第十話 里見茜


 私は、里見茜。

 ギルド日本支部で、働いている。英語が活かせる職場だと聞いて、応募した。学生の時に、機械学習を専門にやっていたことを認められて、喜んで居た。過去形だ。こんなに、ブラックな状態になるとは考えても居なかった。


「茜!今日・・・。も、無理そうね」


「うん。ごめん。無理」


「主任は?」


「おじさんたちとデート」


「それは、ご愁傷さま」


「貴女の部署の上司も含まれているのだけど?」


「え?聞こえない。聞こえない。あのハゲは、滅ぼしていいよ。誰も困らない」


「でも、次の会長選に出るのでしょ?」


「え?嘘!聞いてないよ?どっち、日本支部じゃないわよね?本家?」


「うーん。日本支部らしいわよ。日本の中心は、東京だから、東京に支部を作るとか言っているわよ」


「はぁ・・・。クズだね」


「利権と、自分の懐にしか興味が無いのでしょう」


「茜。情報をありがとう」


「うん。いいよ。週明けには、公開される情報だよ。でも、感謝しているのなら」「帰るね。お先!お疲れ様!また、来週ね」


 広報の仕事をしている友人は、週明けまで仕事が無いようだ。広報課も複雑で、彼女はネット関連の広報を取り扱うので、私たちの部署に頻繁に顔を出している。

 私は、今日はよくて終電。主任次第では、徹夜だってありえる。


「里見さん。南アメリカのギルドから出ている情報はまとまりました」


「ありがとう」


 部下の一人・・・。と、言っても、ほとんど同期みたいな者だ。体制もコロコロ変わる為に、部下とか上司とかそういう認識が少ない。

 主任と同僚くらいしか区別していない。

 仕事時間はたしかにブラックだが、仕事内容は楽しい。世界の最先端に触れている。


「あいかわらず、南アメリカ支部は情報が多いわりに、内容が少ないわね」


「そうですね。しょうがないとは思いますよ」


「先住民の問題も絡んできているのでしょ?」


「そうですね。そう言えば、ギルド本部から、各支部をリージョンに分けるとか案が出ていましたよね」


「えぇ日本は変わらないわ」


「え?そうなのですか?」


「えぇ日本は、単一言語で、3,000メートル級の山が国を跨いでいないのが、大きな理由ね」


「へぇ」


「他のギルドのデータはどう?」


「自動翻訳は終わっています」


「日本で得ている情報との差異は?」


「今の所は見つかっていません」


「そう・・・。説明文が、不親切で、特に日本語だと、注意しないと全く逆の意味になってしまうことも・・・」


「はい。あっ!里見さん。ファントムがまた現れましたよ?」


「え?今度は?」


「新しい言葉ではなくて、”錬金”のあとに、”分解”や”成分”で調べていました」


「・・・」


「どうしました?」


「あっ長澤さん。ファントムが現れた時間と閲覧したページのデータをまとめておいてくれる?」


「え?わかりました。ファントムは、アクセス履歴が特殊なので、すぐに出せます。メールしますか?」


「ううん。紙で頂戴」


「わかりました」


 近くの国で、3,000メートル級の火山を持っていない国からの申し出を、まとめて、主任に転送する。

 自衛隊から、国防に関わる問題として、その手のスキル取得ツアーは禁止されている。まだ、自衛隊からの”要望”なのだが、ギルドからの働きかけロビー活動で、次の国会で閣議決定させる所までたどり着けた。

 本当に、頭がいい官僚は面倒だ。新しく出来た”利権”に群がる蟻のようだ。


「里見さん。これです。あっ私、これで帰りますね。お先に失礼します。お疲れ様です」


「あっ・・・。うん。お疲れ様」


 また一人に逃げられた・・・・。と、思うのは、私の心が狭いからだろう。


 資料に目を通す。

 確かに、ファントムのようだ。身元不明のスキルホルダー(だと思われる)。パソコンだけではなく、ネットワークに深い知識があるのは、確実だ。それなのに、やっていることがちぐはぐだ。

 日本支部のデータベースには、過去何度も侵入されている。某国隣国だったり、某国大国だったり、いろいろなアクセスがある。身元を調べさせない状況で、ただ検索窓を使って、ワードを検索している。

