第57話 勇者と魔王とセリシア

「……ところで、アナタ、名前は何というのですか?」


 教会を離れてから俺はサキュバスに訊ねる。


 俺とサキュバスより少し前方ではマオがドラコの手を引いて歩いている。純粋な魔族同士気が合うようである。


「え……私の名前、ですか?」


 何故か驚いた顔でサキュバスは俺を見る。


「えぇ。名前、ありますよね? まさか、名前も覚えていないとか言わないですよね?」


「い、いえ……名前は覚えております。私の名前は……セリシアです」


 セリシア……その名前、なぜか聞き覚えがあった。


 しかし、それは転生前の記憶ではないと思う。こちらの世界に来てから聞いた名前だ。


 ただ、なぜかどこで聞いたかが思い出せない。割と俺にとっても重要な名前だったような気もするのだが……ダメだった。


「あ……でも、その……人前ではこの名前で呼ぶのはやめてほしいのです」


「は? なぜです?」


「……わかりません。ですが、なんとなく、人前で呼ばれると不味い名前の気がするので……」


 セリシアは申し訳無さそうに俺にそう言う。なんだかよくわからないが、色々と事情があるようである。


「……わかりました。では、周りに人がいるときはシスターと呼びます。いいですか、セリシア?」


 俺がそう言うとセリシアは嬉しそうに頷く。


 もっとも、俺はコイツの正体が聖職者とは縁遠いサキュバスという存在であることは忘れることはないだろうが。


「うむ、では儂もそうしよう」


 と、いつのまにか、直ぐ側にドラコを連れたマオが戻ってきていた。


「……話、聞いていたんですか?」


「当たり前じゃ。二人でコソコソと話しておいて……わかっておるぞ。お主らは破廉恥な関係じゃからな」


 なぜか憮然とした態度で、マオはドラコの耳元で囁く。


「ドラコよ、離れるぞ。コイツらの近くにいると破廉恥になってしまうからな」


「破廉恥って、何?」


 そう聞くドラコを半ば強引にマオは引っ張っていってしまった。


「あ、あはは……破廉恥、ですか。そんなに褒められると、照れてしまいますね」


「……いや、別に褒められていませんよ」


 なぜか嬉しそうにそう言うセリシアに、俺は真顔でツッコミを入れるのであった。

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