第59話

「俺の話をちゃんと聞け!」



厚彦の両肩を掴まれて、梓はハッと我に返った。



怒りにまかせて、知らない間に両手のこぶしを握り締めていた。



そっと力を緩めて手を開くと、爪が食い込んだあとがクッキリと残っていた。



「これはよくないことなんだ。怒りを持ったまま死んだからか、マミちゃんは今――」



厚彦がすべてを言い終わる前に、バリンッ!! と大きな音が教室内に響いていた。



梓と玲子は咄嗟に身をかがめる。



同時に天井からバラバラと割れた蛍光灯が降り注いできた。



「キャアア!?」



遅れて2人分の悲鳴が響いた。



幸いにも怪我はないが、周囲は真っ暗な闇に包まれた。



窓からの太陽の光も消えて、見えるものがなにもない。



「どういうこと!?」



玲子の悲鳴。



「わからない!」



梓は返事をしてスカートのポケットからスマホを取り出した。



周囲を照らし出してみると、さきほどまでの教室となにも代わっていなかった。



でも、吐く息が白い。



急激に気温が下がって行っているのがわかった。



(このままじゃまずい!)



咄嗟に玲子の手を握り締めてドアへと走った。



しかし、そのドアはびくとも開かなくなっていたのだ。



「どうして!?」



2人で必死にドアを開こうとするが、動かない。



鍵は空いたままなのに……。



異常事態に焦りながら、梓はスマホを確認した。



とにかく外部と連絡を取って誰かに来てもらわないといけない。



そう、思ったのだが……。



「電波がない!」



梓の言葉に玲子も自分のスマホを取り出した。



しかしこちらも同じで、電波がない。



(いつもは使えるのに!)



焦りで背中に冷や汗が流れて行く。



その汗は冷気によってすぐに乾かされ、体温が低下していく。



梓は寒さと恐怖に震えながら窓を確認した。



こちらも鍵は開いているのに窓は開いてくれない。



(一体、どうなってるの!)



完全に八方ふさがりだ。



梓と玲子は手を握り締めたまま、その場にずるずると座り込む。



「ど、どうすればいいの?」



玲子が震える声で言った次の瞬間だった。



急に教室中央がボウッと明るくなり、その中に人影が現れたのだ。



その人は制服を着ていて、長い髪の毛を前に垂らしているので顔は見えない。



足は数センチ床から浮いていて、人ではないことが安易に理解できた。



「マ、マミちゃん!?」



玲子が勢いよく立ちあがった。



これがマミちゃん……?



その姿は梓が今まで見てきた霊とは全く異なるものだった。



姿形は同い年の少女だけれど、雰囲気がまるで違う。



まるで、この世のすべてを恨んでいるかのような、強い怒りを感じる。



「マミちゃん、玲子だよ!」



玲子の声にマミちゃんが微かに体を折り曲げた。



(玲子の言葉に反応してる!)



そう思った瞬間、「ガハァッ!!」と苦しげな声が発せられて、マミちゃんの口から血が吐き出された。



「ひっ!」



梓は思わず壁にピッタリと身をつけた。



マミちゃんの顎、喉につたってボトボトと真っ赤な液体が落下していく。



その後、ゼェゼェと苦しそうな呼吸が聞こえてきた。



「マミちゃん。もう苦しまなくていいんだよ? 楽になれるんだよ?」



死んでもなお病魔に苦しんでいると思った玲子が、優しく声をかける。



しかし、その声はマミちゃんには届かない。



長い髪の隙間から見えた目は真っ赤に充血に、カッと見開かれていた。



そこからも強い怒りを感じ取った。



嫌な予感がした梓はすぐに立ち上がり、玲子の手を握り締めて壁まで後退した。

その時だった。



不意にマミちゃんの近くにあった机が空中へ浮いたのだ。



厚彦もマミちゃんも触れていないのに……。



唖然として机を見つめる梓と玲子。



「逃げろ!」



厚彦が叫んだ。



しかし次の瞬間にはその机は2人めがけて吹き飛んできたのだ。



間一髪でしゃがみ込み、机をかわす。



机はガンッ! と大きな音を立てて窓に当たり、そのまま落下した。



窓にはヒビひとつ入っていない。



「に、逃げなきゃ!」



梓は玲子の手を掴んで教室内を逃げ惑う。



2人を追いかけるように教科書やノートが飛んできた。



「やめてマミちゃん! 玲子はあなたの友達でしょう?」



逃げながら声をかけても、ポルターガイストは収まらない。



マミちゃんは自分がイジメていた相手かそうじゃないか、見境がつかなくなっているのかもしれない。



そのくらい強い怒りを抱えて死んでいったということだ。



「痛っ!」



飛んできた教科書をよけきれず、玲子の腹部に当たる。



「玲子!」



「これくらい平気」



そう言っても分厚い教科書がいいスピードで当たったのだ。



玲子の表情は苦悶を浮かべていた。



(せめて明かりがついてくれていれば、スマホを持って走る必要もないのに!)



不利な状況に梓は下唇をかんだ。



梓は玲子の手を握り締めて逃げ続けようとするが、腹部への衝撃のせいか、玲子の動きが極端に鈍くなった。



(やっぱり、ダメだ……!)



机や椅子は絶え間なく空中を飛んでこちらへ向けって吹っ飛んでくるのだ。



止まっている時間が長ければ長いほど、危険が増える。



でも、今の玲子じゃこれ以上のスピードで逃げることはできない。



どうすれば……。



背中に冷や汗が流れて行ったその時だった。



ブンッと大きな物が投げられて、空気が動く音がした。



ハッと息をのんでスマホの明かりをそちらへ向ける。



マミちゃんが投げた椅子はすでに2人の目の前まで迫ってきていた。



(ぶつかる!)



そう思っても自分を庇う暇なんてない距離だ。



なにもできずに呆然としていると、不意に横から厚彦が飛び出してきて椅子をキャッチしていた。



「あっぶねぇ」



そう呟いて、マミちゃんを睨みつける。

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