第126話 カルム商会

商業ギルドの椅子に座って待っていると、1人の恰幅の良い男が慌てて走ってきた。


「この度は誠に申し訳ありませんでした」

男は僕達の前で頭を下げる。

言い訳をするつもりはないようだ。

最初に謝る姿勢を見せられると怒る気が薄れてしまう。


「頭を上げてください」

男はずっと頭を下げ続けているので、とりあえず顔を上げてもらう。


「私共の教育不足で大変なご迷惑をお掛け致しました。こんなことで許されることではありませんが、今回のことでお客様が被った額をこちらで全てお支払い致します。また、スカルタへの馬車もご用意致します。もちろん乗り合い馬車のチケットを渡すのではなく、貸切の馬車をお客様のご都合に合わせて出発させます」

ここまでされると文句を言いにくいな。

僕が最終的に求める以上のことを言わなくてもやってくれるみたいだし、実際お金で解決出来ること以外のことをこの人が出来るわけでもない。

あの御者の首をここに持ってこいと言うつもりも流石にない。


「……まあ、そちらに謝罪するつもりがあるなら何も言うつもりはありません。スカルタに仲間が1人で向かってしまっているので、馬車は出来るだけ早く動かして下さい」

僕は許すことにする。

そもそも、この人に怒ったところで自分の中の鬱憤が解消されるだけだ。

責任者ではあるかもしれないけど、この人が僕を置き去りにしたわけではない。


「かしこまりました。本日でも動かすことが可能です。どうされますか?」

明日でも早いのに、今日でもいいと言われた。

乗り合い馬車だとスカルタ行きは3日に1回くらいなので、かなりロスなく出発出来るな。


「どうする?もう宿は部屋を取っちゃったかな?」


「どうだろうな」


「既に宿をお取りとのことでしたら、そちらの取り止め料もこちらでご負担致します。お客様のご都合だけをお考え下さい」


「……それじゃあ、準備が出来次第すぐに出発します」


「承知致しました。馬車は商業ギルドの前に既に準備させておりますので、準備が整いましたら御者にお声掛けください。私が信頼出来る者を待機させております」

これが出来る商人というやつだろうか。


「何から何まで助かります」


「いえ、元々はこちらの不手際によるものです。このくらいしか出来ず申し訳ない気持ちしかありません」

その後、実際に掛かった費用を聞かれ、無駄に掛かったお金よりも多くのお金を手渡された。

元々先払いしていた4人分のチケット代までもが戻ってきたからだ。

チケット代と言ってはいたけど、迷惑料ということだろう。


元々そんなことをするつもりはなかったけど、ここまでされるとこの商会の悪評を広げようなんて気持ちにはならなくなる。


「図々しいお願いを一つだけさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」

今までとはうってかわって頼みがあるという。


「なんでしょうか?」


「お客様を置き去りとした者ですが、どうか衛兵に突き出さないで頂きたいのです。衛兵に突き出せば罪に問われるでしょう。軽くはない罰が与えられます。しかし、今回のケースであればお客様が罪を問わなければ衛兵が動くことはありません。あんな者でも家族がいます。罰であれば私共の方で与えますので、どうかご容赦いただけないでしょうか?」


「……罰とはなんですか?」

既に怒る気持ちを失くしている僕は、衛兵に突き出すつもりなんてないけど、罰を与えると言われれば、その罰が気になるので聞くことにする。


「今回お客様にお支払いした費用に関しては全てあの者から頂くことに致します。今回の件につきましては、賊に襲われるという不運はあったものの、致し方ないとは言えない対応でした。己の失敗は己で拭う。これは商人の鉄則です。御者であったとしても、私共の商会に属する以上これは守っていただきます。守れないのであれば、私が責任を持って衛兵に引き渡します」

なるほど。商会として損はないようにしているんだな。

衛兵に引き渡されるくらいならお金を払うだろう。

だからこそこれだけの待遇が用意出来るのか。

さすが商人。やり方がセコいな。

嫌いではないけど……。


「……結構な費用になっていると思いますが大丈夫なんですか?」


「一気に全て払えと言うつもりはありません。私共の商会で働いている間は、生活に困らないように考慮した額を分割して頂きます」


「わかりました。そういうことであれば僕の方からあの人を罪に問うことはしません」


「ありがとうございます。それからこちらは商会からの謝礼になります。決して多くはありませんがお受け取りください」

男から袋を渡される。

中には大銀貨が1枚入っていた。

セコいと思ってしまったことが申し訳ないと思ってしまう。

いや、そこまで考えての話の順序だったのか?


