第28話
厚彦は小さな窓に近づき、眉を寄せている。
「な、なにかいるの?」
梓の質問する声がひきつった。
厚彦は無言で頷く。
「なになに? なにかいるの?」
玲子は1人で部室内をキョロキョロと見回している。
「あの辺になにかいるんだって」
梓は厚彦が立っている場所を指さして玲子へ伝えた。
玲子がゴクリと唾を飲む音が聞こえてくる。
「だ、誰がいるの?」
玲子の問いかけに答えたのは厚彦だった。
「男子生徒だ。ここに座ってる。すごく、悲しそうな顔で」
厚彦の言葉に梓は息を飲んだ。
エリカが言っていたことを思い出したのだ。
部室には泣き声が聞こえてくると言っていた。
その霊で間違いなさそうだ。
「そこに男子生徒が座ってるんだって」
「嘘……」
梓の説明に玲子は青ざめる。
しかし、今度は気絶するようなことはなかった。
「名前はユキオというらしい。ずっと、ここから離れられないんだって」
厚彦の説明を、梓はそのまま玲子に伝えた。
「ユキオくんがかわいそう!」
話しを聞いた玲子が不意に声を上げて言った。
顔色は悪いままだけれど、その目はまっすぐに厚彦がいる場所へと向けられている。
「かわいそうって言われても、あたしたちにできることなんてないんだよ?」
梓が玲子をたしなめようとする。
しかし、玲子は引かなかった。
「どうして? カナさんのときは上手くいったんだよね?」
玲子の言葉に梓は黙り込んでしまった。
厚彦の存在を理解してくれた玲子に、カナさんとの出来事を説明していたのだ。
「あれは、たまたまうまくいっただけだよ」
梓はどうにか言葉を絞りだした。
あまり、ユキオさんの前でこういうことは言いたくない。
だけど、人助けをする気満々の玲子をたしなめる必要もあった。
「それなら、今回だってうまくいくかもしれないよね?」
「それは……」
梓はまた黙り込んでしまった。
正直わからない。
やってみないことには……。
「ユキオさん、俺たちに向かって頭を下げてる」
(えっ)
厚彦の言葉に梓は驚いて視線を向ける。
そこには窓と床があるだけで、何も見えなかった。
でも確かに、ユキオさんはそこにいるみたいだ。
「助けてくれって、泣いてる」
厚彦の表情が苦痛にゆがめられる。
嘘をついているようには見えなかった。
「ねぇ梓、なんなの? なにがあったの?」
玲子が真剣な表情で聞いてくる。
梓は仕方なく大きなため息を吐きだした。
厚彦と玲子に迫られたら自分には断ることなんてできない。
そのことを自覚していた。
「まずは資料集めをしなくちゃね、ユキオさんを助けるために」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます