Episode276 広報課補佐・書記組の問題
久し振りに中等部先代【香桜華会】が一堂に会し、不思議の解明やら『姉』による『妹』自慢大会やらという怒涛の休日を過ごしてからの週明け、今代【香桜華会】の香実補佐を遂に開始する。
私は時期書記となった麗花の『妹』である竹野原 祥子ちゃんと一緒に、去年はポッポお姉様と向かった小教室Bに続く廊下を歩いていた。
「パンフレットとかポスターはもう製作済みですので、あとは校舎入口に設置する案内パネルの製作だけなんです。私達はパネルの下書きや塗りのお手伝いをするんですよ」
「あの、花蓮お姉様。先日怒号が飛び交っていたって仰られていたと思うのですけど、やっぱりスピードとか求められますよね……?」
不安そうな顔をしてそう尋ねてくる祥子ちゃん。
メモを取ってから順序立てて行動に移す祥子ちゃんからしてみれば、そんな怒号が飛び交うような現場に入るだなんて、不安要素しかないのだろう。
「確かに準備の日数上を思えば早く仕上げることも大事なことですが、そこに丁寧さが失われてはいけません。早さも丁寧さも両方兼ね備えていればもちろん良いのですが、状況によってはそれが変わることもあります。それに初めて入る現場の上、先輩しかいない場では緊張もするでしょう。それは皆さんちゃんと解ってくれておりますから、まずは周囲の様子を見て、手が足りていなさそうなところを確認してから作業に入りましょうね」
だから緊張せず気負わず気楽にいこうね~ってことを言いたかったのに、祥子ちゃんの顔の強張りは取れず、「わ、分かりました」と未だ声も固い。
……う~ん、中々に難しい。
「他に何か不安なことってありますか?」
今度は私がそう問えば、祥子ちゃんはチラリと上目遣いに私を見て、自分の制服のスカートを軽く握った。
「……私、どうしても他の皆と自分を比べちゃうんです」
「比べる、ですか」
「はい。会室でも皆ちゃんとテキパキこなしていて、一番遅いのは私です。一番遅いのに青葉ちゃんがミスを見つけてくれた時には、何やってるんだろう私って落ち込んだりもして。ミスがないようにメモを取って混乱しないように順序を決めてやっているのに、ミスしてたら意味ないじゃないって思うんです。美羽ちゃんもミスしちゃう時があるけど、私みたいにすぐ見て分かるようなミスじゃないんです。心愛ちゃんだってすぐに理解して、お姉様たちに言われるよりも先にやって終わらせているし。だから適性役職のお話が出た時にもしかしたら私、【香桜華会】をクビにされるんじゃないかって、そう思っていたんです……」
ヤバい。祥子ちゃんめっちゃネガティブ思考抱えてたんですけど。
え、あれ、麗花さん? 貴女の『妹』そんな感じらしいんですけど、これはどういうことですか??
「まず訂正しておきますが、【香桜華会】には余程の事情……例えばそのせいで精神的に狂って発狂したとかじゃない限り、途中脱退みたいな規則はありませんからね?」
「あ……。そう、ですか」
「待って。待って下さい。何でそんな残念そうな顔をしているんですか。……ええっと、ちょっとそこの教室でお話ししましょう! 面談です面談!!」
これはちょっと放っておいたらダメなやつだと思い、目についた無人の教室に祥子ちゃんを引っ張り込んで座らせ、戸惑っている彼女に告げる。
「すぐに戻りますから、ここで待っていて下さい」
「広報課の補佐は…」
「それは明日からにしましょうね! ちょっと広報課に話をつけて来ますから、ちゃんと動かずにここで待っているんですよ!」
そう言い放った私は廊下を走っ……てはいけないので、競歩の如くせかせかと足早に足を動かして目と鼻の先にある、あとちょっとの距離まで来ていた小教室Bの扉をノックした。
そこは去年のように暗幕カーテンも引かれていなかったし怒号もなく、皆静かに作業をしている。
ノック音に反応して顔を上げた生徒の中には、何故か美術部エース兼、進級して部長に就任した阪木さんがいた。彼女は去年私と同じクラスで、去年のこの時期に聖母・百合宮像の製作の指揮を執っていた中心人物でもある。
去年と違って鍵が掛かっていなかったので普通に入室でき、作業をしている生徒たちと挨拶を交わしながら、阪木さんの元へと向かった。
「なぜ部長の阪木さんが広報課にいらっしゃるのですか? 美術部も準備に色々と大変なのでは?」
「はい! ですが私がずっと部室にいては皆私頼りになって、個人の感性やオリジナリティを表現する美術部員の成長が見込めなくなりますから。香桜祭での部の指示は副部長に一任し、私はたまに顔を出して士気を高める程度に参加することを決めているのです。私自身の作品も既に完成しておりますし。それに……」
「それに?」
「今までの香桜祭のために作成されたパンフレットやチラシの完成度には、納得のいくデザインがあまりにも少な過ぎましたわ。香桜祭実行委員会に立候補できるのは三年生からだと知って以来、ようやく納得のいくものが作れるのだと、遂に今年で手を挙げることが叶いましたの……!」
そう言って瞳をメラメラと熱く燃やしている阪木さんは、手に持っていた筆を水入りバケツの中に突っ込んだ。
そしてその瞬間、今まで喋らず黙々と作業をしていた広報課の生徒全員の顔がパネルから上がってこちらを向いたのにビクリとする。
「――全員、ご自身の担当色は置けましたか?」
「「「はい」」」
「よろしいですわ。それではまた、時計回りによろしくどうぞ」
「「「はい」」」
