第173話 訓練
当日、ロゼさんを指揮官にしてミズチ討伐に向かう。
行くのは僕とエドガードさんを含む第一騎士団3人、それから今回の主役であるロゼさんの5人だ。
騎士団とは関係ないヨツバとイロハ、それから前もって言っていた通り委員長は留守番してもらう。
留守番組とロゼさん以外は、ミズチが既に討伐されていることは知っているので、エドガードさん達には表向きはミズチ討伐だけど、実際には湖でバーベキューをしようと誘ってある。
第1騎士団には全く関係ないことをやらせるので、そのせめてものお礼だ。
見覚えのある道を進み続け、湖の近くに到着する。
向かいながら、ロゼさんからミズチ討伐の作戦は聞いている。
作戦自体は特に問題ない。
騎士達に何が出来て、何が不得意なのかも聞いていたし、作戦通りいかなかった場合の第二、第三案まで決めていた。
撤退する基準も明確にしていたので、ここまでで考えるなら、思っていたよりも優秀だ。
ロゼさん自身もやる気はあるみたいだし、やはり問題は精神面かな。
そこに関しては、僕が勝手に不安視しているだけだから、今回のことではっきりするだろう。
「では、これから指揮はロゼさんに任せます。何があっても僕は指示を出さないので、全て自分の判断で指示を出してください。皆さんは必ずロゼさんの指示を聞くように。これは団長命令です」
「「はっ!」」
失敗するのが決まっているミズチ討伐作戦が始まる。
「エドガードさん、作戦通り湖に振動魔法を掛けてください。ミズチを誘き出します」
まず、どうやって湖の中に潜むミズチを誘き出すかだけど、ロゼさんは僕が実際にやった方法を使った。
湖の生態系にも影響を及ぼすので、あまりいい方法ではないが、今のメンバーであれば最適解だろう。
今回はミズチはいないので、エドガードさんには振動させるフリをしてもらい、少ししてから幻影でつくったミズチに出てきてもらう。
ただし、ミズチのサイズを5倍程に大きくしておき、その横に通常サイズのミズチの幻影もつくっておく。
ギルドで目撃情報があったのは普通のミズチで、実はもう1匹巨大なヤツが潜んでいたという設定だ。
正直にいえば、サイズが5倍になったとしても、ここにいる騎士達が力を合わせれば難なく倒せるだろう。
しかし、今回は負けてもらう。
ロゼさんの方を見ると、情報と明らかに異なる相手に動揺の色が見える。
この時点で指示が出せないなら、精神力云々の前に、実力不足だ。
「作戦をプランCに変更します。エドガードさんが前衛、他は下がってエドガードさんの援護をお願いします。まずは小さいミズチから倒します」
ロゼさんが作戦を変更する指示を出す。
プランCは守りを重視した作戦だ。
元々のプランAが騎士2人でミズチと戦い、僕と残りの騎士で周りの警戒。
プランBが総攻撃。時間が限られる場合に陥った場合などの時の作戦だが、この作戦が使われる可能性は低い。
そして、今回のプランC。
実力的にもエドガードさんを前衛にしたのは無難な選択だろう。
実際にあの巨大なミズチが本物だったとしても、この布陣で勝てると思われる。
しかし、今回は勝てない。
騎士2人が巨大なミズチの気をひき、そのうちにエドガードさんが通常サイズのミズチを斬り伏せる。
「何か来ます。警戒態勢!」
斬り伏せたタイミングで、大きい方のミズチの口を光らせると、ロゼさんがそれに気付いて周りに大声を出す。
ドシュン!!
