未来の女神がようやく出現
柚津にフられた高校3年生の夏以降、梨樹人はそれまでより一層部活と勉強に精を出した。
絶望的な気持ちがそういうことへのバネになるってよくあるよな。
二度と会うことはなくても「俺を捨てた柚津を見返してやりたい」だとか、「彼女もいないなら、漢としてなにか胸を晴れる成果を残したい」だとか、「なにかに没頭して全部意識の外側に追いやりたい」だとか。そういうごちゃごちゃとした気持ちが努力のバネの弾性エネルギーに変換される感じだ。
振られた日、浮気の事実が分かる前に「また相談にのる」だとか言っていたが、あれから柚津と連絡をとることはなかった。
柚津からは、2週間に1度程度「最近どう?」とか「相談があるんだけど」とかふざけた連絡が来ていたが、これを無視してメッセージを開くことなく削除していた。
ブロックして送られなくすることもできるのにそうしなかった。
理由は、柚津は送れないとわかったらもう送ってこなくなるだろうから、あえて送信はできるようにしておいて、それを無視するほうがダメージを与えられるかも、という全く漢らしくない情けなくアホな理由だった。
ただそれだけじゃなかった。浮気されて裏切られて悔しさで溢れているにも関わらず、ココロのどこかでは、柚津から連絡がくることに嬉しくなる気持ちもあった。
そう感じている自分にも腹が立って、そのフラストレーションもエネルギーに変えて目の前のことに熱中した。
その結果、部活の水泳は夏休みの後半、全国高校総体で地区大会を突破して関東大会に進むことができた。
全国に進むことはできず悔しさも残りはしたが、それでも努力した結果がタイムとして表れる競技はイイ。
成果が形として得られたことに、ひとまず満足していた。
そして、大学受験。梨樹人は振られてから、もともと志望していた大学より1つランクを上げた国立大学を目指していた。夏休み前の段階では、かなりキツいレベルだったが、夏休みの猛勉強と、総体以降〜冬にかけては部活もなくなり勉強に専念したおかげで、センター試験前の模試では、なんとか合格圏に食い込むことができていた。
試験本番では、センター試験は予定していたより低い点数となってしまい落ち込んでもいたが、センター試験よりも2次試験の得点配当が大きかったおかげで無事に志望していた大学の体育学科に入学することができていた。
ここまでが高校生の間の出来事だ。
大学入学後、学部1年から3年の間は、勉強とスポーツサークル、その他いくつかのインカレサークルに所属した。
何人か女性とお付き合いさせていただくこともあったが、そのどれも付き合いだして3ヶ月以内に振られて終わりという結果だった。
理由はいつも「付き合う前はもっとクールなタイプだと思ってたのに、優しいばかりでドキドキしない」というもの。
柚津に振られた理由が「構ってくれない・気持ちを汲んでくれない」といったものだったため、その反省から彼女にはベタベタに甘く接するようにしていた。
大学生になっても中二病を継続している梨樹人は、彼女以外には相変わらずある程度クールなキャラを装っていたため、付き合い出した途端に甘々になり、想像とのギャップが梨樹人をガッカリ彼氏にさせていたというわけだ。
今は大学3年の秋。
この大学では3年生の後期から研究室に配属される。
梨樹人はある程度成績を維持できていたこともあり、希望していたスポーツ心理学を専門にする研究室に配属されていた。
ある程度競技スポーツに関わってきた中でココロの重要性を認識するようになったことと、数名の女性に振られてメンタルにダメージを受けるたびに気持ちを安定させようとする自分の行動が、スポーツにおけるメンタルトレーニングや心理の形成におぼろげな共通点を覚えさせようだ。
ただ、興味があるからといって最初からうまく研究が進められるというわけではない。
いまはどんな研究テーマを設定していくかを勉強しながら検討しており、絶賛行き詰まり中という状況だ。
この研究室にはコアタイム制度があり、平日は12時〜17時は研究室にでてきて研究に関することに取り組むことになっている。
研究室でウンウンと先行研究を調べながら研究テーマを考えていると背後から声をかけられる。
「やぁ、神夏磯くん。何かやりたいテーマとかキーワードは見つかったかい?」
吉田 月人(よしだ つきひと)教授。梨樹人が所属する研究室の主宰者だ。
研究業績で注目を集めていることに加えて非常に穏やかな性格で、研究室の所属学生への気遣いの手厚さでもよく知られている。
そんな先生なので、梨樹人が唸っているところを見て状況を察したらしい。
「あぁ先生、おつかれさまです。いやぁ、それが全然うまく見つからなくて...。どれも面白そうなんですけど、なにを基準に選べば良いのかがわからなくて...」
梨樹人はあくまで「スポーツ心理学」という分野に興味があるというくらいで、具体的に研究テーマとして設定できるほどの詳細に立ち入った飛び抜けた興味を定められているわけではなかった。
「まぁまだテーマを考え始めて1ヶ月ですもんねぇ。そもそも、すぐに決まるようなものではないです、焦らずじっくりいきましょう」
「ありがとうございます。そうですね。でもどこから考え始めたらいいでしょう...」
「そうですねぇ。論文をたくさん読むのもよいですが、例えば自分の経験からスポーツをするときに重要な心理学的な機微を考えてみるとか、先輩のお話を聞いてみるとかはどうでしょう?」
「なるほど」
確かにこれまでは先行研究を調べて、まだやられてないことは何かばかりを考えていて自分の経験はあまり振り返っては来なかったし、先輩との会話も日常会話くらいで、研究の話はあんまりしてこなかったな。
今年度、研究室には6人の学生がいる。
3回生は梨樹人を含めて2人、1つ上の4回生が2人、修士1年と2年がそれぞれ1人ずつ、そして社会人博士が1人。
社会人博士は仕事もあるためコアタイムに研究室にいることは少ないが、それ以外のメンツは割と仲がいい。
だから誰に話を伺っても構わないわけだ。
ただ、研究の話なら特に聞きやすい相手がいる。
この研究室には、特定の先輩を特定の後輩の担当者として割り当てて面倒を見るメンター制度がある。
梨樹人のメンターは4回生である先輩の女性、冬城 詩(ふゆき うた)だった。
せっかくこの制度があるのだから、わざわざ別の人に聞きに行く必要はない、というか他に先に聞きに行くなんて不義理とまで言えるだろう。
そう考えてすぐに少し離れたデスクで作業している冬城のもとへ向かう。
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