 ファントムがアクセスしてきた前後に、データベースへの不正アタックは存在しなかった。


 ファントムが、未知のスキルを保持しているのなら、かなりの化け物になっている可能性がある。


 まだ、公表はされていないが、”速度強化”のスキルを得た者が、100メートルで世界記録に0.18秒だけ及ばない記録を叩き出した。陸上の選手などではなく、1年前まで高校に通っていた一般的な男性が・・・。だ。授業で、100メートルを走ることは有ったようだが、競技には携わったことがなかった。


 日本では、政府の対応が遅かったこともあり、隠れスキルホルダーが多いと思われている。

 最初は、ファントムもそんな隠れスキルホルダーの一人だと思っていた。主任も、その方向で考えていた。


 しかし、アクセスを見ていると、ファントムは”スキルを増やしている”ように思える。

 スキルは、魔物を倒せば増える可能性がある。


 しかし、最前線で戦っている自衛隊の精鋭で、スキルを多く持つ者でも3-4個が平均だ。ファントムは、一番多いと考えられている自衛隊の隊員とほぼ同じ数のスキルを得ている可能性がある。


 日本の最前線で戦っている者と同等の一般人。化け物と言っても差し支えはない。


 ファントムも問題だけど・・・。


「里見」


「あっ主任。お疲れ様です」


「あぁ疲れたよ。里見の仕事は?」


「今日の分は終わります。主任が、無事に帰ってきてくれたので、急ぎの仕事は無いと判断しました」


「広報が、TV局を連れて、樹海に行くらしいぞ?」


「え?死にたいのですか?」


「さぁな。自衛隊は、取材を断ったそうだ」


「それはよかった」


「いや・・・」


「まさか?」


「登録者管理課準備室に、初めての」「無理です」


「里見」「無理です。聞こえません」


「まぁそうだよな。私も、そう思って、断った」


「常識をお持ちの上司で助かりました」


「そうだろう。そうだろう。でも、上は、そう思っていない」


「え?」


「広報と言っただろう」


「・・・。もしかして・・・」


「あぁどこかの広告代理店が、どこかの派遣会社に依頼をだすそうだ」


「勝手に・・・。あっ武器の所持は認められませんよ?」


「わかっている。キャンプ道具を持っていくそうだ。キャンプ中に、偶然魔物が現れて、撃退した。そのまま、樹海に入り込むというシナリオらしい」


「むちゃくちゃですね。魔物のことを何も解っていませんよね?スキルのことも知らないのでしょう?」


「そうだな。広報のトップが、何も知らない」


「もしかして、スライムが逃げ出したという設定で、スライムを倒して、スキルを得るつもりですか?」


「ははは、さすがは、登録者管理課準備室室長兼主任候補筆頭だな。その通りだ」


「なんですか、その長い上に、結局、なんの役職なのかわからない漢字だらけの説明は!」


「今、思いついた」


「主任は、説明したのですよね?」


「あぁスライムではスキルを得られない・・・。と」


「そうですか、スライムをどうやって連れてくるのか知りませんが、すごくシュールな絵面になりそうですね」


「あぁ生放送じゃないのが残念だ」


「主任。不謹慎なことを言わないでください」


「どうした?」


「生放送だったら、本当に魔物が、ゴブリンが出てしまったらどうするのですか?」


「広報課がどうにかするだろう?スキルを持っている者も居るのだろう?」


 主任は正しいだろう。

 私たちの部署が考えることではない。それでなくても、ブラックにまっしぐらな職場だ。これ以上の仕事はキャパオーバーとかの話ではない。”死”を意識する忙しさなのだ。

 ここ数日は、ファントムの話題で部署が明るくなっているが、それでも押し寄せる要望やら、情報やら、苦情やら、で、精神が圧迫されている。


「里見」


「はい?」


「帰るか?電車か?」


「はい。静鉄で帰ります」


「表で待っていろ、送ってやる」


「え?いいですよ。まだ終電前です」


「いいから、送らせろ。そんな疲れ切った顔で電車に若い女を乗せて返したくない」


「はぁ・・・。わかりました。お言葉に甘えます」


「こんな時間だから、ファミレスかラーメン屋だけど軽く食べていくか?」


「ラーメンは軽くないですが、ありがとうございます。遠慮なく、ゴチになります」


 仕事のパソコンをロックして、データ用のアクセスキーになっているUSBメモリを抜く。

 セキュリティが設定されたことを確認してから、席を離れる。


 ビルの前で待っていると、独特なエンジン音を轟かせながら、主任の車が横付けする。

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