阪木さんの指示に従いパネルを一つ前に渡して、同じように受け取る生徒たち。
よく見ればそれぞれのパレットに出されている絵の具は赤は赤、黄色は黄色と一人一色のみで、何とも綺麗なものだった。
「この動きは……?」
「デザインはただ単に、時間を掛ければ良いものが出来上がるという訳ではございません。直観とセンス、見る者へとその意味と目的を一目で伝え、表現するのがデザインというものですわ。ですが、案内パネルは言うなればただの地図です。デザインする必要もない地図に時間を掛けるなど、愚の骨頂! 予め全員でパネルに下書きをして、色番号を振るところが昨日までの作業となります。見る者の視線が迷子にならないよう全体的に纏まりある配色とし、各自の担当色を定めることで、一々個人で色を作るという無駄な時間ロスを無くしましたの」
早く仕上げることと丁寧さが大事だとさっき祥子ちゃんに言ったが、それを完璧に体現して、中等部広報課を纏め上げている有能な人物がここにいた。
ちなみに阪木さんは去年の冬にあった学生限定のポスターコンペ・中学生部門で、今年の春に最優秀賞を獲得している。
阪木さんの持つ肩書が美術部部長とコンクール入選の常連という実績を誇るエースなので、誰もが彼女の指示に従えば良いのだと考えることを放棄し、思考が無になったに違いない。
高等部から応援に来て下さっている先輩補佐二名でさえ、女王
「あの。私達(今は一人だけど)は、この現場に必要でしょうか……?」
どう考えても要らないと思いながら尋ねると、けれど彼女はパッと顔を輝かせて。
「もちろんですわ! 皆の憧れである百合宮さまがこの場にいらして下さるだけで、作業をする私たちの士気も高まるというもの! お二方には椅子に座ってぜひ作業をご覧に……あら? 時期書記さまのお姿がないようですが」
自然災害防止のための処置ではないにも関わらず、何故か椅子に座って見てろと言われてしまったが、ここにいない『妹』のことに触れられたため、やっとこさその件について話をすることに。
「すみません、そのことなのですが。補佐に入る初日で大変申し訳ないのですが、こちら側に少々ありまして。なので明日からまたお願いしますと伝えに来たのです」
「そうだったのですね。でしたらこちらは大丈夫ですわ。百合宮さまの手を煩わせることなく最後までしっかりと努めますので、どうぞ他のことをご優先なさって下さい」
「……はい。ありがとうございます……」
恐らくそんな気は阪木さんには微塵もないだろうが、暗に戦力外通告を受けた広報課補佐二名。
女王蟻が作ったコロニーには、外部から派遣された働き蟻の力は必要ないそうです。
一応こちら都合としては助かるものの何だか釈然としない気持ちで小教室Bを出て、祥子ちゃんを待たせている教室へと戻り始める。
彼女の抱えているネガティブやら明日からの補佐どうしようなど、現在発生している二つの問題を抱えて扉に手を掛け開けると――――祥子ちゃんじゃない声が私に向けて発せられた。
「すぐ戻るということでしたのに、遅かったですわね」
えっ、と疑問に思って教室の中を見ると、何とそこにいたのは。
「麗花……と、氷室さん? え、二人が何でいるんですか?」
祥子ちゃんと向かい合うようにして座っている二人に驚けば、『妹』二人は困った顔をする。
麗花は腕を組み、難しそうに眉を寄せて私に告げてきた。
「会室に戻る途中、祥子がここに一人でいるのを見つけましたの。機材管理課は装飾課と発注数の打ち合わせをして、【香桜華会】でもその照らし合わせと全体的な算出を行わなければなりませんから、私達は一足先に抜けさせて頂きましたわ。それで祥子に聞いても黙ったままですから、貴女に聞こうと思って待っていた次第ですの。聞いた話ではすぐに戻るということでしたので」
「あー……そう、だったのですか」
何てタイミングだろうかと、私は正直困ってしまった。
適性役職決め会議の時に麗花が祥子ちゃんのことを認めて褒めていたのを聞いているから、その祥子ちゃんがものすごいネガティブを抱えていることを彼女が知って、ショックを受けはしないかと。
だってそれを聞いた私だって、そんなまさかと思ったのだ。できれば私だけで何とか解決したいが……。
やはり自身の指名した直接の『妹』のことであるからか、怪しい雰囲気を感じ取っているらしく麗花に退く気はないようである。
本来であれば私が祥子ちゃんの真正面に座って面談する予定だったが既に取られているため、祥子ちゃんの隣に座って麗花の真正面が私の位置となった。
「それで、これはどういうことですの? 今日は二人で広報課の補佐に入る予定でしたわよね? 何故祥子は一人でこの教室に?」
「えっとですね……。それにはですね、ちょっとした深い訳がありましてですね」
「何ですのちょっとした深い訳って。日本語がおかしくてよ」
この場の切り抜け方がすぐに浮かばずモゴモゴ言っていたら、即座に切って捨てられる。
あーっ! もう本当どうする!? だって多分私だから話してくれたのであって、言おうと思ったら麗花にちゃんと悩みを打ち明けている筈だもん!
そんなことを思いながらグルグル悩んで、麗花からジトリと送られる視線に耐えていると。
「祥子ちゃん? ど、どうしたのっ!?」
そんな美羽ちゃんの焦る声がしたので隣を向けば――――ポロポロと静かに涙を溢している、祥子ちゃんの姿がそこにあった。
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