針のむしろ
約束の時間になり、大学からすぐ側の格安の居酒屋に入る。
月曜日ということもあり、それほど混雑しているわけではないが、一定数の客は入っているらしく、店全体がガヤガヤとした喧騒に包まれている。
これくらいうるさいほうが今日の話はしやすそうだな。
騒がしいのはそれほど好きではない梨樹人だったが、この場に限っては周囲の騒音に感謝し、店員さんに案内された席につく。
「とりあえず、飲むものとつまむものでも頼みましょうか」
「そうね。私はこの生搾りレモンチューハイにしようかしら」
「いいですね。僕はとりあえずビールにしときます。食べ物はどうしますか?」
「このあたりのスピードメニューでいいんじゃないかしら」
「おけです」
おしぼりを持ってきてくれた店員さんに、飲み物といくつかの食べ物をオーダーする。
いくつも言葉を交わすまでもないくらい凄まじいスピードで飲み物といくつかの料理が提供される。
「まずは乾杯しますか」
「そうね」
「はい、では、今日もお疲れさまです。乾杯です」
「はい、お疲れ様」
グラスを下げてグラスを軽くぶつける。
梨樹人の方は中ジョッキをゴキュゴキュとあおり、がほとんど空になっている。
のどが渇いていたというのもあるが、シラフで今日の話をするのがきつそうだったので、さっさと酔ってしまうことにしたわけだ。
対して詩は返事も乾杯の音頭もやたらとテンションが低いように思える。
しかも、運ばれてきた半切りのレモンをスクイーザーにかけたかと思うと、何か恨みでもあるかのように力いっぱい絞り込んでいる。
これは原因はわからないけど、すごく機嫌悪いってことはわかるな......。
これ以上怒らせないように話し方には気をつけよう......。
「さて神夏磯くん。結局金曜日から起こったこと(・・・・・・・・・・・)、正直に説明してくれるかしら?」
......ん?なんか良い方が引っ掛かるな。
気のせいかな?
どう話し始めたものか逡巡していると、話が切り出した。
「まずは、そうね。神夏磯くん、あなた、金曜日の夜であの子に会うのは最後にするって言ってたわよね?ヨリを戻すことはないって」
「え、えぇ、そうでしたね......」
「それで?」
「はい......なんて言ったら良いかわかんないんですけど......結論から言えば、最後にはできませんでした......」
「えぇ、そうね」
ん?そうね?知ってたの!?
どゆこと?
表情も声色も少しも変えないまま「それで?」と続きを催促する詩に気圧される形で話を進める。
「なんか色々ありまして、ヨリを戻すことになっちゃいまして」
「ふーん」
「えっと、そんな感じですかね」
対面に座る詩は何を言うでもなく梨樹人を睨む。
そして、ジョッキのチューハイを一気飲みしたかと思うと、店員さんを呼んで生搾りグレープフルーツチューハイを注文する。
同時に自分も2杯目のビールを注文する。
これまた凄まじいスピードで提供されたグレープフルーツを力いっぱい絞り込む。
これをプレーンのチューハイに流し込んで、ゴキュゴキュと飲み干す。
凄い勢いだな......。
ただただ感心しながら見ていると、詩がいつにない荒れた声で問い詰めてくる。
「あなた!その子のこと、怒ってるんじゃなかったの!?ムカついてるっていってたじゃない!それなのに......」
「え、えっと......」
「なんとか言いなさいよ!」
なんでこんなに怒ってるんだ!?俺のためを思って浮気したやつとヨリを戻すのを止めようとしてくれているのか!?
急に大きな声を出す詩の姿に圧倒されて焦る梨樹人を更に詰める。
「だいたい、あなたはガードが甘すぎるのよ!優しすぎるの!そんなんだからすぐに付け入られるのよ!」
詩はいよいよ目に涙を浮かべて、説教モードに入っている。
声は大きいといっても、店の中の喧騒に紛れる程度、ガヤガヤとした店内ではそれほど気にならない程度のようだ。
「い、いやいや、これには色々事情がありまして」
「言い訳を聞きたいわけじゃないの!」
「い、言い訳なんてわけじゃないんですけど......」
「またその子のこと好きになったの?」
少し声のボリュームを落として、潤んだ上目使いで問うてくる。
「う、うーん、どうなんでしょう。
まだ昔のことを許せない気持ちはあるんですけど、付き合うなら大事にしないといけないんだろうな、っていう。
なんていうか義務感?みたいなものが先行しているって感じでしょうか」
今の正直な気持ちを吐露して、2杯目のビールに口をつける。
「ふぅん、そうなのね。そんな精神状態で抱いたんだ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で発せられた突然のブッコミに、ゴフっ!とビールを吹き出してしまう。
「な、なんですか!?え、そんな話してませんよね!?」
「あ、えっと......そう、カマをかけたのよ。やっぱりシてたのね」
「あー、ですね。ヤっちゃったみたいです......」
「フケツ」
ぅおぉぉ......冬城さんにそういわれると結構ダメージあるな。
けど、実際不誠実な対応だし、そう思われても仕方ないよな......。
「でも、最初はあなたの意思でシたわけじゃないのでしょ?」
「え!?えぇまぁ、そう......ですね。というか、よくわかりましたね」
「......別に。あの日、あなたは嫌がっていたように見えたから、そう思っただけよ」
視線を反らして、何か言い訳しているようにも見えなくはない。
ただ、実際その通りのことを言い当てられているし、梨樹人自身の方がちゃんと言い訳しておかないと今後の詩との関係がギクシャクしてしまっては研究室に居づらくなってしまう。
「ちゃんと、あの日なにがあったのか、あなたの口から、説明してもらえるかしら」
そう促されて、実際にあったことを順を追って説明した。
金曜日の晩に飲みに行ってから、帰ろうとしたところで柚津の家で飲み直すことになったこと。
それを最後にすると伝えていたこと。
薬を盛られたこと。
寝てる間にヤられてたこと。
その責任を取らないといけないと思っていること。
土日にあった情事については、あえて話さなかった。
話している間、詩は手を痛めるんじゃないかと思うほど拳を握り込み唇を噛んでいたが、止めることはなかった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜というわけで、流石にこの状況だと責任とらなきゃいけないな、と思いまして、付き合うことにしました。というのが成り行きですかね」
話し終わって一呼吸おいた頃、久々に詩が口を開いて問いかける。
「それだけなの?」
「えっと、なにがですかね?」
「この土曜日と日曜日は、何をしていたのかしら」
ドキッとした。
本当に見透かされているようだ。
寝ている間に強制されただけじゃなかったこと。
意識がある内に、こんな中途半端な気持ちのまま、柚津と関係を持ったこと。
そこで怒ったことだけじゃなく、梨樹人自身の気持ちの中身まで見透かされたようで、背筋に冷たい汗が流れる。
「えっと......ゆっくりしてた、って感じですかね......?」
嘘はついていない。
ゆっくりはしていた。柚津とベッドの上だったけど......。
「神夏磯くん、ゆっくりはしてたのでしょうけど、私はそういうことを聞いているんじゃないのよ?」
真顔で詰められる。
「誰と、どこで、どういう風に、何をしていたのかを、説明してもらえるかしら」
その後、圧に逆らえず、土日にしていたことを赤裸々に話す羽目になった。
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