終章 新しい時代を君と
善弥が目を覚ました時、まず見覚えのない天井が見えた。
「善弥、目が覚めたのね! ……良かった」
すぐそばにリゼが座っていた。
目を輝かせ、嬉しそうに善弥を見ている。
周りを見回す善弥。洋風の病室のベッドに寝かされていたらしい。
「ここは……?」
「外国人居留地のとある病院。ちょっと伝手があって、そこであなたを看てもらったの」
善弥はゆっくりと身体を起こした。
身体が重い。
「僕はいったい……」
「覚えてない? 善弥、要塞から脱出したあと、すぐに意識を失って倒れちゃったのよ。一週間眠り続けていたんだから」
「そう……でしたか。クリちゃんは?」
「クリちゃんも無事。交代であなたを見てたの。今は休んでもらってるわ」
ていうか善弥はしっかり休んでて――そう言って、リゼは善弥に毛布をかけ直す。
「善弥本当にボロボロで、死んでもおかしくなかったんだから」
「…………」
「無茶し過ぎよ――なんて、無茶させた私が言えたことじゃないけど」
リゼは心底安心した表情を見せる。
「あなたが生きていてくれて、本当に良かったわ」
「……そうですね」
善弥の返答が一瞬遅れた。リゼはそれを見逃さない。
「善弥、何か言おうとしたでしょ」
「何のことですか?」
「とぼけても無駄よ。善弥の作り笑いなんて、とっくにお見通しだから」
「……かないませんね」
もうそんな所まで見抜かれている――善弥は降参した。
「つい『また生き延びてしまったな』と思ってしまって――それを言ったら怒るなと思って、言えなかったんですよ」
「怒るわよ、それは」
案の定リゼは頬を膨らませる。
「何でそんなこと思うの? 要塞から脱出した時の善弥は、生きてることを喜んでいた風に見えたけど」
「そうですね。要塞から脱出した直後は、確かに嬉しかったです。あれは嘘じゃありません」
「なら――」
「でも少し時間が経って、思ってしまったんですよ。死に場所を逃してしまったんじゃないかって」
思えば善弥はこれまで、ずっと死に場所を求めていたのではないだろうか。
生きている意味。生の実感を求めながら、自分の命の使いどころを探していた。その使いどころを誤ってしまったのではないか――と。
誰かの為に戦って死ぬ――それが善弥にとって、一番良い命の使い方だったのではないか。
少なくとも今の善弥にはそう思えてしまうのだ。
「せっかく拾っていただいた命ですが、この先どういう風に使いましょうかね――」
「そんな善弥に朗報よ」
リゼは善弥に微笑みかける。
「今回の件で私、W&S社や大英帝国の政府、諜報機関からも目を付けられちゃって、故郷に戻れなくなっちゃったのよ。だからまだまだ日本にいるんだけど、一人じゃ色々と大変だし物騒じゃない? そこでなんだけど」
リゼの頬がかすかに赤らむ。
「これからも私の用心棒、続ける気はある?」
善弥は少し驚いたように目を見開いてから、笑って頷いた。
「願ってもない申し出です……期間はいつまでですか?」
「……その」
「?」
急にリゼが言いにくそうに、口をもごもごとさせた。
頬の赤みが増している。
リゼは何度か
「私が死ぬまで……」
と蚊の鳴くような声で言った。
(…………ん?)
善弥は考える。
――リゼが死ぬまで。
それはつまり、一生リゼを守れ――ずっとそばに居ろということで。
善弥はリゼを見た。
リゼは善弥から顔を背け、耳まで真っ赤になっている。
「そういうことよ」
絞り出すようにリゼが言った。その様子があまりにもいじらしかったので、善弥は思わず声を上げて笑ってしまった。
「ちょ、ちょっと! 笑うことないでしょ‼」
「っはは、すみません――ははははははははは」
「もう!」
笑う善弥をリゼはジトっとした目で見つめる。
「で? 返事はどうなの?」
「――勿論お受けしますよ」
善弥は真っ直ぐにリゼに差し出した。
リゼは満足げに微笑んでその手を握る。
以前と同じ挨拶だけれど、その意味合いは大きく違う。
「リーゼリット・アークライトが生きていく為に、あなたにそばに居てほしい」
「あなたの命が尽きるまで、鷹山善弥が死力を尽くしてお守りいたします」
二人を柔らかな陽射しが照らした。
明治二刀剣客蒸気奇譚《微笑う人斬りと電脳の少女》 十二田 明日 @twelve4423
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます