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 棺の中には若い女の死体がある。この女を絹子という。

 葬式には彼女の親戚や友人など多くの人が集まり、それだけのたくさんの花が手向たむけられていた。生前、彼女は明るく優しい性格で誰からも好かれており、機知にんだ人物であったため多くの信頼があったのだ。もちろんすすり泣く声は聞こえるが、葬式であるにも関わらず、どこか和やかである様子は彼女がいかに人望があった人間かを表していた。彼女の知人たちは大きな悲しみを感じていたが、生前の彼女がそれを望まないだろうと、喪失感を心の内に留めて、平静へいせいを装っていたのだ。

 だが、絹子の両親だけはちがった。

 悲劇的な死に向き合うことができなかった理由は喪失感だけではない。

 理由は絹子の死体そのものである。絹子の死体には、美しく雄大な蝶や花などの奇妙な文様の火傷跡が全身に描かれていたのだ。その火傷跡を見たものは、誰しもが病的に漠然とした大きな不安に取り憑かれていた。死体を見た両親はこのことを話し合うまでもなく、誰にも言ってはならないと心に誓ったのである。

 この火傷がどのようにしてできたのか、ましてや、彼女が何らかの事件、事故に巻き込まれて死んでしまったのか、それすらも不明であった。ただ一つ、検視によって明らかになっていることは彼女の死因は心臓麻痺であることだ。彼女は寮の自室で手紙を握りしめ、死んでいた。

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