第58話 side 桜井 春人②

冒険者になり、スライムとゴブリンだけを倒し続けた結果、ついに新しいスキルを覚えた。


[剣術]

剣使用時に能力+10%


魔法スキルではなかった。

直近で考えるならば、現在剣を使用しているので嬉しいことだけど、[マルチスペル]のスキルを活かすには魔法スキルを獲得したかった。


路地裏で寝続けていたおかげである程度お金は貯まってきた。

今なら宿に泊まることも出来るだろうが、俺は武器を新調することに決める。


今の剣ではゴブリンよりも上の魔物と戦うには心許ない。


前と同じ鍛冶屋に行き、剣を選んでもらう。

俺の予算は銀貨5枚だ。


予算内で探してもらったけど、店員が言うには買わない方がいいとのことだ。


当然、今のボロボロの剣よりは良いものは買えるけど、中途半端な物を買うくらいなら、もう少し貯めた方がいいと言われた。

最低でも大銀貨1枚は必要らしい。


銀貨5枚以内の剣を探してはくれたけど、どうするか迷う。


「冒険者の先輩が、ウルフを狩れるようになれば稼ぎが一気に増えると言っていたんですが、今の剣だと厳しいと思うんです。この剣なら倒せますか?」

俺は聞いてみる


「俺はあんたの実力を知らないからなんともいえない。実力さえあれば素手でも倒せるからな。今レベルはいくつだ?」


「4です。剣術のスキルは持ってます」


「ソロか?それともパーティを組んでるか?」


「基本はソロです」


「倒す事は出来るだろう。だが、囲まれたら死ぬかもしれない。ギルドでも言われると思うが、剣士1人でウルフの群れと戦うこと自体が危険なんだ。ソロでウルフの依頼を受けたいなら、少なくてもレベルが10はないと危険だと俺は思うな。俺が倒せると言ったのは1対1の状況を作れるならだ。魔法……そうだな、火魔法でも使えればなんとかなるかもしれないが、それを分かった上で依頼を受けるなら俺は止めはしないから、その剣を買っていけ」


「……やめておきます」

スライムやゴブリンと戦うのが安全というわけではないけど、そこまでの危険はおかせない。


「いい判断だ。あんたは金を稼ぎたいのか?それとも冒険者として上を目指したいのかどっちだ?」


「今は生きるためにお金を稼ぎたいです。今の稼ぎでお金を貯めようと思うと野宿するしかありません」


「それなら、仕事を紹介してやる。あんたは真面目そうだからな。名乗ってなかったが俺はハンクだ。詰所に行ってハンクの紹介で来たと言えば雇ってくれるだろう」


「ハルトです。それは衛兵になるってことですか?」


「違う。衛兵にはそんな簡単になれない。雑用だ」


「雑用ですか……」


「強制するつもりはないから嫌ならやめればいい。大変な割に給金は多くないからな。だが、部屋と食事は用意してくれるはずだ。それを加味すれば悪くはないと思う」


「いえ、ありがとうございます。まずは行ってみます」


「それがいい。金が貯まったらまた買いに来てくれ」

いい人に出会えてラッキーだったと思う。

考えなしに武器を新調してウルフと戦っていたら、死んでいたかもしれない。


俺は詰所に行き、衛兵の方にハンクさんの紹介で雇ってくれないか頼む。

兵長に対応が代わり、少し話をした後採用してくれることになった。

その時に詰所にいた人を集められ、俺の紹介をされる。


1人の男性の下で仕事を教わるように言われた。

この人はハロルドさん。衛兵ではなく、俺と同じ雑用係だ。

人手が増えて助かると言っていた。


仕事を始める前に、ハロルドさんから重要な話があると言われた。


「俺達は雑用をこなす為にここにいる。それはわかっているな?」


「はい」


「雑用といってもその中には衛兵の方達が使う装備品の手入れや消耗品の管理も含まれている。これを疎かにした結果、守れた命を失う可能性もある。わかるか?」


「はい。わかります」


「俺はこの仕事に誇りをもっている。お前も誇りを持てとは言わないが、手を抜くことはするな。わかったな?」


「わかりました。お金をいただく以上、サボるつもりは元からありません。ハロルドさんはどうしてこの仕事をしているのですか?言いたくなければ構いませんが……」

あまりの熱の入りように気になって聞いてしまった。


「以前に衛兵隊の方達に息子を助けてもらったんだ。その時に俺もこの人達のようになりたいと思った。だが、今まで普通に暮らしていた俺に衛兵隊に入れる力はなかった。だから雑用でもなんでもいいから、衛兵隊の手助けがしたかったんだ」


「すごくカッコいいです」


「やめてくれ。それと、俺は衛兵になるのを諦めたわけではない。ここの兵長が俺の熱意を買ってくれて、空いている時間に鍛えてくれたんだ。かなりキツかったが、おかげで強くなれた。来週に衛兵隊の入隊試験がある。そこで受かれば俺も晴れて衛兵隊の一員だ」


