第174話 反省会

状況が飲み込めていないロゼさんを連れて湖まで戻ってくると、エドガードさんの靴だけが転がっていた。

靴から湖まで、何かを引きずった跡が付いている。

必要のなかった演出だ。


「エドガードさん、訓練は終わりです。出てきて下さい」

僕が呼ぶと、エドガードさんが森から現れる。

こんなに近くにいたとは気付かなかった。


「予定と違わないか?」

エドガードさんが聞いてくるが、これ以上やるとケルトさんが怪しげな薬を服用させられていたので仕方ない。


「これ以上は冗談では済まなくなりそうだったので中断しました。僕はロゼさんと話をするので、エドガードさん達はバーベキューの準備をお願いします」


「待ってました!」


「団長達も乾杯だけでも先にしませんか?」

エドガードさんが木のコップを持ってくる。


「……そうしようか。ロゼさんは何にしますか?エールと葡萄酒、蜂蜜酒なんかもありますよ。お酒以外もありますけど、どうしますか?」


「え?え?」

ロゼさんは今の状況に理解が追いついていない。


「まずは謝ります。想定していない事態になった時にロゼさんがどう指示を出すのか、試させてもらってました。さっきのミズチは作り物の偽物です。本物のミズチは前もって討伐済みです。ロゼさんとしては腑に落ちないかもしれませんが、ロゼさんが指揮官になるための訓練だったと割り切ってください」


「…………はい」

ロゼさんは理解し終わる前に返事だけした。


「聞きたいこともありますし、話は後で詳しくしますので、先に乾杯だけしましょうか。何を飲みますか?」


「……お酒はあまり得意ではないので……蜂蜜酒でお願いします」

一応空気を読んでお酒にしたのかな。


「ロゼさんに蜂蜜酒を」

ロゼさんのコップに蜂蜜酒を注いでもらい、自分のコップには果実のジュースを注ぐ。


「団長から一言お願いします」

エドガードさんから乾杯の挨拶を任される。


「第1騎士団には関係のない訓練に付き合ってもらってありがとうございます。私的な旅に付き合ってもらっているお礼も兼ねての慰労会なので、思う存分食べて、飲んで下さい。では、乾杯!」


「「「乾杯!!」」」

騎士達が酒を飲み始める。


「焼けたら適当に持ってきてもらってもいいですか?」

重たい話になり過ぎないように、ロゼさんとの話は食べながらにすることにする。


「美味しい所を持っていきます」

ケルトさんが返事をするけど、焼いているのは食用肉(★2)なので、どこを焼いても同じ味だと思われる。

違うとすれば、焼き方くらいだ。


「それじゃあ、今回の訓練の反省会を始めようか。まず初めに、今回ロゼさんを試すようなことをした理由から説明するけど、ロゼさんが指揮官に向いてないんじゃないかなって話していて思ったから、実際に指揮をする所を見させてもらった。通常のミズチが相手だと、指揮に関係なくエドガードさん1人が特攻しても楽々勝てるから、ロゼさんに指揮を任せている意味がなくなる。だから、ロゼさんには内緒で一芝居演じてもらったんだ。とりあえず、ここまではいいかな?」


「……はい」

指揮官に向いていないと言われて、ロゼさんはショックを受けている。


「全ては僕の主観による意見だし、今後ロゼさんが指揮官に任命されるかはアルマロスさんが決めることだとは思うけど、その上で僕が勝手に採点させてもらったよ」


「はい」

浮かない顔をしているということは、悪い点数を付けられたと思っているのだろうか。


「点数を言う前に、2つ質問させてね。まず、ロゼさん自身で今回の自分に点数を付けるなら何点を付けるか。それから、あれが訓練でなければエドガードさんは死んでたわけだけど、それに対してどう思っているのか」


「……30点です。私のせいで犠牲を出してしまったのだから、高い点数は付けられません。もっと早く撤退の指示を出すべきでした。それから、エドガードさんに死ぬように指示を出したのは私です。私が殺したのと変わりません。私が一生背負っていくことだと覚悟して指示しました」

ロゼさんが答える。

自己評価が思ったよりも低かったことは、とりあえず今はいいだろう。


「そっか。それじゃあ、僕の採点結果を伝えるね。今回の指揮に関しては70点かな。まだ見習い騎士で教育中だということを考えれば100点でもいいと思う」

動揺しながらではあったけど、要所要所の指示を、出さないといけないところでは問題なく出せていた。

心配とは裏腹に、エドガードさんを見捨てる決断も出来、高い点数を付けるのは妥当だろう。

まあ、こういうのは何が正解というわけでもないので、例えば委員長であればもっと良い指示を出したかもしれないが、少なくとも悪くはなかった。


「……本当ですか?」


「嘘は言ってないよ。点数の詳細だけど、減点方式と考えて、まず咄嗟の判断が出来ていなかったね。1秒が生死を分ける瞬間もあるだろうから、もう少し早く指示を出せたほうがいい。ただ、これは経験の積み重ねだと思うから、そこまで問題はないかな。一応マイナス5点」


「それは、私も日々思っているところです。普段から参謀には、自分ならどうするか考えながら物事を見るように言われていますが、私がその考えに至る前に、既に参謀が指示を出しています」

あれ?これはもしかして……。


「次に、さっきロゼさんがもっと早く撤退の指示を出せればと言った件についてマイナス5点。騎士達の実力を把握出来ているなら、あれよりも早い撤退のタイミングはなかった。なぜなら、わざとやられたフリをしただけで、あのくらいの相手にケルトさんは負けないから。だから、本当にもっと早く撤退の判断が出来たと思っているなら、指揮する相手の力量を正しく把握できてないってことで減点。失敗したという結果から言ってるなら、言い訳にしかならないから減点だね」


「おっしゃる通りです」


「最後に、今回のことが訓練だと見抜けなかったからマイナス20点」


「……はい」


「団長、それは流石に無茶なことを言ってないですか?あれが偽物だとわかる方が異常だ」

エドガードさんが焼けた肉を持ってきながら言う。


「ありがとう。エドガードさんはそういうけど、ヒントはあったからね。あれが偽物だと断言出来なくても疑うことくらいは出来る可能性はあった。今回の減点は委員長の後釜に座るという前提で採点しているからで、初めにロゼさんには言ったけど、騎士見習いとして採点するなら減点しないよ。ただ、委員長ならおかしいとは思ったはずだからね」


「団長はあの嬢ちゃんのことを随分と評価しているんですね。しかし、ヒントですか……。何かありましたか?」


「ロゼさんは、何か思い当たるところはあるかな?」


「今思えば、クオンさんがすぐに目を覚さない程の攻撃を受けたのに、目立った外傷がなかったことはおかしかったです」


「そうだね。後は、エドガードさんは振動魔法じゃなくて、風魔法で水面を揺らしていただけだからその違いを見抜くとか、細かい所だと演技だから色々とあると思うけど、委員長ならもっと根本的なところで違和感を覚えると思うんだよね」


「…………わかりません」

ロゼさんが考えるが、答えは出なかった。

エドガードさんも一緒に考えているが、わかってない様子だ。


「正解は、ロゼさんに指揮官を任せたこと。第1騎士団の団員でない者に自分の団員の命を預けるなんてことはありえない。ロゼさんの指示は団長である僕の指示と同義とすると言った時点でおかしい。それに、訓練でないなら不測の事態になった時点でその任は解いている。任せられるのはこれが訓練だからでしかない」


「……確かにその通りです」


「しかし、それは団長の命令は絶対だという騎士の規律に反するのではないですか?」

ロゼさんは認めるが、エドガードさんが反論する。


「エドガードさんが言っているのは、団長が白だと言えば、団員は黒いものでも白だと言うということですよね?」


「そうです。例え、明らかに黒いものでも団長が白だと言うなら白だと認識して行動します。そうすることで統率がとれます」


「その認識で合っていると僕も思います。しかし、指揮官だけは別だと僕は思ってます。指揮官というのは団長の頭脳の補佐役です。団長が直進だと言っても、右に曲がった方が有益なら、進言しないとその役目を果たしていません。進言した上で直進だと団長が言うなら、直進すればいいことです」


「理解しました」


「それから、異を唱えていなくても、ネタバラシをした時に疑っていた素振りがあれば減点してないので、今回の件は意味合いが少し異なります。ロゼさんは今回の採点に何か思うところはありますか?」


「ないです」


「それじゃあ反省会はここまでにして、今回こんなことをした本題に入ります」

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