「足が動かない。助けてくれ」
そのまま、口からレーザーのように水を放つ演出をして、後衛に回った騎士のケルトには負傷してもらう。
負傷者が出たタイミングで、再度ミズチの口を光らせる。
「団長はケルトさんに治癒を」
ロゼさんが少しだけ迷うが指示を出す。
この状況で指示を出せるなら、指揮をする能力としては申し分ないな。
少し迷ったのも、経験を積めば問題なくなるだろう。
僕の要らぬ心配で、常に委員長が隣にいたからそういった返事があの時返ってきただけだったかな……。
そう思いながらも、僕はケルトさんのところに行き、攻撃を食らったフリをして倒れる。
これで負傷者が2名。
普通に考えて、このミズチは勝てないと判断するべきだ。
ケルトさんだけであれば、初撃に対応できなかったというだけという可能性もあるが、初撃を見ていた僕までやられた時点で、撤退するべきだ。
何か避けられなかったカラクリがあるのかもしれない。
そして、回復系の魔法が使えるのは僕しかいない。
全員助かるように逃げるには、僕とケルトさんを背負って逃げるしかない。
考えられる選択肢で1番の悪手は、ミズチの討伐を諦めないこと。
全員やられたら、この大きさのミズチがいることを伝える人間がいなくなる。
僕とケルトさん2人を背負って逃げるのも難しいかもしれない。
そんな行動をミズチが許してはくれないだろう。
少なくとも今回は阻止するので、その選択をすれば負傷者が増えるだけだ。
どうしても犠牲は出るだろう。
違うのは、誰が犠牲になるのかということだ。
「…………撤退します。エドガードさんは時間を稼いでください。その間にルイスさんはケルトさんを。私はクオンさんを担ぎます」
ロゼさんは迷って苦い顔をしながらも、エドガードさんを犠牲にする判断をした。
僕はロゼさんに引きずられる形で戦線を離脱する。
体格的に担ぐことは出来なかったようだ。
とりあえず、指揮能力としては問題ないかな。
犠牲は2人よりは1人のほうがいいし、エドガードさんが時間を稼いだ後、逃げれる可能性もある。
僕とケルトさんを助けずに逃げた場合は、動けない僕とケルトさんは確実に死ぬだろう。
ただし、これは数字の話であって、本来人の命を天秤に掛けている時点で褒められたことではない。
そして、失態をおかしていないエドガードさんが犠牲になるというのも理不尽な話だ。
「ここで待機して……エドガードさんがくるのを待ちます」
少し離れたところで、ロゼさんが止まる。
これは判断の分かれるところだと思うけど、負傷者が2人いて、森の中だということを考えれば最善とも言える。
「うぅ……」
しばらく気絶したフリをしていたが、ロゼさんが次の行動に移る様子はないので、とりあえず目を覚ますことにする。
「状況は?」
僕は周りを見て、湖から離れているのを確認した後、ロゼさんに聞く。
「エドガードさんをおとりにして、撤退しました。エドガードさんとミズチが戦っている音もしなくなりましたが、エドガードさんは現れません。ケルトさんの治癒をお願いします」
おとりか……。
「ヒール!」
言われたとおりケルトさんにヒールを掛ける。
「……ありがとうございます。俺が下手を打ったせいですみません。俺はエドガードを助けに行ってきます」
ケルトさんが前もって決めていたことを言って走り出そうとする。
「待って。不足の事態ではあるけど、今の指揮官はロゼさんだ。ロゼさんの指示に従うように」
ケルトさんに言って、ロゼさんの方を見る。
「……エドガードさんのことは諦めて、街に戻り、作戦を立て直します」
「今ならまだ助かるかもしれないけど、見捨てるってことでいいんだね?」
ロゼさんに確認する。
「はい」
「俺の失態のせいでエドガードだけが死ぬなんて納得出来ない。その命令は聞けない」
ケルトさんが命令を無視すると言い出す。
「止めて下さい」
ロゼさんに言われて、ルイスさんと2人でケルトさんを地面に押し倒して押さえつける。
「離せ!」
ケルトさんが叫ぶ。少し演技に熱が入り過ぎている気がする。
「恨むなら、私を恨んでください。エドガードさんに死ぬように命令したのは私です」
パン!パン!
「はい、そこまで」
ロゼさんがカバンから薬品を取り出したので、使わせる前に手を叩いて止める。
睡眠薬か麻痺薬だろうけど、使わせるとこの後が面倒だ。
「え……なんですか?」
「今までのは全て訓練です。湖に戻って反省会をしましょう」
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