「そうなんですね。頑張ってください!」


「俺が衛兵になったら雑用をやる人間が減るからな。頑張って仕事を覚えてくれよ」


「任せてください」


それから俺はハロルドさんに仕事をみっちりと教わった。

厳しいところもあるが、それは仕事に対して妥協出来ないという話で、丁寧に教えてくれた。


ハンクさんから聞いていた通り、給金自体は微々たるものだったが、狭いけど自分専用の部屋が与えられて、美味しい食事も出された。

この世界に来てから初めてまともな生活をしている気がする。


そして1週間程経ち、ハロルドさんの入隊が無事決まった。


今まではハロルドさんが俺の仕事のフォローもしてくれていたが、これからは自分でなんとかしないといけない。


そう心配していたが、俺が困らないようにハロルドさんが教育してくれていたから実際は大丈夫だった。

それに、ちょくちょくハロルドさんが俺を心配して様子を見に来てくれていたので、安心して仕事ができた。

自分も衛兵になったばかりで大変なはずなのに……。


ある時、兵長と話すことがあり衝撃的な事を言われた。

俺が知らなかっただけでこの世界では常識らしいが、レベルアップ時にスキルを獲得した場合、獲得するスキルはそれまでの戦闘スタイルによって決まるらしい。


俺はレベル4になった時に剣術のスキルを獲得した。

これは剣を使って戦っていたからのようだ。

そうなると、いつまで経っても魔法を覚えることは出来ない。


兵長にマルチスペルの事を話して、魔法スキルを獲得するにはどうしたらいいか聞いたら、可能性が高いのは魔法学院に通う事だと言われた。

半年も通えば凡人でも獲得出来るだろうと。

そこを頑張って2つ獲得出来れば、マルチスペルがやっと意味を成す。


行きたいなら紹介状を書いてくれるという。

それに金のない俺を気にして、学院で必要な経費に関しても、学院の雑務をすることで支払うように手配してくれるそうだ。


俺は兵長に紹介状を書いてもらえるように頼んだ。


魔法学院は他の街にある為、移動するのに必要な資金が貯まるまで今のまま詰所の雑用をやらせてもらう。


ハロルドさんに話をしたら「寂しくなるな」と言いながらも応援してくれた。


しばらく雑用をこなして、そろそろ魔法学院に向かって出発しようと思っていた時に事件が起きた。


俺がいつも通り詰所で鎧を磨いていると、所内が慌ただしくなった。

俺は手を止めて皆が走っていく方に行く。


そこにはボロボロになったハロルドさんがいた。

今にも死にそうだ。


「お前ら持ち場に戻れ!治療の邪魔だ」

兵長の言葉を聞いて、皆はハロルドさんの事を気にしつつも散ってゆく。


その場を離れたくなかったが、動こうとしない俺は引きずられて、持ち場に戻された。


「兵長が言っただろ。心配なのはわかるが治療の邪魔をするな」

俺を引きずっていた先輩がそう言った。

こんな時に何も出来ない自分が情けない。


俺は心を落ち着かせる為に鎧を磨く。

こんな時でも手を抜くことはない。ハロルドさんの教えのおかげだ。


永遠とも思える時間が過ぎた後、兵長にハロルドさんが呼んでいると言われた。

俺は兵長とハロルドさんがいる医務室へと向かう。


「ハロルドさん、大丈夫ですか?」

俺は声をかける。生きているのはわかるが、医務室の空気が重い。


「ハルト、もうすぐ魔法学院に行くだろ。餞別を買ってあったんだ。兵長、お願いします」


「ああ」

兵長から包みを受け取る。


「そんなことよりも、ハロルドさんは大丈夫なんですか?」


「……俺はもうダメだ。足が動かない。何も感じない。怪我は治してもらったんだけどな」

ハロルドさんは自分の足をパンパンと叩く。


「そんな……。何があったんですか?」


「ハロルド達は盗みをした男の捕縛に向かったが、見逃さないのなら近くにいた女の子に魔法を放つと男が言いだした。男の言う事を聞いて見逃すにも、女の子をこのまま無視して離れることは出来ない。ハロルド達は男に見逃すから女の子に魔法が当たらないところまで離れるように話した。捕縛よりも住民の保護を大事にしたんだ。それなのに男は離れた瞬間に捕縛されると思ったのか、女の子から離れることはせずに、そのまま少しの間こう着状態が続いた。そして男は痺れを切らして魔法を放った。ハロルドは自分の体を盾にする為に、女の子の前に飛び出したんだ」

兵長が教えてくれる。


「向かったのが俺じゃなかったら、もっと上手く対応したはずだ。自分が情けないよ」

ハロルドさんはそんな事を言うけど、情けなくなんてない。


「ハロルドさんはカッコいいです。情けなくなんてありません」


「そう言ってくれるなら、怪我をした甲斐があったな。ハハ……。ハルトはスゴいスキルを持っているだろ?俺の事は気にせずに魔法学院に行ってくれ。それで魔法を習得してこの街に戻って来て欲しい。俺の代わりにこの街を守ってくれないか?……いや、今言ったことは忘れてくれ。俺らしくない。ハルトはハルトの選んだ道を進んでくれ」


「わかりました。立派になった俺を見せに戻ってきます」

ハロルドさんに恥じない行動をしようと心に誓う。


「楽しみにしている。その包みを開けてくれないか」


俺は包みを開ける。そこには杖が入っていた


「高いものではないが、魔法を使うなら必要になるだろう。大事に使ってくれ」


「ありがとうございます」


それから数日後、俺は杖を片手に魔法学院に向かった。

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