「お受け取りします」

こんなにもらって悪いなぁと思いながらも、金欠の僕はありがたくもらうことにする。


「今後ともカルム商会をご贔屓に」

カルム商会…………どこかで聞いたような気がする。

どこだったかな。

最近だと思うんだけど、思い出せないな。


思い出せないまま、和解という形で話は終わる。


商業ギルドを出ると、言われていた通り馬車が止まっていた。


「お話は伺っております。準備が整いましたらお声掛けください」

今度の御者は信用出来そうなベテランぽい人だ。


「お願いします」


「俺達が乗ってたのはカルム商会の馬車だったんだな」

ヨツバを呼びに桜井君に付いて行っている途中で桜井君が言う。


「桜井君はカルム商会を知ってるの?僕はどっかで聞いたことがある気がしたんだけど、思い出せなくてね」


「俺も詳しいわけではないけど、最大手の商会みたいだな。安くて質の良い物から最高級品まで幅広く扱っているらしい。本部は王都にあるみたいだが、各地に支部があるらしい。さっきの人は魔法都市の責任者なんだろう」


「あー、だから聞いたことがあるのかな。なんだかそれだけじゃない気がするんだけど……。桜井君はなんでそんなこと知ってるの?」


「衛兵隊の装備類や回復薬とかの消耗品をカルム商会から買ってたんだ」


「そうなんだね」


「俺が魔法学院に行く前に、兵長が必要な物をどこで買えばいいか迷ったらカルム商会に行けと言っていたんだ。他の店に掘り出し物が眠っている可能性はもちろんあるが、カルム商会に行けば失敗はないって」


「思い出した。カルム商会をどこで聞いたのか」

僕はやっと思い出す。


「どこで聞いたんだ?」


「学院長から聞いたんだった。桜井君にも渡した仮面を買った店がカルム商会だったよ。あー、しまったな。僕が忘れてたせいでチャンスを逃した」

そうか、さっきの人がそうだったのか。


「急にどうしたんだよ?」


「いやね、あの仮面なんだけど、支部長が作ってるって店主の人が言ってたんだよ。魔導具を作れる人って稀みたいだから、会うことが出来れば作って欲しいものがあったのに、僕が忘れていたせいで頼むことが出来なかった。話を聞いてもらうには絶好のタイミングだったのに。店主には気軽に会えるような方ではないって断られたんだよね」


「この仮面って魔導具なのか?」

桜井君がカバンから仮面を取り出す。


「そうだよ。桜井君のは魔力の回復を早める効果があるよ。空気中の魔素を魔力に変換することで魔力が回復するらしいんだけど、それを仮面が助けてくれるみたいだね」


「そんな効果があるんだな。そんなものもらってよかったのか?」


「顔を隠すという意味でも必要になる物だから気にせずもらっていいよ。気になるならお金がある時に払ってくれればいいから」


「……いくらしたんだ?」


「大銀貨2枚だよ。本当はもっと高いんだけど、学院長の紹介ってことと、4つ買うってことで安くしてくれたんだよ。助かるね」


「……それは安いのか?」


「値下げ前の価格は大銀貨4枚だからね。破格だよ。魔法使いにとって魔力は生命線だからね。魔力の尽きた魔法使いとか村人と変わらないから。僕は魔力を回復する手段を持ってるけど、桜井君は自然に回復するのを待つしかないでしょ?大銀貨4枚だとしても迷わず買いだよ」


「そ、そうか」


「クオンのも同じなのか?」


「違うよ。僕のは闇属性を強化してくれる仮面だよ。本来は闇魔法の威力を上げてくれるんだけど、杖の効果も上げてくれるんだよ」

攻撃を当てた時に相手から吸い取るHPの量が増すのだ。


「そうなると立花さんに渡したやつも違う効果なんだな」


「そうだね。イロハの分も同じ効果の物を用意してあるけど、防護魔法を自動で展開してくれる仮面だね。あの仮面をヨツバが付けたから、あの子供とヨツバを2人きりに出来たんだよ。あの子供の攻撃くらいなら弾けるからね」


「色々と考えてるんだな」


「いつ狙われるかわからないし、準備出来る時にしておかないとね」


桜井君と雑談しながら歩いて行き、宿屋の前でヨツバと合流する。


ヨツバに事情を説明して、すぐに出発出来ることになったと話す。


「2人は先に行っててもらっていい?僕はちょっとトイレに行ってくるよ」


僕は2人にそう言ってから路地裏へと行く。


そして、自室に戻ってから呼びかけることにする。


「神様、聞きたいことがあるんだけど?見てるなら姿を現してくれないですか?」

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