22. 夜の東口
同時刻、宮ヶ沼駅東口。昼間には多くの人が集う待ち合わせスポットである『奏でる人』の像の前で、ひかるは電話をかけていた。
「——もしもし、沿島くん。久保です。遅くにごめんね。この留守電を聞いたら折り返してほしいんだけど……」
そこに歩み寄る人影がひとつ。気配を感じたひかるがそちらを振り向くと、立っていたのは髭面の大男——ジークだった。
「残念ですが、沿島創は、あなたがたのところへはもう帰らないでしょう」
「きみは、昨日の……」
ひかるは顔色を変える。
「……どういうことだ。沿島くんになにをした?」
ジークはその言葉に答えない。ちらりと周囲を見渡すと、どうやらG.G.H研究会の人間が通行人やら何やらを装ってあちこちに身を潜め、こちらの動向を注視しているらしい。ジークはひかるをじっと見下ろし、ふとこう言った。
「人は死んだらどこへ行くのでしょうね?」
いぶかしげに眉をひそめ、ひかるは答える。
「そんなことに答えがあるなら、ぼくはこんなに何年も哲学科にいたりなんかしないな」
ジークは相変わらず能面のような表情を崩さない。機械と会話しているようだ、とひかるは思った。彼の返答など意に介さず、質問は続く。
「では、あなた自身はどこへ行きたいですか? あるいは、あなたの愛する人にはどこへ行ってほしいと考えますか? 我々はなにも明確な答えを欲しているわけではありません。ただ、信じているだけです。我々や我々の愛する人々が辿りつく場所では、朽ちることのない樹木が並び、声を枯らすことのない鳥が鳴き、空は永遠の晴天であるべきだと」
その声は奇妙な迫力を孕んでいる。ひかるは片手に持ったままのスマホを握りしめた。
「……なにを言ってるの?」
「あの月が見えますか」
ジークは大仰な手振りで空を示してみせる。
「月はいつでも我々を優しく見守っています。月光はいつでも我々を優しく包んでいます。我々がみな、あの月のように愛を抱くことができたなら、どれほど世界は美しくなるでしょうか。……簡単なことです。あなたがた哲学徒は、単純な物事を過剰に考えすぎるきらいがある」
「そうかな。むしろその逆で、哲学者は浅はかなものだとはぼくの先生の言だけどね。ぼくもまったくそうだと思うな。きみの言うことのすべてがぼくにはさっぱりだ」
「ええ。元より、あなたに我々を理解することができるなどとは思っていない」
「失敬だな、きみ」
ひかるは頭を掻き、「まあいいや」と言った。
「きみたちに崇高な理念があるのはわかったよ。そんなことより、沿島くんはどこにいる?」
「我々の『家』に。……あなたにも理解できるように言うなら、金鏡会の本部にいますよ」
「金鏡会の本部に……?」
おうむ返しにそうつぶやくひかるへ、ジークは初めて慈悲深さすら感じさせる笑みを向けた。
「ええ。……ああ、でも……」
わざとらしく首を振り、彼は駅舎を仰ぎ見る。つられて、ひかるもそちらへ視線を送った。
「ちょうど今、最終電車が発車したようですね」
ジークの大きな手がプラットホームの方角を指していた。胡乱な話を聞かされたのは時間を稼ぐためか、とひかるは黙ってため息をつく。タクシー乗り場のほうを振り向いてみるが、真夜中とは思えないほどの行列ができていた。ジークはずっと笑顔のままだ。
「なにか言いたいことでもあるのですか」
「……きみさ、よく慇懃無礼って言われない?」
ジークはわずかに首をかしげた。
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