第171話 教育

「では、まずロゼさんが実際に戦っている所を見せて下さい。すみませんが相手をお願いします」

馬を休ませる為の休憩時、僕は今回も同行してもらったエドガードさんに模擬戦の相手を頼む。


「お受け致します」


「ロゼさんは騎士見習いで、レベルもエドガードさんの方が明らかに高いです。すぐに終わってしまってはロゼさんの戦い方を見ることが出来ないので、エドガードさんは本気を出しすぎないようにお願いします」


「わかりました。それではよろしくお願いします」

ロゼさんとエドガードさんとで模擬戦をしてもらう。


ロゼさんは相手と距離を保とうとしているけど、それは叶わず、じわじわと距離を詰められていき、エドガードさんが剣をつき付けて終わる。


ロゼさんの問題点が少しわかった。


「次は僕が戦いますので、見ていて下さい。僕は弓を使えませんので魔法を使いますが、ロゼさんは弓を放っていると想定して見ててください。それから、戦い方の参考にはなるようにしますが、勝ち負けは気にしないで下さい。エドガードさんにはお手数掛けますが、説明しながらのゆっくりペースでの模擬戦をお願いします」


「わかりました」


エドガードさんと少し距離を取ってから模擬戦を開始する。


ドシン!ドシン!ドシン!

「まず、相手を牽制しつつ、自身の姿を隠します」

僕は石を飛ばしつつ、自分の目の前にストレージから岩を出して並べる。


「僕は岩を作りましたが、ロゼさんなら風魔法で土煙を起こすのがいいかもしれません。次は位置取りです。弓を使うなら、相手よりも高所にいた方が有利でしょう。近くに高台などが有れば、姿を隠している内に移動します。追い風を起こせば、早く移動することも出来ると思います。今回は移動せずに戦います。とりあえず、こちらが有利になるように地形を変えます」

僕はエドガードさんとの間に毒液の入ったビンをばら撒く。

今回は本物の毒ではなく、色を付けたただの水だ。


「相手が毒を吸い込めば、使う毒によってはこれで決着がつきます。吸い込まないように相手が下がればチャンスです。遠距離から攻撃を叩き込みます。この時、相手も遠距離攻撃が出来る可能性があることを忘れてはいけません」

僕は岩の上に鏡を置き、鏡越しに相手の位置を確認して、石を射出する瞬間だけ立ち上がり、攻撃して、またすぐにしゃがんで隠れる。


「エドガードさん、ありがとうございました。終わりにしましょう」

ここからは、エドガードさんとの腹の読み合いになるだけなので、ここで終わりにする。


「今回は、エドガードさんが無理に攻めて来なかったのでなんとかなってますが、毒も偽物ですし、あのままやっていたら僕が負けていたでしょう。ただ、解毒薬を用意しておき、即死するレベルの猛毒を使えば実戦なら勝てます。もちろん訓練なのでそんなことはしません」


「……ありがとうございました」

ロゼさんは唖然としたままお礼を言う。


「率直に僕の戦い方はどうでしたか?」


「えっと……独特でした」


「気を使わなくてもいいですよ。はっきり言って騎士らしくないでしょう?」


「は、……はい」


「ロゼさんの戦い方は真っ直ぐできれいでしたよ。ただ、あれだと格上には勝てません。格上相手に真っ向から戦って勝てる訳はありません。それで勝てたなら、相手は格上ではなかったということです。卑怯だと思われるようなやり方でも貪欲に勝利だけを追って戦って、やっと格上の相手には勝つことが出来ます。実力差を埋める材料は、事前に収集した情報であったり、道具などの前準備、作戦など色々あります」


「……それでは、私は普通にやって勝てるようにはならないということですか?」

ロゼさんは複雑そうな表情をしている。


「勝てるようにはなります。ただ、それは未来の話です。今この時、格上の相手には勝てないという話です。将来の話はこれからのロゼさんのがんばり次第です。それから、装備を見直すのも有りだと思います。同じ弓でも、もっと小型の物を使用するのはどうでしょうか?連射、速射性が優れると思います」


「この弓を使うのをやめるということですか?この弓には思い入れがあるので変えたくはありません。それに、使用する弓が変わると精度が下がってしまいます」


「……違います。弓を使い分けるんです。遥か先にいる相手を射抜く時は長弓。近くの相手を射抜くなら短弓です。可能ならもういくつか用意してもいいかもしれません」

ロゼさんは指揮官に向いていないのでは……?

なんで委員長はロゼさんを後釜にしたのだろうか。


「無理です。短弓は長弓とは別物すぎて扱えません」


「それでは、そこがロゼさんの限界ということです。エドガードさん然り、騎士団にはそういった無理と思えることを平然とやってのける人がゴロゴロいます。短弓を使えるようになる必要はないかも知れませんが、それならその代わりになる方法を考えないといけません。弓よりも早く風魔法を発動するとかです。初めに言うべきでしたが、僕に戦い方を教わるということはこういうことです。真っ当に強くなる道を進むなら、僕の言ったことは無視して、委員長にじっくりと教えてもらうのがいいと思います。その方が確実に、堅実に成長出来ます。第1騎士団の団員にも何回か教えたことはありますが、理解する人と理解出来ない人にきれいに別れました。泥臭くても勝ちを拾いにいく僕のやり方は、憧れて入団した騎士とは違うからです。勝つことだけが全てではないので、どちらが間違っているという話ではないので誤解はしないで下さい」


「皆、文句を言いつつも団長のことは認めています」

エドガードさんがフォローしてくれるけど、本当かな……。


「クオン君、少し厳しいんじゃない?」

委員長に言われるけど、そんなことはない……はずだ。


「そうかな?まあ、どこまで自分を追い込むかって話だから、やるかどうかはロゼさん次第だよ。短弓を使うとかっていうのはやり方の話だから置いておいて、指揮官として、勝ちに貪欲になるのは大事だと思うよ。他の騎士団との模擬戦はいいとしても、盗賊とか、魔物を相手にした時には、1人でも犠牲を少なく任務を遂行する力が求められると思うから、日頃からストイックに力を求めるのはいいんじゃないかな。自分の作戦が失敗して仲間が命を落とした時に、やれることがあったんじゃないかと後悔しないように」

結局はここだ。後悔しない為には、日頃から最善の行動を心掛けるしかない。

指揮官なんて、重圧が常にのしかかっている。

自分の判断で死ぬことになるのは、自分ではなく仲間なのだから。


僕が思うに、頭がキレる人が指揮官に向いているのではなく、取り返しのつかない失敗をしても立ち直れる精神を持っている人こそが指揮官に向いていると思う。

もちろん頭がキレないと指揮官は務まらないけど、頭がどれだけ良かろうと、それだけでは指揮官は続けられない。


ロゼさんにはその覚悟が足りないのではと、話していて思ってしまう。

だから、委員長から助言をもらうことになるのだろう。

そもそもが、入ったばかりの見習いに指揮官をやらせる時点でおかしいのだ。


委員長はロゼさんのスキル構成を考えて、次の参謀として育てようとしているのだと思う。

でも僕としては、他の参謀を見つけて、ロゼさんは参謀の補佐官にするのがいいんじゃないかなぁと思ってしまう。


後で委員長に話しておこうかな。

このままだと、いつまで経っても委員長を元の世界に帰すことが出来ない。

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