第1章 仮面舞踏会 4

 オーケストラがワルツを奏でると、みんな一斉に踊り始めた。

 すると口髭を生やした男性が、シェリーに近づいて来た。


「ダンスのお相手をしていただけますか?」


 シェリーは初めてのことに、心臓が高鳴った。そして、おずおずと申し出を受け入れた。相手の男性はリードがうまく、シェリーは軽々とダンスを踊った。大広間はダンスをする人々できらめいていた。女性がしなやかに回ると、ドレスが花のように咲き乱れる。


(これが舞踏会なのね。なんて楽しいのかしら)シェリーは感激していた。


 その口髭の人物のあと、何人かの男性とシェリーは踊った。シェリーはダンスに夢中になった。

 ダンスが佳境を過ぎたあたりだった。相手の金色の仮面をつけた男性が、シェリーにささやいた。


「少し休まない?」

「ええ」とシェリーはうなずいた。実際、彼女は踊りすぎて疲れていた。


「バルコニーに出ていて。僕は飲み物を取りに行ってくるから」

「お願いするわ」彼は気の利いた人だとシェリーは思った。


 シェリーがバルコニーに出ると、何組かの男女が休憩を取っていた。

 空には星が輝いている。冷たい夜風が、庭の木々の湿気を運び、踊りつかれた体を冷やした。


「ワインを持ってきた」と言って、金色の仮面の彼が戻って来た。彼の髪も金色に輝いている。とても若いようだ。


「ありがとう」透明なワインは冷たくおいしい。

「あなたと踊れて、とても楽しかった」彼が優しく言った。


「私も、舞踏会がこんなに楽しいなんて思いもよらなかった」

「初めてみたいな言い方をするね」

「そうなの。今日が初めてなの」シェリーは正直に言った。


「なるほど‥‥‥」彼は手をあごのあたりにあてると、彼女を見つめた。


「少し中庭を歩かない? 夜の庭も素敵だ」と彼が言った。

 庭には松明たいまつが燃やされ、噴水の音がしていた。シェリーはワインに少し酔っていた。


「ここで涼みたいわ」

「噴水の近くのほうが、もっと涼しいよ」彼は、シェリーの手を取って歩き出した。仕方なくシェリーも歩き出した。


 小さな少年の彫像が立つ噴水の前に来て、彼は立ち止まった。

「やっとあなたと二人だけになった」

「それって、どういう意味?」シェリーは急に不安を感じた。


 そのとき中庭の木立の陰から、人のため息が聞こえた。男と女の息づかい。ここでは、秘め事が行われている。シェリーはそれがわかった。彼女は火照ほってった体が、急速に冷めていくのを感じた。


 彼は体をシェリーに近づけた。

「仮面舞踏会はこのためにあるんだ」

 彼はシェリーの腰に手を回した。

 しまった。おばあさまがあれほど注意したのにとシェリーは思った。


「やめて」彼女は体をひねって、彼から逃れようとした。

「そんな、ここに来た以上は、あなたも楽しまなくてはいけない」


 彼はいっそうシェリーを強く抱き寄せた。シェリーは彼から離れようともがいたが、彼はシェリーの腕を抑えた。

「あなたの顔が見たい」彼はシェリーの仮面に手をかけようとした。


「いや」シェリーは、恐怖で思わず涙があふれた。


 その瞬間、誰かが彼の手を掴んだ。

「やめないか」低い冷静な声が響いた。

 金色の仮面の彼は驚愕のあまり、シェリーを離した。


 黒い仮面をつけた背の高い男が、金色の仮面の彼の手を握っていた。

「彼女は嫌がっているぞ」

「そ、そんなことはない」金色の仮面の彼が怒りに震えて言った。


 黒い仮面の男が、彼の手を強く締め上げた。

「話せ。無礼だ」金色の仮面の彼が、苦痛に満ちた声で言った。


「ばかもの」黒い仮面の男は、金色の仮面の彼を強く突き飛ばした。

 彼は勢いよく草むらに倒れこんだ。同時に金色の仮面がはげ落ちた。陰鬱な顔の口元からは血がにじんでいる。そして、口の中で悪態をつきながらいずっていたが、黒い仮面の男が再び近づくと、怖気づいた様子で身をひるがえして逃げ出した。


 シェリーは思わぬ展開に驚きながら、その場に立っていた。


 








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