27. 君はウィロックの話を聴かない
沿島は白澤を押すようにして強引にエレベーターへ乗り込んだ。三階に着くのを待つ間、白澤は奥の壁にもたれかかり、冷たい声で沿島に釘を刺した。
「おまえがわたしになにを期待しているか知らないが、以前にも言ってあるとおり、ここに取り込まれた者が戻ってきた例はない。それがなぜかといえば、金鏡会の信徒であることの明確なデメリットが存在しないからだ。例えば寄付だの布施だのと称して信徒から金銭を巻き上げるなどといった実態は金鏡会にはない。ケシの件についても、G.G.H研究会が勝手に行ったことで金鏡会とは関係がないと言われればそれまでだ。いずれにせよ金鏡会を罪に問うことはできず、従って信徒に棄教を促すことも無理な話だ」
その言葉に沿島が何か応えようとしたとき、ちょうどエレベーターは止まった。かくついた動作で扉が開く。ふたりは無言で廊下を歩いていき、複数の話し声が漏れ聞こえる奥の部屋へと踏み入った。
部屋の中央には美麗な女と白ずくめの男が立っていた。彼らは白澤と沿島を見た途端に明らかな動揺の色を浮かべ、互いに目を見合わせたが、すぐに平然とした表情を取り戻す。
「今日は客の多い日だね、ミイア」
「そうね、ウィロック」
ふたりはわずかにそう言葉を交わした。そののち、ウィロックと呼ばれた男が白澤たちのほうへ歩み寄り、ようこそ、と言って握手を求めるように右手を差し出す。白澤はそれを無視して口を開いた。
「G.G.H研究会がケシの栽培をしていたことは知っているか?」
沿島にはウィロックの頰がかすかにひきつったように見えた。改めて見渡した室内は薄暗く、壁際に岡宮姉妹がいることはわかるが、その表情までは窺えない。同様に、部屋の奥の派手な椅子に座った長髪の男の顔もはっきりとはわからない。
ウィロックは宙に浮いたままになっていた右手を芝居がかった仕草で引っ込め、腕を組んで「どういうことだろうか」と言った。その口元はにこやかだ。白澤はいかにも面倒そうに顔をしかめる。
「まさかケシを栽培することの意味がわからないわけではないだろう。おまえたち金鏡会の手下であるG.G.H研究会が違法行為を働いていたことをおまえは把握していたのかと訊いている」
白澤がそう言い終わるより早く、ウィロックは「手下などという低俗な言葉を使わないでくれるか」と険しい声を出した。凄みはあるが、白澤に通用するものではない。
「話を逸らすんじゃない。わたしは質問をしている。答えろ」
「……G.G.H研究会のことは、信頼のおける家族に一任している」
「それは前島慶治のことだな?」
「ジーク・チェマだ」
「勘弁してくれ。ふざけたことに付き合っている暇はないんだ。今を何時だと思っている? とっくに日付は変わっているんだぞ。わたしは今日も授業なんだ」
個人的な事情をもとにして喧嘩腰になる白澤に、そんなことを言ったところで相手には関係ないだろうと沿島は思う。思うだけだ。白澤はさらに詰問でもするかのような口調で言う。
「それで、なんだ。一任しているというのは、自分にはなんの責任もないという意味か?」
「そんなことは言っていない。ただ、我々の知るところにはなかったと——」
「あずかり知らぬところで行われたことの責任なんぞ負えないと言いたいんだな」
ウィロックは苦渋の表情をしたものの、振り絞るように「ああ、そのとおりだ」と言いかけた。そのときだった。
「やめるんだ、ウィロック」
静かながら確かな声がそれを遮った。
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