェックもしていたので、こちらが頼み辛かったという理由がある。

 まあそのミスチェックが恐怖政治によるものだとは、思ってもみなかったが。


「私の強み……」


 ポツリと呟く声音には、まだどこか不安が滲んでいる。


「祥子。イースターの時、私が貴女に言った言葉を覚えておりますかしら?」


 イースターと言うと、恐らく聖歌練習の時のことだろう。緊張して音程を外して注意され悪循環に陥り、私が助っ人して一時的に改善した。


「お、覚えています」

「そうですの。あの時、私は貴女に伝えましたわ。『貴女には貴女だけの魅力がある。貴女の魅力に惹かれて、だからこそ私の「妹」になってほしいと打診したのだ』と」

「……はい」


 キュ、と眉を下げる祥子ちゃん。彼女の顔は辛そうに歪んでいて、きっとまた麗花の期待に応えられなかったと自分を責めている――――けれど。

 進む道を示されても、本当にそこへ進んでも良いのかと。そんな絶賛迷子中の『妹』の手を掴むのは、一度置いて行ってもやっぱり心配して彼女の元に引き返してきた、『姉』であったのだ。


「私が貴女を『妹』に指名したのは下見の期間中、私が見る中で、貴女が一番香桜生として成長している生徒だと思ったからですわ」

「え」

「貴女、入学前の合格者オリエンテーションの時に泣いていたでしょう。ご家族と離れる寮生活が不安だと言って」

「えっ!?」


 いま飛び出た驚きの「えっ」は私である。

 祥子ちゃんがいて、それで入学前の合格者オリエンテーションの時って言うと……。


「あっ。もしかしてきくっ……菊池さんが肩をバシバシ叩いて、フォローしていたあの時の!?」

「何ですの。貴女いま思い出しましたの?」


 だって私は少し離れた場所にいたもん!

 それに対応したきくっちーも、祥子ちゃんがメンバーになっても何も言っていなかったし。


「それはまあ一先ず置いておいて。見掛ける度にあの時不安で泣いていた子が、香桜生としてちゃんと頑張っていると、そう思っておりましたの。それに指名する決め手となったのは、ご自分から私に話し掛けてきたことですわ」

「えっ、あのたった一回ですか?」


 思わずと言ったように声を上げた祥子ちゃんだが、私も麗花と似たようなものなので、それがどれほどすごいことなのかがよく分かる。

 国内でその家名を轟かせる超高位家格のご令嬢且つ、入学試験どころか一年単位の成績も常にトップ。


 球技大会では毎年活躍の中心となるし(私も中心になってはいる)、しかも西洋人形の如しハッキリとした顔立ちの小顔美少女(私は薄幸系)。プラス【香桜華会】のメンバー。

 同級生でも半年くらいは悪目立ちのアレだったのに下級生ともなれば、そりゃ話し掛ける敷居は高すぎるなんてもんじゃないだろう。


「麗花さんに何て話し掛けたんですか?」

「……えっと、忘れ物を届けに行って、それで」

「正確には私のではなく、葵のですわ」

「菊池さんの?」


 頷き、その時のことを話す麗花。


「特別教室への移動で、丁度葵のクラスの後に使用するのが祥子のクラスだったそうですの。偶然にも机の中にあった忘れ物に葵の名前が記入されていて、届けに来ておりましたわ。そして憧れの葵に緊張して話し掛ける勇気が出ずにいたところを偶然そこに私が通り掛かって、そこで話し掛けられましたの。『私から直接お渡しする勇気が出ないので、お手数お掛けしますが、先輩の忘れ物をお願いさせて頂いてもよろしいでしょうか!』という感じで」

「普通逆じゃないですか?」

「でしょう? だから私もびっくりしましたわ。葵の方が私よりも話し掛けやすいと思いますのに、私に言ってくるのですもの。まあ後ほど、緊張する対象は人それぞれだとは思いましたけど」


 ん? と言うことは……。


「竹野原さんって、元々菊池会長のファンだったんですか?」

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